鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈11〉
長くなったので二回にわけてみました。
南無子が真面目だ……の回です。
「おい、魔神バルバロッサだっけか?」
ドッペルアークが、ピクリと片方の眉を上げる。
「お前が偽者なのは、本物である俺が理解ってるんだ。つまり最初から、俺が一人でケリをつければ良かったわけだ」
偽者を睨みつけながらダマスカス刀を抜き、構えに入る。
自分のスキルを全部使えるってのは厄介だが、それは相手にとっても同じなわけで、真正面から戦えば五分と五分なのだ。
これは決して不利なのではなく、むしろ有利だと考えるべきだろう。
「カカカッ……だとして、だ。偽物が本物に敵わない、なんて道理はないだろうよ。お前は俺で、俺はお前なんだからな」
余裕たっぷりの笑みを浮かべているが、こいつが勝率五割の賭けに出るとは到底思えない。
ドッペルゲンガーは、これほど手間のかかる能力をもった魔神なのだ。
計画的に変身を重ねている以上、慎重であって然るべきである。
なんなら少しでも雲行きが怪しくなろうものなら、脱兎のごとく逃げ出すだろう。
「鈴屋さんは危ないから、離れててくれる?」
構えに入らないドッペルアークを無視して、鈴屋さんに注意を促す。
しかし鈴屋さんは、ん〜……っと唇に指を当てて考える素振りを見せた。
そしてドッペルアークに視線を移すと、小さく肩をすくめる。
「あー君、もう遅いんじゃないかなー」
一瞬、その言葉の真意を掴むことに時間を要した。
まさかと思った時には、答えはすでに目の前に現れていた。
それはあまりに唐突で、なおかつ最悪のものだった。
「〆変身、完了ぅ!」
聞き馴染みのある可愛らしい声で、耳を疑うような台詞が飛び込んでくる。
「我、魔神バルバロッサ……手に入れた……手に入れたぞぅぅ!」
鈴屋さんの隣に立つ、もうひとりの鈴屋さんが水色の長い髪をかきあげる。
「未知なる魔法の力、遂に手に入れたぞぅぅ!」
そして狂ったかのように高笑いをしだした。
まさか、もう一時間も経ったのか?
それとも、もっと前から観察していたのだろうか。
いずれにしろ……
「うわ……鈴屋さんが、厨二病になった」
「あらためて見ると、痛々しいわね……」
南無子と二人で、残念そうな視線を本物の鈴屋さんにおくる。
当人は顔を真赤にしているので、どっちが本物かは一目瞭然だ。
「ちょっと、あなた! ちゃんと私の真似とかしてよ!」
ロールの神様からすれば、偽者の演技は不服なのだろう。
「この力さえ手に入っちゃえば、真似る必要なんかないもん!」
バルバロッサも、一応は口調を変えている。
職業病的なものなのか、意外に律儀な魔神だ。
「これじゃ、なんのために……」
「なんのために?」
鈴屋さんが、ハッとして両手で口を抑える。
やだ、可愛い。
やっぱり本物は違うな。
「鈴ちゃんさぁ……もしかして……」
南無子が呆れた口調で、大きめのため息を吐いた。
「わざとドッペルゲンガーに変身させて、アークが見抜けるかどうか試したかったんじゃない?」
おぉ、鈴屋さんが引きつっておられる。
図星だったのか……なんて、わかりやすいんだ。
真っ赤になって震える姿とか、可愛すぎるぞ。
「見たまえ、バルバロッサ君。本物の鈴屋さんは『圧倒的で感動的な、理想的超えて完璧な、運命的で冒険的な、時に叙情的な可愛さ』なのだよ」
「なにそれ、RADの会心の一撃?」
ほぅ〜ら、ちゃんと秒で突っ込んできてくれる。
こちとら、長年コンビを組んでるんだ。
そう簡単に見間違えないぜ?
「鈴ちゃん。そんなことで愛を量ろうだなんて……恥ずかしくないの?」
南無子の正論的追撃が止まらない。
「そんなことかんがえてないもん」
消え入りそうな声で否定している……けど……真っ赤だ、耳の先まで真っ赤だ。
ちきしょう、なにこれ、ずっと見てたい。
恥ずかしい企みがバレて、羞恥の極みなんだな。
とりあえずGJ南無子だ。
しかし、今はそれよりも気になることがある。
「なぁ……バルバロッサ、フリーズしてないか?」
俺は刀を肩に乗せて、鈴屋さんの隣でピタリと動きを止めてしまった魔神を覗き込む。
なぜだかバルバロッサは、目を見開いたままポカンと口を開けて固まっていた。
「おぉい〜、どした〜?」
ツンツンと肩をつつくが反応がない。
さらに触れようとすると、鈴屋さんが慌てて俺の手をはたいてきた。
「ちょっとあー君、触んないで!」
「いや、これだって、偽者……」
「なんか嫌なの!」
「んな理不尽な……」
しかしこれは、どうしたものか。
討伐するには千載一遇のチャンスなのだが、見た目は無抵抗な鈴屋さんである。
どこか心苦しく感じてしまうのは、仕方のないことだろう。
「これは……」
南無子が眉を山なりに寄せて覗き込む。
「キャッシュが貯まりすぎて、処理できなくなったのかしら?」
腕を組みながら、顎に手を当てて考え込むツインテール娘に、少女の面影はない。
なんという“出来る女”感を、醸し出しているのだろう。
「キャッシュ処理?」
「うん。こいつが、どこまで鈴ちゃんの記憶をコピーできたのかにもよるけど……もしかしたら元の世界の情報が複雑すぎて、パンクしたのかもしれないわね」
「なんだよ。さっきは“今さら他に世界があることを知ったところで〜”とか何とか言ってたじゃないか」
「そうだけど……今日は二回目の変身なんでしょ? 変身を解くと、その時コピーしたものがなくなるってことは、キャッシュをクリアしてるんだと思うんだけど……連続変身だと、ちゃんとクリアできないのかもね」
南無子の話を要約すると、相手を観測し変身を繰り返すバルバロッサは、いまキャッシュをクリアしている最中だということになる。
同じ日に時間を開けず連続して変身したことと、鈴屋さんのもつ情報の複雑さが原因だとしたら、出来の悪いゲーミングPCのようだ。
「うぅん……コピーって言ったって、せいぜい、こっちに来てからの記憶だけかと思ってたんだけど……これは、今のうちに倒したほうが……」
南無子がちらりと俺に視線を送ってくるが、俺は嫌だぞと首を横に振って拒絶する。
やはり、いくら偽者でも鈴屋さんを斬るとか、俺には無理だ。
「そうなってくると、鈴ちゃんが倒す……ってのが一番早いわよ?」
「……もう〜、仕方ないなぁ……」
鈴屋さんが、諦めたかのような表情を見せる。
まぁ召喚魔法を使って、一瞬で跡形もなく消し去るのが理想だろう。
できるだけグロテスクじゃない、消滅系が望ましい。
鈴屋さんがゆっくりと右手を上げて、精霊を呼び出そうとする。
その瞬間──
突如として、バルバロッサが動き出した。
額から大粒の汗をブワッと吹き出しながら、後ろに大きく間合いを開ける。
「な、なんだ? お前らは、なんなのだ?」
口調を真似る余裕もないのだろう。
その表情は混乱そのものだ。
「セブン・ドリームス・プロジェクト? ……デブリ……フラジャイル……ウイルズ?」
恐らく自分が理解できない言葉を並べているのだろう。
俺ですらウイルズ以外は、聞き馴染みのない言葉ばかりだ。
「この世界は何だ! 七つの夢とは何なのだ!」
バルバロッサが、ハッキリと南無子に向けてそう叫ぶ。
一方の南無子は……見たこともないような冷たい視線で睨み返していた。




