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鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈8〉

出張先から、根性の投稿です。

週末を乗り切って楽しめますように、どうぞ。

 夜の街を駆け抜け、ついでに碧の月亭の鈴屋さんの部屋も覗いていく。

 部屋の中は真っ暗で、人のいる気配はない。作戦通り、南無子の家にいるのだろう。

 南無子が住む家は、街の中心からは少し離れた小さな丘の近くにある。

 この辺り一帯は、作業場兼自宅を構えるのに立地が適しているらしい。

 そのせいか南無子の家へ近づくほど、様々な職人たちの工房がぽつりぽつりと現れる。

 一軒一軒の敷地も広く、軒を連ねるといったこともない。

 それも郊外に集まる理由のひとつなのだろう。


 ラナの話だとドッペルゲンガーは、相手をひと目見ただけで所持品も含め、外見のコピーができてしまう。

 さらに、一分の観察で口調と仕草も模倣できるようになり、一時間の観察で能力や記憶の全てを手に入れられる。

 俺はきっと一時間、見られていたのだろう。

 そして、いつでも完全な模倣を発動できる状態にし、襲いかかってきたのだ。

 であれば、一時間の猶予を与えずに鈴屋さんと合流する必要がある。

「トリガーっ!」

 もう何度目かもわからない転移を繰り返し、俺はようやく南無邸にたどり着いた。

 窓からは、暖かな明かりが漏れている。

 とりあえず南無子は、いるのだろう。

 俺は軽く扉を叩いて声をかけた。

「おい、南無子。いるか?」

 しばらく扉をノックしたが、返事もなければ、扉が開かれるも様子もない。

 部屋の中から人の気配も感じられず、焦燥感に駆られる。


「開けるぞ!」

 そう言って、扉を力強く引いてみる。

 木製のごつい扉は鍵もかけられておらず、特に抵抗することもなく開いてしまった。

 部屋の中は暖かみのあるランプがいくつか灯されており、鈴屋さんのマグカップと思われるものがテーブルの上に置かれていた。

 しかし、当の本人たちの姿は見当たらない。

「鈴屋さん!」

 声を上げるが、やはり反応がない。

 マグカップの中を覗き込むと飲みかけのホットミルクが残っており、まだ少しぬくもりを保っていた。

 まだ、それほど時間は経っていないようだ。

 さらに寝室を覗き込むが、やはり誰もいない。

「外にでもいるのか?」

 今度は勝手口を抜けて、家の裏側にある五右衛門風呂の方に向かう。

 少し進むと、裏側からも明かりが漏れていた。

「鈴屋さん、いる?」

 一応、声をかけながら家の角を抜けると……


「あ、あ、あ、アークっ!?」


 バスタオル一枚で前を隠す、ツインテール娘が五右衛門風呂の縁に立っていた。

「よかった、南無子! 鈴屋さんは!?」

「あ、あ、あ、あ……」

 俺が安堵して近づくと、南無子は魚のように口をパクパクとしはじめる。

「きゃぁぁぁぁ!」

 そして、まるで女の子のように大袈裟な悲鳴を上げて、五右衛門風呂に飛び込んだ。

「ギャァァァァ!」

 今度はモンスターが絶命する時のような悲鳴を上げて、湯から飛び出てくる。

 相当、湯が熱かったのだろう。

 南無子はそのまま、近くの水路に飛び込んでしまう。

「ぴゃぁっ!」

 今度は冷たすぎたのか、小さい悲鳴だ。 

「なにやってんだ、お前は……」

 まるで往年のコメディ映画のような三段落ちに、俺は呆れ顔だ。

「ななな……あ、あ、あんたこそ、乙女の入浴中に何なのよ!」

「乙女って、んな大袈裟な」

「……あんた、まじで今に見てなさいよね」

 冷水で青ざめつつジト目を浮かべるツインテールに、俺はそんなことよりも、と話をすすめる。

「鈴屋さんは、どこだよ?」

 しかし南無子は、はぁ? と、怪訝な表情を浮かべて返した。

「なに言ってんのよ。あんたが、さっき連れ出して行ったんでしょうが……」

 一瞬思考が止まり、すぐさまそれがドッペルゲンガーの仕業だと理解する。


「しまった、遅かったか!」

「……さっきから、何なのよ?」

「んあぁ、さっきの俺は、ドッペルゲンガーで偽者だ。このままじゃ、鈴屋さんがコピーされちまう!」

「ドッペルゲンガー……?」

 そこで南無子も、ことの重大さに気づいたのだろう。

 水路からザブンと音を立て、慌てて飛び出してきた。

「早く、それを言いなさいよ! すぐに支度するから、表で待ってて!」

「お……来てくれるの?」

 予想外の展開に驚いていると、南無子が「当たり前じゃない!」と返してくる。

 そして俺はフル装備の南無子とともに、再び碧の月亭にもどることとなった。




「だいたいの話の流れは、理解できたわ」

 碧の月亭の屋根の上で、南無子が両手棍《通称:釘バット》を肩に乗せて、険しい顔を浮かべ思考をめぐらせる。

 白い月光を淡く反射させている銀製のフルプレートが美しい。

 ツインテールのために兜をかぶらなかったり、フルプレートなのに絶対領域はしっかり確保していたり、色々とお年頃感が出ていて素晴らし鎧だ。

 世の女騎士は、全員この防具のデザインを採用すべきだ……などと口走りでもしたら、リーンに「なんスか、アークさんは変態ッスか?」と突っ込まれそうだ。


「鈴ちゃんがアークを見間違えるとは考えにくいけど……それよりも鈴ちゃんをコピーされたら、そっちのほうがコトだわ」

 しかしやはり南無子の落ち着きようは、まるで仕事のできる上司のようだ。

「でも、どこに行ったのかわからないんじゃ、お手上げよ?」

 そうなのだ。

 俺は、どうせここだろうと碧の月亭にきたのだが、アテが外れてしまい途方に暮れていた。

「相手が俺だとしても、あの鈴屋さんだ。そんな遠くには行かないと思うんだがな」

 しかし南無子は、なぜか半目でため息をつく。

「呆れた……あんたが相手なら、鈴ちゃんは何処にだって行くわよ」

「いやでも、こんな夜にだぜ? さすがに不自然だろ」

「それでも行くわよ。あの娘は、そういう娘なの」

 目を細めて海の方に視線を移す。

 風になびくツインテールとは裏腹に、時折みせる落ち着いた面持ちが、やはり実は年上なのでは……と感じさせる。

「それで、他に候補はないの?」

「候補ね……」

 顎に手を当て、うぅんと唸る。

 俺が知っていて鈴屋さんに怪しまれない、二人が行きそうな場所……


 ラット・シーは、二人でこんな時間に行ったことがない。


 ラナのいる学院には……行くわけないか。


 ドワーフの国は……いや、ガガン山脈までは遠すぎる。


 古代遺跡『レジアン』も、すぐに着く距離ではない。


 シメオネたちがいる『黒猫の長靴亭』は、フェリシモがいるんだから避けるだろう。


「俺と鈴屋さんしか知らない、二人にとって特別な意味のある場所……」

 

 特別といえば、こないだのクリスマスでの一大イベントだが、部屋には誰も居なかった。


 あとは……ラット・シーから少し離れたところの海岸で、最初のクリスマスを二人でおくったが……

 いやでも、今から行こうと誘うには唐突すぎるだろう。


 そうなるといつもの銭湯かとも考えたが、南無子の家には五右衛門風呂があるし、面倒臭いと断られそうだ。


 もっと二人にとって説得力のある場所……人目を避けれて、俺たちにも見つからなそうな……


 あった──


 それは唐突に、そして強烈に思い浮かんだ──


 脳裏を横切ったのは、天を衝く真っ白なモニュメント──


「あった、あったぞ……」

 それは全ての始まりの場所……死に戻りをした墓地だ。

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