鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈7〉
来週は少し忙しそうです。
それはともかく、ラスター、最高かよっ!の回です。
お楽しみいただければ、幸いです。
キャットテイル怪盗団、ラスターがサーベルを音もなく抜く。
あのシメオネの兄であり、フェリシモの弟という影の薄い男が、なぜ今ここに……という疑問が生まれる。
しかしその疑問も、ラスター本人の口からすぐに解消された。
「姉さんがね、何者かの視線に気づいて俺に監視をさせたのさ。しかし驚いたね。一瞬で姉さんの姿かたちに変わるんだから」
フェリシモは、何も言葉を発しない。
ラスターは本物のフェリシモと、偽者のフェリシモを同時に監視していた。
そのため、ラスターを惑わすための言葉が見つからないのだ。
「姉さんからの言付けだよ。“弟が影渡りを封じるから、きっちり倒したまえ”……だそうだ。本当に人使いが荒いね」
なにそのイケメン、惚れちゃう……などと俺が脳内で突っ込んでいるうちに、ラスターがフェリシモに歩を寄せはじめた。
ラスターはしっかりと月を背にしている。これなら、もし影渡りを使われても、ラスターの正面に出てしまうだろう。
それでも実力的には、あの姉に遠く及ばないはずだ。
なにか策でも授かってきたか?
「しかし我が姉に化けるとは、なんていう不届き者なんだろうね……」
「まさに化け猫だな」
俺の冴え渡るツッコミに対し、ラスターはガン無視だ。
「そういうところが可愛くないのだ、お前は。猫耳で、尻尾で、美形で、クールで、強くて、何なんだお前は、最高かよっ!」
「相変わらず緊張感のない男だね、キミは」
何故だかラスターだけでなく、ハチ子とアルフィーまでもが、なんとも形容しがたい微妙な表情を向けてきた。
いや、こんなハイスペック、普通に羨ましいですよ。
「俺ひとりでやるから、キミは手を出さないでいいよ。そのかわり、その後はよろしくね。できるだけ、速やかに倒してほしいね」
ラスターが、すぅ……と目を閉じ一呼吸の溜めをつくる。
そして次の瞬間、音もなく駆けだした。
シメオネと違って直線的な動きだが、キャットテイル特有のしなやかな加速で、一気に間合いを詰めてしまう。
「キャッ刀 卜伝……天翔猫閃……」
なにそれ、絶対そんな技ないだろ……シメオネの兄だからか、シメオネの兄ゆえにか! と、突っ込む間もなくラスターの放つサーベルの剣先が霞んでいった。
フェリシモがカウンターを取るべく、剣先へとダガーを合わせるが……
「おろ?」
俺は驚きの声を上げずには、いられなかった。
予測された軌道からサーベルは消え、まったく違う下段で剣線が振り抜かれたのだ。
フェリシモが足を斬られて、たまらず間合いを離そうとする。
しかしラスターがそうはさせぬと、突きの体勢に入っていった。
「キャッ刀 卜伝 ……猫突……」
今度は、肩を狙った高速の突きだ。
フェリシモが、その直線的な動きに今度こそカウンターを合わせる……が、やはりその軌道からサーベルが消え、脇腹に突如として刀身が姿を表す。
これはたしか……幻影剣……だったか。
目に見える剣線は偽物で、本物の剣線は隠れているという、スキル解放の能力値条件が厳しい、けっこうなレアスキルだった記憶がある。
こんな技を持っていたとは……さすがは、身体能力お化けの姉弟妹だ。
あと、ほんとお前らは名前のセンスがないな。
「痛覚はなし……まるで、魔族みたいだね」
惜しい、魔神だ。
それでも魔族相手に、一切の恐怖心もなく戦えるのは、本当に冷静な証拠だ。
「じゃあ、やるよ。キミはくれぐれも、ちゃんと倒してほしいね」
ラスターが再び突きの構えに入る。そして大きく一歩、右足を踏み込んだ。
次の瞬間、フェリシモの姿が消えた。
足をやられて機動力が落ちたため、影渡りで距離を詰めたのだ。
しかし移動先は、ラスターの背後ではない。
ラスターは、月を背に戦っている。
そのためフェリシモが姿を現わしたのは、ラスターの目の前だった。
「あはぁ〜!」
冷笑とともに、躊躇なくダガーを太腿に突き刺す。
「つっ……偽物とはいえ、さすが姉さんだね」
ラスターはそう呟くと、刺された足で強引にフェリシモを蹴り飛ばした。
影渡りで来るのも刺されるのも、予測をしていたかのような反応の速さだ。
……わざと攻撃を受けたのか?
やはり外傷は見当たらないが、痛みの呪いは発動している。
その証拠に、アルフィーたちの前で、片膝をついて動きを止めてしまっていた。
「さぁ、あとは頼んだよ」
「なにを……」
俺の疑問に、ラスターが右手を軽く持ち上げて答える。
そこには、龍のようなものが彫り込また象牙調のメダル『九龍牌』が、しっかりと握られていた。
「これでも怪盗団だからね。手癖の悪さには、自信があるのさ」
金髪美形のキャットテイルが、僅かに笑う。
「まじで、最高かよっ!」
俺は思わず笑みを浮かべて、フェリシモにダガーを投げつけた。
「トリガーッ!」
転移をすると同時に、立ち上がったばかりのフェリシモに対し空中で身を翻して、さらにダガーを投げつける。
フェリシモは投げられたダガーを瞬きもせずに目で追うと、上体をぐにゃりと反らしてかわしてしまう。
俺はその僅かなスキを逃さず、ダマスカス刀を振り落とした。
狙いすました攻撃は、見事『懺悔のダガー』にヒットする。
「くっ!」
武器狙い攻撃が成功し、フェリシモがたまらずダガーを落としてしまった。
俺はさらに体を回転させて、フェリシモの頭に向けて蹴りを放つ。
赤いマフラーが旋風に巻かれて渦となる。
そこから繰り出される蹴りは、ダガーを拾おうとしたフェリシモの頭を思い切り横殴りにした。
「しょぅねぇぇん!」
フェリシモは自ら飛び上がりダメージを受け流そうとするが、俺はそれを許さない。
トリガーを発動し背後に転移をしたところで、ダマスカス刀を後ろに引いて構える。
この技は、まだ見せていない!
「忍殺一閃ッ!」
ザンッ! ……と、気持ちのいい音とともに剣風が駆け抜け、あたりの草ごと両断していく。
「ぎゃっ……!」
フェリシモが短い悲鳴を上げ、前のめりに吹っ飛んでしまった。
俺は止めとばかりにダマスカス刀を構え直し……
「なっ!?」
そこで驚きのあまり、思わず追撃する手を止めてしまった。
なにせ、たった今までフェリシモだった“もの”が、瞬時に俺の姿へと変わってしまったのだ。
「トリガー!」
今のは俺の声で間違いないのだが、言ったのは俺ではない。
偽者の俺が模倣したテレポートダガーで、その姿を消してしまったのだ。
そして再びトリガーの声が聞こえ、転移先を探す間もなくドッペルゲンガーの姿は消えてしまった。
「キミは、もう少しやる男だと思っていたんだけどね」
いかにも嫌味な感をたっぷりと含んで、ラスターがつぶやく。
「こうも容易く、取り逃すとはね」
まったくもって、返せる言葉がない。
いや正直なところ、フェリシモ相手によく頑張ったほうだとは思うのだ。
「まさか最後に、俺を模倣するなんて考えもつかなかったぜ……」
軽く落ち込んでいるとアルフィーが後ろからギュウと頭を抱きしめてきた。
「あーちゃんは、じゅうぶん健闘したん。あんたの姉が、化け物すぎるんよ」
「まぁね。姉さんより強い者など、この世にいないだろうからね」
「そうなん。あーちゃんは悪くないん」
そう言って、優しく頭を撫でてくれる。
とりあえず、後頭部にテンピュール枕が当たっているようで、俺は今にも安眠してしまいそうだ。
「アルフィー、さり気なく何をしてるんですか?」
痛みで顔をしかめながらも、ツッコミを入れるハチ子もすごい。
ラスターが肩をすくめながら立ち上がると、ハチ子の太ももに真っ黒なダガーの柄をつける。
「懺悔のダガーよ。その呪いを開放しろ」
そうつぶやくと、徐々にハチ子の表情が和らいでいった。
「姉から借りてきていて良かったよ。まさか、この呪いまで模倣してしまうとはね」
そう、ラスターが持っている『懺悔のダガー』は、正真正銘の本物だ。
このダガーには、痛みの呪いを解除する力もあるらしい。
ちなみにドッペルゲンガーが模倣した『懺悔のダガー』は、変身を解いた時点で消えてしまった。
「アーク殿はあの時……これを胸に刺されて、四日間も我慢したのですか?」
まぁな、と軽く返す。
実際は南無子がくれた、睡眠薬の力を借りて凌いでいたのだが、あれはかなりきつかった。
「……本当かい?」
「おうさ。お前の姉さん、ひでぇだろ?」
「あーちゃん、これの胸に刺され続けるやつを、四日間も?」
驚くアルフィーに、カカカッと笑う。
「あーちゃん、やっぱりすごいん……」
「そうなんです、アーク殿はすごいんです」
「……まぁたしかに、呆れるほどの精神力だね」
何故だか知らないが、俺の株も勝手に上がっていく。
なんとも、こそばゆいものがあるな。
「それよりも、いいのかい?」
ラスターが目を閉じて、金髪を揺らせながら続ける。
「あの偽者は、きっとあのエルフのところに行くよ?」
「……えっ?」
その言葉に、思わず息がつまった。
たしかに俺に化けたメリットと言えば、鈴屋さんに近づけることだ。
「あぁっ、まずいっ!」
鈴屋さんへの危険と、鈴屋さんが模倣された場合の危険、そのどちらもが一瞬で脳内に再生される。
そうだ、のんびりしている場合じゃない。
「ごめん、俺は先に戻る!」
俺はそう言うと、急いで南無邸に向けてトリガーを開始した。




