鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈6〉
6話目です。
通勤通学休憩のおともにどうぞ。
そして、その日の夜。
レーナとラット・シーの間にある海岸で簡易的なテントを張り、白い月を見上げる俺がいた。
俺の右隣りにはハチ子、左隣にはアルフィーが座っている。
これは魔人ドッペルゲンガーと、街中での戦闘を避けるために考えた最強の布陣だ。
ちなみに鈴屋さんは、南無さんのところに泊まっている。
もし、我らが可憐な破壊神を完コピでもされた日には、この街は大変なことになってしまうだろう。
鈴屋さんを連れてこなかったのは、そのための予防策である。
どうしても倒せないときは泣きつくようにという約束付きだが、この二人がいれば勝てるはずだ。
「言っておきますが、アルフィー。アーク殿に指一本でも触れたら、ドッペルゲンガーとみなしますよ?」
「あぁ~はいはい。でもそれは、ハッチィにも言えるん」
「わっ……私は、そんなことしませんから!」
「しょっちゅうドサマギしてるん知ってるんよ?」
そう言いながら、アルフィーが俺の腕を指先でつつく。
「なぁ〜。あーちゃんも、わかってるはずなん〜」
「あーっあーっ! いま、触りましたっ! 触りましたよねっ!」
……もう一度、言っておこう。
これは魔人ドッペルゲンガーと、街中での戦闘を避けるために考えた最強の布陣だ。
「言ってるそばから、このネズミっ!」
「……そう言いながら、なんであーちゃんの腕をつまんでるん?」
「い、一回は一回ですっ!」
どうしてこの二人は、こんなにもこうなのか。
とりあえず、いま見分ける手段はないんだぞ。
「もうこの際、二人で抱きつくとかどうなん? どうせ三人目が来たら、それが偽者なん」
「そっ、それは……アルフィーにしては、悪くない考えですね……」
「お前らなぁ……」
俺が呆れて立ち上がると同時に、突如として背後から強烈な殺気が生まれた。
確認するよりも早く二人を左右へと突き飛ばし、前転しながらダガーを引き抜いて振り向く。
ハチ子は体を回転させながら、姿勢を低くしシミターを構えていた。
一方のアルフィーは胸の前に盾を構えた後、ゆっくりとサーベルを引き抜く。
三人の目が、殺意の元凶へと注がれる。
「しょぅねぇん〜」
このタイミングで現れたのは、俺の中で鈴屋さんの次に強いと思われる最強の暗殺者フェリシモ姉さん、その人だった。
さぁどっちだ……と、判断に困るのだが……
「なんだねぇ〜これはぁ〜?」
いつもの余裕ある冷笑を浮かべて、ハチ子とアルフィーに視線を向ける。
「私は少年と話をしたいのだよぅ〜席を外してくれないかなぁ?」
あぁ、これも言いそうな台詞だ。
「こんなところまで追ってくるとか、どう考えても可怪しいん。あんたぁ、ドッペルゲンガーなん?」
「どちらにしろ、今日は日が悪い……あなたが本物だというのならば、日を改めていただけますか?」
やる気に満ちあふれている二人に対し、フェリシモは表情を崩さない。
長い尻尾をゆらゆらと揺らせながら、不敵に笑うのみだ。
「私に指図する気なのかぃ〜。犬とネズミの分際で、大きく出るじゃないかぁ〜?」
俺の前に立って迎え討とうとする二人の体が、ギュッと引き締まっていく。
完全に戦闘のスイッチを入れたのだ。
集中力を高め、緊張の糸が張り巡らされていくのが俺にも伝わってくる。
「待てよ、姉さん」
フェリシモが顎を上げて反応する。
「今ちょっと色々あってね。姉さんが本物なら、今日は帰ってほしいんだ。あとで、俺の方から会いに行くからさ」
「アーク殿っ!」
牙をむいて構えるハチ子に、左手を上げて落ち着けと促す。
「もし帰らない場合は、偽者として全力でやり合うしかないんだが……姉さんが本物なら、そこまで馬鹿じゃないよな?」
本物かどうか、真偽を確かめる質問は効果が薄い。
それならば、彼女の行動理念に問いかけるのだ。
本物なら立ち去るはずだし、偽者なら……
「ふむぅ。少年の言ってる意味がわからないのだがぁ……」
フェリシモが黒く波打つ長い髪を、肩の後ろへと右手で払う。
「私は常に、楽しそうな答えを選ぶのだよぅ?」
そう言って、太もものベルトからダガーを抜き放った。
これはもう、やるしかないようだ。
しかし、あの青黒いダガー……まさか、懺悔のダガーか?
懺悔のダガーは、アストラル・サイドに傷を残す呪いの武器だ。
刺された痛みは四日間、絶えず襲いかかってくる。
しかしフェリシモが、あれを最初から使うことなどあり得ない。
彼女は、どんな戦闘でも“遊ぶ”のだから。
つまり……
「あんた、偽者だな」
しかし反応はない。
「あのダガーは、痛みが持続し続ける呪いの武器だ。ふたりとも、気をつけろよ」
あの武器を持っているというとは、一時間の観察に成功した魔神ドッペルゲンガーで間違いない。
それはフェリシモのスキルを含めた全てを、完コピしていることを意味している。
「あはぁ、あん時の最強の暗殺者なん。そいつぁたぎるねぇ」
アルフィーが、サーベルをくるくると回して唇をひと舐めする。
「まさか偽者相手に、決着をつける日がくるとは思いもよりませんでしたが……いい機会です」
ハチ子がすうと目を細めて、青白い残像を残すシミターの剣先を向ける。
なぜだか二人は、やる気が満ち溢れている。
頼むから食らってくれるなよと呟いて、俺もダマスカス刀とテレポートダガーを構える。
最初に動いたのはアルフィーだ。
アルフィーもパリィカウンターという“後の先”を得意とするのだが、フェリシモのそれは徹底されている。
アルフィーが放った牽制の一振りを、瞬きすることなく目で追っていく。
そしてサーベルの腹に向けてダガーを突き出し、くるりと受け流した。
普通の戦士なら、そこで大きく体勢を崩してしまうのだろうが、そこはさすがのアルフィーだ。
体勢がブレたのはほんの一瞬で、即座に構えなおそうと……
「あまい、あまいなぁ〜」
その針の穴のようなスキを見逃さないのが、フェリシモだった。
ぬるりとした異様に早い踏み込みで間合いを詰めて、アルフィーの右太ももにダガーを閃かせる。
「つっ!」
アルフィーが、すんでのところで体ごと後ろに跳ぶ。
一見するとその白い肌に傷ひとつ、ついていないようだが……
「あっ、つっ!」
連続して襲ってくる痛みに、アルフィーが眉を寄せる。
「まだまだっ!」
さらにアルフィーが、サーベルを突き出す。
しかし、その踏み込みは明らかに遅い。
「あはぁ、あはははははぁぁ!」
フェリシモが狂気じみた笑い声を上げながら、上体を反らせてかわす。
その柔軟な動きは、キャットテイル特有のものだ。
そして、伸びきったアルフィーの腕めがけてダガーを突きつける……が……
「させませんよ!」
その行き先には、青白い残像がすでに置かれていた。
攻守のバランスを考えた見事なサポートだ。
しかしフェリシモは剣線を避けながら、今度はハチ子へと標的を変える。
「トリガーッ!」
叫んだのはハチ子だ。
俺があらかじめハチ子が動き出したところで、フェリシモの背後へとダガーを投げておいたのである。
阿吽の呼吸による緊急回避は見事に成功し、ハチ子が間髪入れずに剣線で陣取りをしようとする。
……が、すぐにその手が止まってしまった。
フェリシモの姿が消えたのだ。
「影渡りっ!?」
「あははぁぁ〜ざぁぁんねぇぇん!」
ハチ子が振り向きざまに牽制の剣線を描いていくが、フェリシモのダガーはすでにハチ子の左太ももを切り裂いていた。
やはり、見た目に傷はついていない。
「くっ……!」
ハチ子は転がるようにしながら距離をとり、アルフィーの横に並ぶ。
しかしすぐに痛みに耐えかねて、苦悶の表情を浮かべたまま片膝をついてしまった。
「さぁて、どぅするねぇ〜? どんなに傷が浅くても、連続する痛みで足が動くまいよぅ〜?」
持続する痛みの呪いは、生命力を削るものではない。
その痛みによる『行動阻害』にこそ真価を発揮する。
俺は身をもって、それを知っている。
「さすがは俺の知る中で最強……影渡りのフォローも考えながら戦ったのに、三人がかりでこれかよ」
俺が最後尾で影を注視しながらフォローするという作戦も、ハチ子がトリガーで離れた瞬間に崩されてしまった。
ハチ子は、もう立てそうにない。
アルフィーは根性で立っているが、戦力としては厳しいものがあるだろう。
さて……これはもう、俺ひとりでやるしかないかと決意を固めたその時だった。
「相変わらずだね、キミは。フェリシモ姉さん相手に、キミたちだけで勝てるわけがないだろう?」
白い月を背中に受けながら、美しい金色の髪を風で揺らせる美形の剣士が、目を閉じたまま静かにそう語るのだ。




