鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈5〉
たまに出てくる魔女っこは、メタ要員です。(笑)
次の日、鈴屋さんに昨夜のことを説明し、さっそくみんなで月魔術師のギルド『学院』に向かっていた。
ちなみに鈴屋さんも、恋人座りについては記憶にないようで……
「そんなこと強要してきたら、ハラスメントで訴えるからね?」
……なんていう、強めの拒否をされてしまった。
そんなわけで、あれは偽物の仕業だったとしても、奇麗な思い出として胸の奥底で大事にしまうことにしてある。
「鈴屋さんのあれは、微妙にしそうなんだよなぁ……」
「……だから、しないからっ! なぁに、そのしてほしそうな犬みたいな顔は……」
長い耳をぴょこぴょこさせながら怒るのも、可愛くて素敵です。
「日中だと、その偽物は現れないんでしょうか。すでに、この中に紛れているということも……」
「どうかな。現れたのは夜で、どれも俺が一人になってからだし、一度逃げ切ればその日はもう現れなかったが……必ずそうだとも言えないな」
ううむ、と考え込む。
「せめて、見分ける方法を考えないといけないん」
それはアルフィーの言う通りなのだが、現状そんな方法はないだろう。
おそらく合言葉めいたものを決めたところで、その答えも『知っている』はずだ。
今のところ偽アルフィーにだけは、外の世界についての質問が有効だが、それも頻繁にするわけにいくまい。
そもそも鈴屋さんとハチ子には、それすらも通じない。
「それならとりあえず、こういうのはどう?」
鈴屋さんが人差し指を立てて、くるくると回す。
「とりあえず私たちは、あー君に対して指一本触れないの」
……え、なにそれ……と、絶句してしまう。
「たしかに……アーク殿を狙って誘惑をしてくるのなら、私たちが触れないと決めてしまえば……」
「誘惑してきたやつは偽物なん~。なるほど~」
「ね、いい考えでしょ?」
嬉しそうな鈴屋さんに、女性陣が同意をしていく。
「なにそのトリッキーで斬新な対処法……」
そしてどこか嬉しくない対処法に、俺は心のどこかで寂しく感じていた。
俺たちはレーナにある月魔術師のギルド、通称『学院』にある『記録の塔』の六階へと足を運んでいた。
ここは、幅広く学識を深めその知識の保管を目的とした、学者たちのための塔だ。
ちなみに前回訪れたのは、『探求の塔』の十二階にあるラナの私室である。
今回はモンスターの情報を調べることが目的のため、『記録の塔』の書庫へと通されたらしい。
もちろん、導師ラナの権限である。
「大丈夫か?」
俺が声をかけた相手は、金髪ロングの美少女魔法使いラナで間違いない。
ラナは木製の椅子に座り、琥珀色の目を虚ろにしながら、もともと色白な肌を青白く染め上げて呼吸を整えていた。
「さすがに、この距離の移動は疲れます。私の運動不足が原因なのですが……」
十二階の自室から四階の連絡通路を渡り、六階の書庫まで移動となるとたしかにきつい。
高位の導師ほど上層階に自室を構えるため、魔術師が引きこもるのも理解が出来る。
帰りはさらに大変そうで、少し気の毒に思う。
「すみません、みなさん。お待たせしました」
だいぶ落ち着いたのか、乱れたローブを整えて書庫の奥から古びた一冊の本を持ってくる。
「知りたいのは、ドッペルゲンガーについてですね?」
ラナが席につくと、俺と鈴屋さん、そしてアルフィーも大きな机を挟んで対面に座った。
ハチ子は少し離れたところで、書庫の方をチラチラと見ながら腕を組んで立っている。
「では、魔神ドッペルゲンガーについてですが……」
なにを……と、冒頭から引っかかる。
「魔神? ドッペルゲンガーって魔神なの? ただの魔族とかじゃなく?」
「そうですよ。ドッペルゲンガーは観察した対象の姿や知識、能力までも写し取るため、観察する魔神とも呼ばれています。ひと目で対象の姿かたちから装備まで変身でき、一時間の観察で知識や能力を含めた全てを写し取れるようになります。こうなると、親しい人間でも見破ることは不可能と言われています」
「それでは、その強さは模写した対象に依存するということですか?」
ハチ子の問いに、ラナがうなずく。
「はい、大きく左右されます。ただし変身を解除したら、能力写しの効果もまた失われてしまいます。過去には、大英雄の姿を写し取ることに成功したドッペルゲンガーもいます。それこそ、気づかれないように遠くから数秒の観察を繰り返したらしいのですが……」
「うぅ……なにそれぇ、気持ち悪い。もうほとんど、ホラーだよぅ」
「鈴屋さまの言う通り、恐ろしい存在です。他にも、対象の脳を食べることにより、完全な写し取りもできるようです。その場合は、精神性も模倣してしまうため、自我を失う可能性があるようで、まずしないとされていますね」
それこそホラーだな……と、小さく呟く。
しかし魔神とは……恐ろしすぎて嫌な予感しかしない。
「いずれにしろアーク殿に近づくために、私達を写し取ったということになりますね」
「目的は、なんなん? あーちゃんを模写したいん?」
「いや、それはないだろう。わざわざそんなことをしなくても、俺を一時間観察したほうが早いだろうしな」
魔神に狙われる心当たりなんて、あるわけがないのだが……
「そもそも、あー君は魔族に狙われているもんね〜」
考えているそばから鈴屋さんの否定である。
「なにを物騒な……」
「アーク殿、ウイルズですよ。アレは明らかに、アーク殿を狙い続けています」
……たしかに……そう考えれば、心当たりがあるともいえる……
「アークさま、詳しくお聞かせください」
「ラナちゃんも見たはずなん。海竜を倒した後に、腹から手が生えてきてぇ〜」
しばらくラナが机をトントンと叩き、やがて思い出したかのように顔を上げる。
「あの不気味な赤色の鉤爪のやつですかっ!」
「そうそう。なんか毎回、“楔をつけ破壊をする、反乱の槍”とか言ってくるんだが……そういう魔族いる?」
「私の知識の中ではパッとは思い当たりませんが……調べる時間をもらえますか?」
もちろん、と頷く。
「その魔族の出現に、何か法則はありませんか?」
「法則か……今までに出てきたのは、海賊アンデッド船長『キャプテン・フック』を倒したあとと、リザードマン『ニクス』を倒したあと、海竜『ダライアス』を倒したあと……かな?」
「なるほど。それは死体を触媒に受肉していますね。いずれもアークさまの目の前でですか?」
「あぁ……でも他に、ラミアとか色々倒してるし、毎回ってわけじゃないぜ? 他に法則があるとしたら……」
思考の沈黙が生まれる。
ラナの言う通り、たしかにどれもモンスターを倒したあとだが……
「あーちゃん。倒したモンスターが名前付きだから……とかはどうなん?」
「あぁ〜〜……いや、ゼ・ダルダリアの時は現れていないから違うな」
さらに沈黙。
他に共通点など……
「あっ……!」
何かに気づき、声を上げたのはハチ子だった。
そして一斉に皆の目が向けられる。
「アーク殿、眼帯です。あれが現れた時、アーク殿は眼帯を外しています」
眼帯……キャプテン・フックのドロップアイテム『三日月の断罪』だ。
しかし、そんなものが関係するものか?
「まず最初の幽霊船の時は、そもそも眼帯をしていませんでした」
「ニクスの時はぁ、あたしが戦闘の前に外してぇ、そのままあたしが持ってたん。そしたら、あいつが出てきたんよね」
「ダライアスの時は、私がアーク殿の顔の血を拭おうと外して……そうしたら現れました」
「……マジか……」
言われてみれば、その通りだ。
いずれも『死体』を前に『眼帯を外した』という共通点が、たしかにある。
しかし、この眼帯にそんな効果は……いや、たしか鑑定のときに『永続バフと何らかの特殊効果がある』と言われたな。
何らかの……は、鑑別では効果が不明だったのだが、そういうことなのか?
「アークさま、今後は戦闘後にそれを外さないようにお願いします。もしつけた状態で現れれば、眼帯は関係ありませんし」
「ゴブリンでも倒して試すんはどうなん?」
たしかに、アルフィーの試すという考えは面白いかもしれない。
「だとしても、万全を期すべきです」
俺はラナの忠告に深く頷いて応えると、これはいつか試すしかないと思い始めていた。