鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈4〉
4話目です。
ワンドリンク片手にどうぞ。
俺は音を殺しながらアルフィーの家の前に着地をし、迷うことなく扉に手をかけた。
するとハチ子が俺の手首を掴んで、それを止める。
「アーク殿、ノックは……?」
あ……と、俺が思わず声を上げると、ハチ子が呆れた表情で続ける。
「まさか、いつもそうなのですか?」
「いや……いつもというか、その時々で理由があって……つぅか、ハチ子さんだって俺の部屋に、よく窓から潜り込んできただろうよ」
「そ、それは……」
「忘れもしないぜ。シメオネと挟まれて添い寝されたりよ」
「それはだって、シメオネと二人でアーク殿をベッドまで運んだら、あの猫がアーク殿の隣で眠り始めるからですよ! 二人きりになんて、できないじゃないですか!」
「いや、他にもよ。ハチ子さんが教団抜ける前の時とか、俺が目を覚ましたら窓際でハチ子さんが座ってて」
「あ、あれは……よくそんなこと覚えてますね……」
「あぁだって、その時のハチ子さんがさ……夕日に照らされて、えれぇ綺麗で……」
「はぅっ……」
さらさらと俺の中の綺麗な思い出を口から垂れ流していると、ハチ子が顔を真っ赤にして見つめてくる。
そして俺の腕をつまみ……
「いて、いててっ」
「どうして、そういうことだけは簡単に言えるんですか……」
耳の先まで真っ赤にし、目線を逸らすハチ子が可愛くて仕方ない。
「はっちぃ、可愛いッスなぁ」
「やめてください、ほんとにやめてください……」
そうやって、恥ずかしがるハチ子で遊んでいる時だった。
「さっきからなんしてるん、人の家の前で……」
いつの間にかアルフィーが、扉をわずかに開けてジト目で顔を出していたのだ。
こうして、復興後のアルフィーの部屋に来るのは二度目になる。
前回はクリスマスの時だったが、今回も奇麗に片付いている。
最初の倉庫部屋に比べたら、えらい進化だ。
まさに女子力アップのために、一念発起したのだろう。
「あーちゃんの声が聞こえたから飛び起きてきたんに……なんでハッチィまでおるんよ」
「私だって、寝ていたら急にアーク殿がベッドの中に現れて!」
「なんなんっそれ!」
「頼むから話をややこしくしないでくれぇ」
いや言っていることは事実なのだが……相変わらず巧妙に事実を織り交ぜるハチ子である。
「あれ? 鈴やんは一緒じゃないん?」
「とにかく急いでいたからな。アルフィー、お前、今日の夜はずっとここにいたよな?」
ベッドの上で内股に座り、きょとんとした顔を見せる。
「今日?」
「あぁ、厳密には今夜、今の今さっきまでだ。一人でいたか?」
「いたけど……なん?」
首をかしげるアルフィーに、そうだよなと返す。
「あーちゃん、束縛系なん?」
「なんだそりゃ、おい」
「あたしはぁ~なんかぁ~そういうぅんもぅ愛されてる感じがしてぇ嬉しいぃん~」
「いや、ほんと、なに言ってんの?」
変な動きで悶える白毛の戦士に呆れてしまう。
しかしまぁ、やはり嘘ではなさそうだ。
「ハチ子さんは昨日、酒を飲んだりしたか?」
「昨日ですか? 昨日は飲んでませんが……」
不思議そうに見つめ返してくるハチ子に、やはりそうかと頷く。
「それが何か?」
「あぁ……ここ二・三日のことなんだが……」
俺はとりあえず、昨日と今日の出来事を話す。
ハチ子に一献を誘われて、色香全開で誘惑されつつ襲われかけたこと。
アルフィーにはベッドに潜り込まれて、襲われかけたこと。
そして、それぞれ二人の間でしか知りえない出来事や、二人にすら知りえない情報を知っていたこと。
ハチ子とアルフィーは、真剣な面持ちで説明を聞いていた。
そして時折、う~んと唸っては考え込んでしまう。
「あのですね、アーク殿……」
「んあ?」
「誘惑という部分も、しっかり説明してください」
「そうなん、そこぼやかしたら駄目なん」
俺がせっかくオブラートに包んで説明してるのに、そこをつつくのか。
「それ、重要か?」
「私とそっくりだったのでしょう?」
「そっくりというか……まったく見分けがつかないレベルだ」
ハチ子とアルフィーが、嫌悪感をありありと浮かべて眉を寄せる。
それほどに、嫌なものなのだろうか。
「私が何をしたのか、知っておきたいです」
「そうなん、そこ大事なん!」
「いやだから、偽者なんだが……」
若干俺が責められているようで納得がいかないが……
ハチ子にはリーンとの結末を、アルフィーにはこのゲーム『ザ・フルムーン・ストーリー』についてを除けば、概ね話しても問題ないだろう。
仕方なしに、昨夜のことをさらに詳しく話していく。
「……つぅわけだ。で、これは可怪しいかなと思ってだな、こうして事実確認を……」
全部を話すころには、ハチ子は真っ赤になって固まってしまっていた。
一方のアルフィーは平然としている。
「……お慕い申し……首筋を……かぷっ……」
なぜかハチ子は、絶望的な表情を浮かべて、ぶつぶつと念仏を唱えるかのように呟いている。
「そんなにショックか?」
「そっ……ハチ子は、そんなことしませんからっ!」
微妙にしそうだから、俺は判断に迷ったんだが……
「でも、アルフィーは平気そうだぞ?」
「んまぁ、あたしだよねぇ~、それって。ふつうにするし」
「デスヨネー」
そうなるとやはり、あいつはかなり完璧にコピーしていることになる。
人格と経験を完全にコピーし、情報については調べたとかではなく、何らかの方法で『知っている』と考えるべきだろう。
いや、待てよ。もしかして、俺すらも知らない情報も知っている?
「なぁ、ハチ子さん」
「……今度は何ですか?」
「ハチ子流奥義、闇堕ち固め……ってナニ?」
「ふぇっ……そ、それは……」
ハチ子が唇の端を引きつらせて、目を逸らしていく。
まさかの、心当たりがあるのか……
「先日の……その……だいしゅきホールドという技名を鈴屋に吹き込まれたときに、思いついた技でして……」
鈴屋さんの悪戯で、どえらい下ネタを吹き込まれた例のやつだ。
「空中で蜘蛛絡みをすれば、そのまま百舌鳥落としにつなげられそうだと思いまして……そのことを鈴屋に話したらですね、そう命名したのです」
「また鈴屋さんかよっ!」
どうりで、恥ずかしいネーミングなはずだ。
しかしそんな情報までとなると、いよいよチート的な何かで『知っていた』と考えるべきだろう。
……通常の方法では知りえぬ情報をもち、見分けが不可能な化け方をする……
「これは一体……人とは思えない、まるで悪魔の悪戯のような……」
「……悪魔……」
悪魔というワードで、俺の中のファンタジー脳が久々に働いた。
「いる、いるぞ……」
それは確かにファンタジーでは、それなりに有名な悪魔だ。
「そうか、ドッペルゲンガーか!」
俺は確信をして、その名を叫んだ。
「ドッペルゲンガーってなんなん?」
「んあぁ……そういう悪魔がいてだな……」
そこまで言って、言葉を飲み込む。
そういえば、この世界にもいるのだろうか?
よく考えてみたら、このゲーム内では戦ったことがない。今のは完全に、ファンタジーの知識として知っていただけだ。
そんな不確かな情報で戦うのは危険だろう。
まずは、この世界でのドッペルゲンガーについて調べるべきだ。
「どうしたん?」
「あぁ、いや……明日、ラナに相談してみよう。餅は餅屋にっていうからな」
俺はそう言って、ドッペルゲンガーの狙いを考え始めていた。




