表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/504

鈴屋さんと海開きっ!〈中編〉

お昼の休憩にくだらない小説でも。

ウルトラライトに鈴屋さん、中編です。

ハチ子さんが頭角を現しはじめてます。

 あっという間に約束の3日が過ぎ、碧の月亭の円卓ではハチ子が来るのを待ちわびる俺の姿があった。


「ねぇ、鈴屋さん」

「…………」

「鈴屋さん、昨日から何も食べてないでしょ。どうしたの?」

「……」


 鈴屋さんはというと、いつもの癒し系の返事もなく、むすーっとしている。


「鈴ちゃん?」


 げしっと空のマグカップの角で頭を小突かれた。いよいよ本気で不機嫌なようだ。


「……あのぅ、怒ってます?」

「……怒ってない……」


 うん、怒ってますよね。


「ホットミルクでも飲む?」


 げしっと2発目がくる。

 怒っておりますなぁ……やっぱり原因はアレだよねぇ。


「水着、そんなにやなの?」

「……嫌じゃないけど……あー君のその鈍さはロールじゃないんだよね?」

「鈍い? 俺、演じるのとかできないよ。なんか鈍いの?」


 ものすごい溜め息出しながら、頭を抱えている。


「あー君のそういうとこだよぅ~」


 そして何か俺に対してご不満があるようだ。テーブルに突っ伏して変な動きで悶えている。

 まったく理解できないから、直しようがないんだけども。


「もしかして恥ずかしいの?」

「恥ずかしいよ……」

「え~でもさ、ゲーム内で水着の恰好なんてしょっちゅうしてたじゃん。むしろ、イベ報酬の高性能な水着くれたら1日それでクエ行きまぁす(はーと)的なネカマプレイしてたじゃん」

「……お願い、その記憶消して……」

「ただのゲームキャラだし、そんな恥ずかしがらなくても」

「あの頃はそうでも、今は違うもん!」


 難しいお年頃だなぁ……


「アーク殿、女性というものは、薄着になる前は何も食べなくなるものなんですよ」

「ぬぉ、ハチ子さん、いつから!」

「つい、今しがた」


 時折、この人ニンジャなのではと思ってしまう。

 ハチ子の登場で、いよいよ落ち込み始める鈴屋さん。

 約束の時が来たのだ。


「でもさぁ、水分はとらなきゃ。鈴屋さん、ミルク頼む?」


 しかし鈴屋さんは、ふるふると首を横に振るばかりだ。


「……アーク殿、鈴屋がミルクを過剰摂取するのは理由が……」

「ハチ子さんは、余計なこと言わないでっ!」


 女子にしかわからない何かなのか、まったく会話についていけない。

 完全に置いてけぼりなので、話をすすめることにする。


「……で、水着はできたか?」


 もちろんです、とハチ子。

 仕事のできる女性は一味違うね。

 この人がプレイヤーなら、きっとキャリアウーマンなのではと思ってしまう。


「ハチ子さん。どうやって、私の……その……サイズとか、わかったの?」


 ハチ子が、あぁと俺の方を指さす。


「アーク殿が教えてくれました」


 鈴屋さんが、ぎぎぃと俺に向けて首をひねってくる。


「あー君はなんでそんなことを知っているのかな?」

「スリーサイズはゲーム内でステータス表記されてたよ? なんか覚えやすい数字だったし」

「っっっっっ!!!!!!」


 げしっっとマグカップが投げられて、一瞬痛みで真っ白になりつつも律義にカップをキャッチする。


「いてぇ! なにすんの!」

「あー君、それっハラスメントだよっ!」


 え~……そんなのシステム上の公式表記じゃん……


「しかし、それから時間も経ったでしょう?」


 言いながら、ハチ子が鈴屋さんの全身をまじまじと観察する。

 鈴屋さんはその視線から体を守るように、両腕を掴んで身をすぼめた。


「……なに?」

「いやサイズが変わっていたらと懸念していたのですが……ミルクの効果がなくてよかったなと」

「あー君の馬鹿ーっ!」


 なぜに俺っ!と叫ぶ間もなく、次の瞬間にはマグカップが俺のおでこにヒットしていた。




 その後、碧の月亭2階にて試着大会がスタートした。

 俺はというと、自室の壁際に簀巻きで寝かされていた。

 扉の前には筋骨隆々な髭坊主、南無さんが仁王立ちだ。


「……だから……俺、絶対に覗かないって……」


 何度目かの台詞だ。

 いくら何でもラッキースケベ対策が鉄壁過ぎる。


「アークはさぁ、鈴ちゃんが対象だと自制心ゼロなんだもん」


 隣の部屋から“そうだよ~”と聞こえてくる。


「いや、にしてもよ。この扱いはひどいと思うの、鈴屋さん」


 返事はない、今日はよく無視される。


「ここで覗くなら風呂の時に見てるって」


 “それはそうだけど”


「じゃあせめて、南無子にでもなってくれ」


 壁がドンっと叩かれる。

 今度は怒ってらっしゃる。


「ハチ子さん、試着長くない? 何着作ったの?」


 “せっかくなのでいくつか作りましたよ。アーク殿の分もありますし”


「なぜに、俺……」


 “売り出すのであれば、男性物も必要かと思いまして……鈴屋のぶん以外はそっちに持って行きますか?”


 おう、と応えるとハチ子が隣の部屋から移動してきた。

 そして酷く悲し気な目を俺に向けてくる。


「……アーク殿。不憫です……」


 ですよねぇ……ハチ子は優しいよねぇ……


「水着、いくつかここに置いていきます。ちなみにこれは、さっき鈴屋が脱いだばかりのです」


 “キャーーーーっ!”


 ドンドンドンっと壁が何度も叩かれる。


 “南無っち、回収してっーー!”


 心配しなくてもホラー映画張りに壁が叩かれて怖いですし、せっかくの差し入れも、簀巻きにされては手に取れないので安心してください。


「なぁ、南無さんさぁ、せっかくだし俺達も水着きてみない?」

「あんた……今の私の姿を見て言ってるのよね?」

「そうだよ。だって南無子は禁止なんだろ? 見たかったけどさ」

「うっ……ふ、ふぅん。見たかったんだ。でも、アークはどうするのよ?」


 俺はその問いに対して、不敵な笑みで返した。


「そこは考えがあるんだ。その考えひとつで万事うまくいくし、世はすべて事もなし、さ」


 南無さんは少しだけ怪訝な顔をしていたが、なぜか機嫌は良いらしくあっさりと俺を解放してくれた。



 ……そして、数分後……



「あー君、入っていいよ」


 鈴屋さんの澄んだ声に従うように、俺は扉を静かに開く。

 視線の先には、白のビキニと花柄が描かれたパレオを組み合わせた水着の鈴屋さんと、鮮やかな青いビキニをきたハチ子さんだった。


「鈴屋さん、ハチ子さん。素敵すぎて俺は今にも死にそうです」


 思わず目頭を押さえる。

 しかし思っていたよりも鈴屋さんのリアクションが薄く……というより向こうが驚いているようで……まぁその理由は明らかなわけで……


「あー君……なんで、アーやんになってるの? しかもそれ、私が着たやつだよね」


 そう俺はいま、真っ黒なチューブトップビキニのアーやんになっていた。

 ちなみに南無さんは、男物のハーパン調の水着にシャツを着ている。

 この身なりで胸元を隠すんだからあまりに気持ち悪くて、上はシャツを着せたのだ。


「南無さんが南無子禁止なら、男物の水着をきるしかないし。そうしたら、残るはこれしかないじゃん?」

「あー君は、どうしてそんなに堂々と変態になるのかな?」


 おぉ、震えるほど怒ってる。身を削った渾身のジョークなのに……


「アーク殿~。それは例の丸薬ですか。ものすごい美人になるんですね~。まさに、あーく1/2ですね♪」

「いや、あの漫画ほど気軽に変身できないよ。原料が高いんだよな、あの丸薬。それよりもなんかコレさ、サイズが合わなくてちょっときついかも……」

「アーク殿、ミルクの飲みすぎじゃないですか?」

「いや、俺は飲まないけど?」

「……あなた達は、私を怒らせたいのかなぁ?」

 はっ、と地雷の上に自分がいることに今気づく。

「あー君」

「……はぃ……」

「嫌い」


 えぇっ……過去最高の口撃に頭が真っ白になる。


「あらぁ、アーク殿、嫌われてしまいましたね~♪」

「今のはアークが悪いわね」

「あ、あの鈴屋さん。今の……崖から落ちた時よりもはるかに痛いです」


 しかし鈴屋さんの逆鱗に触れたことにより、至福の試着会はあっさりと終焉を迎えてしまった。

【今回の注釈】

・イベ報酬の高性能な水着くれたら1日それでクエ行きまぁす(はーと)……実話です。ちゃんとプレゼントされてました。世の中すごいです

・水着を着る前は何も食べなくなる……お年頃の身体測定、健康診断も同様ですね

・世はすべて事もなし……某ロアナプラでよく使われている台詞で、だいたいうまくいかない

・あーく1/2……水をかけるとなんかなっちゃうごめんなさい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ