鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈3〉
第三話です。
さて、何が起きてるのでしょうかぁ〜?
休憩がてらに、サクッとどうぞ!
三日目の夜──
これまでの経験を活かし、俺は既にベッドの中にいた。
昨日一昨日に現れた、鈴屋さんとハチ子が偽者だったと仮定して、目的は何だと自問する。
身近な女性に変装し誘惑することにより、何らかの情報を得ようとする『間者』か。
または、暗殺を企む『暗殺者』か。
いずれにしろ、教団とは無関係だとして考えねばなるまい。
それにしても、リーンのことを知っている風だったのは気になる。
これだけ新しい情報を把握しているというのは、よほどのネットワークがあるのだろうか。
もっと突っ込んだ質問ができれば、ほころびが生まれたか?
そうなると、やはりおびき寄せる必要があるな。
「あぁ、くそっ……」
ひとり悪態をつき、屋根に向かうべく右手をついて体を起こそうとする。
しかしそれを拒むかのように、俺の両脇から白い手が差し込まれてきた。
「あーちゃん」
思わずギョッとして、後ろに首を向ける。
そこには薄着のアルフィーが、俺のベッドで横になり背中から抱きしめてきていたのだ。
──いつの間に……
──そもそも本物か?
同時に沸き立つ疑問が、戸惑う感情を増幅させる。
「あーちゃん、もう少しこうしてたいん」
いかにもアルフィーなら言いかねない台詞だが、今は猜疑心の方が強い。
しかし、ここはあえていつも通りの反応をし、逆に情報を聞き出すべきだろう。
「お、おまっ……いつの間に!」
「ずっといたよ? あーちゃんが鈍感なだけなん」
「いや、にしてもよ……」
「あーちゃんは、リーンのために頑張ったかんね。ご褒美あげたいん」
抱きしめてくる腕にぎゅうと力が込められ、あの日のことを想起させる。
ダメだ、これは……油断をすると揺らいでしまう。
「なぁ、アルフィー」
多少強引にでも、話題を差し込むしかない。
「覚えてるか、初めて会った時のこと」
一瞬の間。
その心情を読み取ろうと、一挙手一投足を見逃すまいと注視する。
「覚えてるよ」
迷いのない言葉。
「ハッチィを助けにきたあーちゃんに、あたしは一目惚れしたん」
──本物だ。
そう、判断せざるを得ない。
いかな盗賊ギルドでも、こんな情報あるわけがない。
「あたしが、鈴やんとハッチィに勝てないのはわかってるん。でも……そんでも好きなん」
これ以上、彼女を試す必要があるのか。
この気持には、真摯に応えてしかるべきではないのか。
しかし、この『疑わせない状況』を生み出したこと自体、彼女の能力だとすれば……
「ありがたいけど、俺には鈴屋さんがいるから」
優しく、それでもきっぱりと答える。
「うん、それでいいん。そんな、あーちゃんが好きなん」
抱きしめる腕が、わずかに震える。
いや……これ以上は、俺も色々と限界だ。
次の一手で、すべてを判断するしかない。
「あぁ、ありがとう。アルフィーとも、ここに来てから長いよな。そういやこのゲーム、なんて名前だっけか?」
またしても、一瞬の間が生まれる。
やがてアルフィーが、不思議そうに首を傾げて言った。
「ザ・フルムーン・ストーリーでしょ?」
ぞわり、と背筋に悪寒が走った。
確定した。
こいつは間違いなく偽者だ。
なぜならアルフィーは、ハチ子と違って俺たちの現実をしらない。
あくまでも東方の国から来たとしか、知らされていないのだ。
そして……なによりも、偽者だとして、これに答えられること自体が恐怖に値する。
「トリガーッ!」
俺は迷わず叫び、転移をした。
「ひゃっ……」
転移先で、驚いて声を上げる女性の口元を咄嗟におさえつける。
「うぉぃ、なんでダガー抱いて寝てるんだよっ。床に転がしとけって言ったろ」
小声で問い詰めるが、当のハチ子は顔を真っ赤にしたままフリーズしてしまった。
……あらかじめ、転移脱出をするために預けておいたのだが……
ハチ子は俺の言いつけを守らずに、ダガーを抱いて寝ていたのだろう。
そして俺はものの見事に、ハチ子の抱き枕になってしまったわけだ。
さっきとあんまり状況変わってないじゃねぇか、と思わず心の中で突っ込んでしまう。
「ど、ど、ど、どぅして……」
「ちゃんと説明してない俺も悪いけど……とにかく緊急事態だ」
「き、緊急……でも、そんな急にっ……ハチ子にだって心の準備が……」
「そうじゃなくて……とにかく、今からラット・シーに行くぞっ」
「ふぁっ……了解です、アーク殿っ」
うん、ハチ子だ。
この可愛い照れっぷりは、紛うことなきハチ子だ。
やはり、昨日のハチ子も偽者で間違いないだろう。
俺はハチ子の手を取りベッドから引き起こすと、交互トリガーをするべく窓を静かに開けるのだった。
ハチ子と交互にトリガーをしながら海岸線を移動し、ほどなくしてラット・シーの入り口が見えてきた。
ラット・シーの再建はかなり進んでいる。
おしゃれ建築や商業施設のアイディアを、シェリーさんに色々と吹き込んでおいたので、入り口の辺りはちょっとしたリゾート地のようである。
もう少しすれば、海上デッキの商業施設が出来上がるだろう。
「こうしてみると……ここは、こんなに綺麗なのですね」
少しうっとりした表情を浮かべて、ハチ子がつぶやく。
「ちょっと奥に行けば、いつものラット・シーなんだけどな。もっと早めに助言しとくべきだったな」
「まぁ住むのは、昔から馴染みのある形のほうが落ち着くのでしょう」
ハチ子は話ながらも、ちらちらと灯りのもれているお店に目を奪われてしまっている。
なんというか……女の子ももれていて、とても可愛いです。
「たまには、こいうとこで飲むか?」
パッと目を輝かせて、顔を向けてくる。
「いいのですか?」
「ま、たまにはな」
嬉しそうに頷くハチ子に、笑顔で応える。
いつもいつも『碧の月亭』か、その屋根の上とかってのも味気がない。
たまには、そんな息抜きがあってもいいだろう。
しばらくは歩いて奥へと進み、やがて居住区に差し掛かる。
そこからは、また屋根の上を移動しアルフィーの家へと一直線に進んだ。
ひょいひょいと屋根の上を進むさまは、まさに忍者だ。
この動きに軽くついてこれるのは、ハチ子くらいだろう。
軽やかに飛び上がっては、ワンピースを軽く押さえながら音もなく着地する。
そのしなやかな動きは、ただただ見惚れるものがある。
「な、なんですか?」
俺の視線に気づいたハチ子が、少し頬を赤くしながら聞いてくるが、俺はもちろん何も答えられない。
かわりに顎先をクイと前に上げる。
「あそこだ、着いたぞ」
言葉通り、俺の視界に見慣れたアルフィーの家が見えてきた。




