鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈2〉
なんでもない甘々の話にみせかけて……の2話目です。
一体、何がおきてるのでしょうか。
ラブコメ鈴屋さん、ワンドリンク片手にどうぞ。
昨日の夜のアレは、なんだったのだろうか。
本当に添い寝を誘っていたのなら、少し驚きだ。
何せ、リーンと相部屋になった時の『俺が鈴屋さんの部屋で寝る』案は、はっきり拒否したんだからな。
いや……恋人座りだって、相当なものだ。
あれで俺のなにが試されているのかって、いかに精神統一をして心を無にできるのかどうかである。
心中では、座禅を組んでいるのとそう大差はない。
男ならば、それがどれほど大変なことなのか、大いに同意できるはずだ。
しかも純粋無垢な少女ならまだしも、相手はあの鈴屋さんなのである。
A・女だとして、あざとさ全開でわかってやっている
B・本当にネカマだから当然わかってやっている
C・リアルにわかっていない
おそらく、この三択だ。
あえて『純粋無垢』という言葉を外しておいたことに他意はない。
どちらにしろ、結果的に『俺は勝った』とだけ言っておこう。
そんな阿呆な論争を脳内で繰り広げながら、今日も今日とて屋根の上で月見酒をしていた時である。
俺の第二の試練が始まったのだ。
「アーク殿♪」
白い月の光に照らし出されて現れたのは、やはり白い肌に視線が誘導されてしまうハチ子だ。
黒いワンピースをひらひらとさせながら、俺の隣までやってくると膝を折って横座りする。
俺はといえば、昨日の今日で妙な緊張感を覚えていた。
「あれ、みんなは?」
「今日はもう、お開きのようです」
軽いデジャブを覚える。
「今宵はアーク殿と一献と思いまして……」
話しながらも手持ちの酒杯に、酒をやおら注ぎだす。
そして、それを一口のどに通して……
「ふぅぅ〜。今宵のお酒は五臓六腑に染み渡りますなぁ〜」
重めのデジャブである。
「ハチ子さん、昨日は……」
「アーク殿は、もう立ち直りましたかぁ〜?」
俺の質問を遮るように、ハチ子が俺の顔を覗き込んで主導権を持っていく。
「あぁっと……いや」
「ハチ子はですね、落ち込んでいるアーク殿を見ているのは辛いのです」
俺の膝に手をおいて、さらに耳元へと唇を寄せてくる。
スラリと伸びた綺麗な足──
首筋から肩への艶めかしいライン──
凛とした和美人の顔立ち──
白月の女神は、俺になにを試そうとしているのか。
あと、ハチ子は何を何処まで知っているのか。
考える要因が多すぎて……あと誘惑も多すぎて、俺は軽い混乱状態に陥りそうだ。
こんな時は思考をシンプルに、初志貫徹、クールに行こう……と、もはや俺は自分で何を言っているのか解かっていない。
「アーク殿ぅぅ〜」
俺がロジックの再構築を行おうと、脳みその再起動をしていた時のことだった。
ぎゅぅぅぅぅぅぅと、ハチ子が俺の首筋に腕を絡め、抱きしめてきたのだ。
それは再起動中に電源を抜かれたパソコンのようで、あまりに危険な行為だった。
「ハチ子はぁ〜あぁくどのぅをぅ〜お慕い申し上げておりますぅぅ」
なんか柔らかいものを当てられ、耳元で囁かれ、いい匂いで、俺はまさにナウロマンティックである。
昨日の試練を遥かに超える怒涛の展開で、俺のタガが外れるのは時間の問題だ。
──待て。
──待て待て。
──昨日といい、今日といい、何かおかしくないか。
「あーくどのはぁハチ子のことぅお慕い申し上げておりますかぁ?」
──それとも、ただ酔っているだけか?
「どうなのですかぁ〜ハチ子はぁこんなにもぅお慕い申し上げており……マフッ!」
まるでじゃれる犬のように、カプッと俺の首筋を甘噛みする。
「うひゃぃっ!」
思わず奇声をあげてハチ子を引き剥がそうとするが、思わぬ力で振りほどけない。
おかしい!
いくらなんでも、これは絶対におかしい!
「と、トリガーッ!」
たまらずダガーを適当に投げて、緊急退避をする。
さらに空中で身を翻し、トリガーをしようとすると……
「どこに行くのですか、あーくどのぅ♪」
ぎゅうと手を握られてしまった。
そうだ、ハチ子にトリガーは通じないのだ。
「ハチ子“も”、後ろ抱きをしますぅぅ!」
するりと俺の後ろに移動をし……これは蜘蛛絡みかっ!?
「ちょ、ハチ子さん、待った!」
「ハチ子流奥義ぃ!」
どこまでも甘えた声で、しかしハチ子は俺の胴を足で締め、首と腕を手でロックしていく。
背後絞め技『蜘蛛絡み』と、空中限定の投げ技『百舌鳥落とし』を複合させたのかっ!?
いつの間に、こんな技を覚えたんだよっ!
「あぶねぇって!」
しかし俺の体は強く締められていて、思うように身動きが取れない。
ハチ子は体を捻り、地面に向けて回転しながら俺の脳天を叩きつけようと落下する。
「闇堕ち固めぇぇ!」
謎のオリジナル技名にツッコミを入れたいところだが、まずは俺の命が危ない。
俺は握っていたダガーを咄嗟に手放し、半呼吸ほどの間をあけてトリガーを発動させる。
次の瞬間にはハチ子の闇堕ち固めから脱し、さらにダガーを遠くへと投げつけた。
「あぁ、あーくどのぅ!」
ハチ子が体勢を整える前に、連続トリガーを発動させて俺は一気に距離を離した。
「あ、あぶねぇ……マフラーの二回行動が発動してよかった……」
俺は、甘美なる死の余韻に高鳴る鼓動を抑えつけながら、夜の町中に逃げ込んだのだ。
結局その夜は、シメオネ達がいる『黒猫の長靴亭』に三時間ほど避難した後、部屋に戻ってきた。
一瞬ハチ子の様子を見に行こうかとも思ったが、時間も遅かったのでやめてある。
そうして迎えた、次の日の朝。
俺は、恐る恐る『碧の月亭』の一階へと足を運んだ。
朝は流石に客も少ないのだが、我らが円卓では三人娘が思い思いに朝食をとっていた。
鈴屋さんは、南無子にもらってきたのであろう丸パンをかじっている。
ハチ子はサラダと野菜ジュースだ。
アルフィーはステーキ肉を、赤ワインで強引に胃袋へと流し込んでいた。
それ自体はいつもの光景なのだが、この二晩の事柄が俺の警戒心を高めさせていた。
なにかが、変なのだ。
鈴屋さんはまだありえる行動なのだが、ハチ子は色々とおかしかった。
前夜の、鈴屋さんとのことまで知っていそうな口ぶりも、引っかかる。
まぁ、「みてました」と言われても驚かないのだが……
「あ、アーク殿。おはようございます」
しばらく円卓を眺めていた俺に、ハチ子が爽やかな笑顔を添えて挨拶をしてくる。
「お、おぅ」
「あー君、丸パン食べる?」
鈴屋さんも、いつもと変わらない。
俺は頷きながら席につく。
「あーちゃんも、赤ワイン飲む?」
「いや、朝からそれは飲まない。アホか、お前は」
むしろアルフィーのアホさが、安心感を生む。
こういう時、おまえのブレないところは本当に助かるぜ。
「昨日はよく眠れましたか?」
ハチ子の質問に、俺の動きが止まってしまう。
これは、どっちだ?
知ってて言っているのか、酔ってて覚えてないのか……
「いや、あんまり。ハチ子さんは?」
「昨日は疲れていたので、夕食の後はすぐに寝ましたよ」
……おかしい。
嘘を言っているようには見えない。
「そか。ちなみに、鈴屋さんは?」
鈴屋さんが可愛らしく首を傾げて、ん〜とうなる。
「昨日も一昨日も、早寝早起きだよ〜?」
うん、おかしい。
鈴屋さんの場合は、嘘をつかれても見抜けないが……
「あーちゃん、あたしはいっぱい……」
「アルフィーには聞いてねぇ」
「なんっ……ひどないっ?」
とりあえずアルフィーは放っておいて、鈴屋さんとハチ子の表情を盗み見る。
やはり、変わりはない。
しかしこの二日間の出来事を、この場で聞くにはまだ早く感じた。
そんな小さな違和感を抱えたまま、俺は三日目の夜を迎えるのである。




