鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈1〉
ちょっとリーンの余韻&ロスで真っ白になっておりました。(笑)
それでは、お気楽極楽なネカマの鈴屋さんをどうぞ!
白い月がレーナの美しい街並みを、真珠色に照らしだす。
俺はひとり、眼下に広がるその美しい光景を肴にし、酒坏を傾けていた。
楽しんでいる……というよりも、リーンへの仕打ちを引きずってしまい、夕食後は逃げるように屋根の上へと移動していた。
あの一件について、詳しい詳細を知っているのはアルフィーだけだ。
だからアルフィーは、いつも以上に優しい。
ややもすると、アルフィーの好意に甘えてしまいそうな自分がいて危ない。
とにかく鋭い鈴屋さんやハチ子にボロを出さぬよう、家で居場所をなくしたお父さんのごとく、こうして屋根の上に逃げているのである。
「元気にしてるかな……」
今でも、あの愛らしくて憎めない赤髪の戦士を思い出してしまう。
せっかく入団できても、あの中で差別されては意味がない。
そのため今はシェリーさんが、たまに顔を出しているようだ。
エメリッヒはリーンを利用して、種族や性別で差別をしない『騎士英雄らしい姿』を宣伝したいのだろう。
そしてシェリーさんもまた、ラット・シー初の一代騎士『リーン卿』の誕生を願っている。
互いに利害が一致しているのだから、心配はないはずだ。
結果的にそうなれば、窮鼠の傭兵団やラット・シーも今以上に認められていくわけで、それはリーンの願うところでもあるのだ。
「ほとぼりが冷めたら、ラット・シーの屋台飯でも差し入れてやるか」
それがいつになるのか分からないが、そんな日がくればいいなと心から思えていた。
「あー君」
不意に後ろから声をかけられる。
その澄んだ声が、麗しのエルフのものだと振り返らずとも理解できた。
「あれ、下は?」
「ん〜。今日はもうみんな寝るって〜」
そう言って鈴屋さんが、俺の隣にちょこんと座る。
手に持つマグカップには、いつものホットミルクが注がれていた。
それを可愛らしい唇から喉へと流し込み、目を閉じてふるふると震えだす。
「くぅぅぅぅ〜〜! 今宵のホッティは五臓六腑に染みわたるぜぇ〜!」
耳を疑うような、変なことを言い出した。
ちなみにホッティは、ホットミルクのことらしい。
「染みわたるわりに、胸は大きくならな……」
バゴンッ!
「痛ってぇ!」
「今のは殴られて当然だと思うの」
つーんとすました顔で、再びマグカップに口をつける。
可愛さに安定感がありすぎて、礼を述べたいくらいだ。
「まぁだ、落ち込んでるの?」
……うっ、と言葉に詰まる。
リーンについて、鈴屋さんたちには詳しく話していない。
しかし鈴屋さんなら、理屈の向こう側から情報を得ていそうで怖い。
「落ち込んでるように、見えますかね?」
カマをかけられている可能性も考慮し、一応とぼけてみる。
「気づかないと思ってるほうが、どうかしてるよ?」
鈴屋さんは水色の髪をサラサラと揺らせて、答えを濁す俺の瞳を覗き込んできた。
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に、思わず頷きそうになってしまう。
「人を傷つけたんだよ? あー君が同じくらい傷ついたとしても、許されないよ」
ぐさりと音を立てて、心に刃が刺さる感じがした。
やはりどこから見ていたのか?
いや……なによりも、鈴屋さんに言われると重く響く。
「返す言葉もないッス」
額に手をやり視線を落とす。
しかし、なぜだろうか。
慰められるよりも叱られたほうが、今の俺は楽になる気がした。
「私も詳しくは知らないけどね。どうせ、あー君のことですから? そうするしかなかったとか、そんなとこでしょ?」
「ういっす……」
「だからね、一人くらいは咎める人も必要だと思うから、私がそうしてあげる」
真剣な表情から、本気で俺のことを思っての言葉だと受け取れた。
なんと有り難い女神なのだろう。
「でもね、あー君」
鈴屋さんが俺の頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でる。
「自分を許すことができるのは、自分だけだからね」
いい子いい子と頭を撫でられて、胸の内が熱くなってしまう。
「なんだかんだ言って、慰めてくれてる?」
「慰めてほしいの? あー君」
むぅ、と唸る。
ここでYESと答えると、どうするつもりなのか。
「うん」
なにか良いイベントの香りがしたので頷いてみた。
「そ」
……そ?
それだけ?
「じゃあ……」
続いていた。
何を言うつもりなのか、興味が沸き立つ。
「添い寝でもする?」
鈴屋さんが思わず耳を疑うようなことを言い出した。
一瞬思考が停止し、返事に詰まる。
いや、まさか聞き間違いか?
「えーと……」
右隣に座る鈴屋さんの方に、視線を移す。
そこには水色の綺麗な目が、まっすぐこちらに向けられていた。
ただ無言でじっと見つめてくる鈴屋さんに、俺は何と答えればいいのかわからず言葉を見失ってしまう。
「あのぅ?」
聞き間違いですよね? 的な表情を返しているのだが、やはり鈴屋さんは無言のままだ。
それは『俺の答え待ちをしている』という、明確な意思表示に他ならない。
これに対し、正しい答えとはなんだと自問自答する。
「えぇっと……鈴屋さん、酔っぱらってる? それ、実はカルーアミルクだとか……」
ジト目だ。
淀みのない綺麗な双眸が、死んだ魚のようなジト目に変わってしまった。
どうやら、選択肢を間違えたらしい。
セーブ地点とかいうものがあるのなら、俺はぜひともやり直したい。
「あー君は、女の子に恥をかかせるタイプだよね〜」
そして、不満気にミルクをブクブクとし始める。
「待て待て。そもそも今のは、本気で言ってたの?」
「それを聞くところが、あー君はパレオロガスだって云うの」
「なにそれ、夏目漱石ッスか? またすごいの持ってきたッスね」
「このオタンチン!」
「鈴屋さんのくぁわぃぃ唇から言われると、なんか卑猥に聞こえる……」
「その、エロ方向に対する頭の回転の速さに、鈴屋はたまにドン引きです」
うわぁ……と残念なものでも見るような目に、しかし俺は可愛いと思ってしまう。
「そもそも鈴屋さんって、十六歳だよね?」
「なぁに、それ。リアルの話?」
「そうだよ。実際、あれから元の世界では、どれくらいの時間が経っているのか分からないけど」
「……十六だとしたら、なにか問題?」
なんだ、この積極性……俺を戸惑わせて遊ぶつもりだろうか。
「ホットミルクを飲んでるお子様に、そんなこと言われても……」
「そのお子様にあごクイして、キスしたのはだぁれ?」
ボフんと顔が一気に赤くなる。
鈴屋さんはホットミルクを屋根に置き、ぴょこんと俺のあぐらの上に座って……
……えぇっ!?
「恋人すわりぃ〜♪」
そう言って、俺のマフラーをくるりと自分に巻いてしまった。
「少しは元気出た?」
「いま元気が出たら、椅子が硬く……」
「?」
「いや……なんでもないッス」
俺は鈴屋さんの見事な不意打ちにやられてしまい、まともに目を合わせられなかった。




