表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/504

鈴屋さんとリーン!〈10〉

リーン編ラストです。

どうぞ。

「アークさん……?」

 両手を後ろについて見上げるリーンに、冷たい笑顔を浮かべてみせる。

 ショックよりも、驚きの方が強そうに見えた。

 一方、騎士たちは、突然の展開に言葉を失っている。

 いま目の前で、何が起きているのか。

 この場にいる全員が、理解できないでいるのだろう。


「聞こえなかったか? お前には無理だって言ったんだよ」

 語尾を荒げて、もう一度リーンの腹部に鋭い蹴りを放つ。

「あぅっ!」

 リーンがたまらず、体をくの字に曲げて悶絶をした。

 言っておくが、俺は一切の手加減をしていない。

 鎧越しとはいえ、練った気も叩き込んでいるのだ。

 その重い衝撃音が、俺の本気度を周りに示す。


「な……なんで?」

 呻きながらも絞り出す声を、カカカと笑い飛ばす。

「薄汚い鼠が、騎士団になんて入れるわけねぇだろ。最初から、騎士の皆様が困っていることに気づけよ、馬鹿がっ!」

 どよめく声が、ざわめきが、徐々に強くなり広がる。

 エメリッヒは、怪訝な表情で俺を睨んでいた。

 まだ動向を探っているという感じだ。


「ラット・シーの住人が騎士になれるってんなら、俺は騎士団長になっちまうぜ?」

 今度はエメリッヒに向けて、問いかけてみた。

 挑発だとわかってか、さらに双眼から鋭い光を放つ。

「……そんな差別、この騎士英雄エメリッヒがするわけがない。試験は等しく公平だ」

 これのどこが公平なんだよ、と内心で笑ってしまう。

 どこまでも厚顔無垢で、むかつく野郎だ。

「どうだかな。俺の目からみても、種族差別は感じたぜ?」

 ざわついていた騎士たちが押し黙る。

 こうも声高らかに図星をつかれては、何も言えまい。

「まぁ、同情はするぜ。いくら公平にっつっても、スラムの……それもワーラットを騎士にするわけには、いかねぇもんな?」

 これも、挑発だ。

 それを理解してか、エメリッヒは口を真一文字に結ぶ。

 しかしそれは認めているのと同じだ。

 そんな種族差別が黙認され、当たり前の日常として押し通ってしまう……それが貴族社会なのだ。


「アークさん……」

 リーンが動揺で声を震わせていた。

 その瞬間、胸の奥が、心臓が、真っ黒な悪魔に握り潰されるかのような感覚に陥った。

 心が折れそうで……揺らいで、倒れそうだ。

 その感覚から逃げるように、リーンの兜に手を掛ける。

 俺はリーンの声を一切無視し、兜の顎にあるベルトをゆっくりと外した。

「意味がなかったんだよ、エメリッヒ。お前らの試験は、とんだ無駄骨だったのさ」

 そしてその場で兜を持ち上げて、後ろへと投げ捨てた。


「……え?」

 赤髪の少女が、涙を流して俺を見上げていた。


「こいつは、女なんだからな」

 再び騎士たちの、どよめく声が広がる。

 今度は先ほどよりも大きい。

「むかついてたんだよ。キラキラした目で騎士になりたいとか。分不相応って言葉しってるか?」

 今度は直接、拳でリーンの頬を殴る。

 鈍い音と嫌な感触が手に残り、思わず手を振ってしまう。

「ちょっ、ちょっと、きみ……」

 騎士の一人が声に出すが、俺は構わずリーンの頬に拳をぶつけた。

「女でっ! しかもそれを嘘ついてっ! で、しかもワーラットとかっ! 無理に決まってんだろっ!」

 ゴッゴッと、鈍い音だけが鳴り響く。

 リーンの頬はみるみると晴れ上がり、愛らしい口元から赤い筋が流れ落ちた。

「うっ、うっ……あぁ……く、さ……ひっ、うぅ」

 リーンはまったく反撃をすることなく、ただただ殴られ続けていた。

 俺の態度が急変したことや、吐き出された言葉に傷つき、混乱をしているのだろう。

 ……あぁ、くそ、最悪だ。

 最悪だ……まったっくもって、最悪だ。

「いい加減、あきらめ……」

 そこでようやく……振り上げる腕を掴まれた。


「いい加減にしろ。これ以上、神聖な試験を汚すな!」

 グイッと強引に胸ぐらを持ち上げられ、籠手のついた手で殴り飛ばされる。

 俺は、首から頭が取れるのではと思えるほど、派手に体を回転させて吹っ飛んでしまった。

「い、いってぇ!」

 立ち上がろうとすると、さらに鉄の拳が追撃してくる。

「冒険者風情が、試験は常に公平だ!」

 声でやっと気づいたが、殴りかかってきたのはエメリッヒらしい。

 そうでなくては困るのだが……籠手付きとか、ちょっと痛すぎだろうよ。

「この者がワーラットだろうが、女であろうが、有能であれば私は認める!」

「……カカッ、嘘だね。お前の騎士団に女なんていないだろ。そうやって、この場での体裁を守ってるだけだろ?」

「この騎士英雄、差別などしない!」

 そして何発目かの鉄の拳が、頬にめり込んだ。

 さすがはフェミニストだ。

 種族差別はできても、女性差別はできないか。

 ……いいね……堅物老騎士とかより、よっぽど扱いやすくて助かるぜ。 


「誰か、彼女の傷の手当てをしてやれ!」

「カカカ、いびり倒してポイ捨てか?」

 さらにエメリッヒが、文字通り鉄拳を振り落とす。

 音が鈍すぎて、骨がいくつかいってそうな気がするぞ、ちくしょう……

「お前のような奴こそ、反吐が出る。彼女にはラット・シー初の、騎士の爵位を授かれるよう、この俺がしてみせよう」

 ……言ったな。

 思わず腫れ上がった口元が、斜めに歪んだ。

 それがよほど気に入らなかったのだろう。

 今度はマフラーを引っ張り、腹に膝を叩き込まれる。

「カハッ!」

 たまらず呼吸が止まり、力が抜けそうになるが、エメリッヒはまだ逃がしてはくれない。

 そのまま入口の方へと押しやり、耳元に口を寄せてきた。


「今回だけは、おまえの策に乗ってやる……」


 エメリッヒがそう呟くと、最後にもう一度、俺の頬に向けて拳を叩きつける。

 俺はもろにそれをくらい屋敷の外の通りへと、派手に転がってしまった。

 何の騒ぎだ、と行き交う住人からの奇異の目が、俺に突き刺さる。


「二度と来るな、クズが!」


 このエメリッヒの一言で、俺が不届き者として認定されたようだ。

 もちろん、誰も心配などしてくれない。

 俺は腹を押さえて、よろよろと立ち上がると、もう一度敷地の中に目を向ける。

 そこには騎士たちに傷の手当てをうける、赤髪の女戦士が一瞬だけ目に映った。




 海からの風が、腫れた頬をチリチリと突き刺す。

「あの野郎、鉄籠手つけたまま殴りやがって……」

 よほど酷い顔をしているのだろう。

 すれ違う人たちが、あからさまに目をそらしていた。

「騎士道とはなんぞや、だぜ……」

 カカカ……と、虚しくも乾いた笑いを絞り出す。

 

 あぁ……大通りは、なんかきちぃな……


 そう感じ、路地裏へと進んだ。

 そして、あまりの痛みに足を止め、壁に寄りかかった。

「くっそ……いってぇ……」

 頬の腫れ具合を確認しようと指を近づける。


 その指先が小刻みに震えていることに、初めて気づいた。


 リーンの血がついていることに、初めて気づいた。


「あぁ、サイテーの気分だ」

 思わず壁を殴る。

「我ながら、くそったれすぎる」

 拳から血が浮かび上がるが、それでも壁に叩き続けた。

「くそっ、くそっ……くそっ」

 できるなら、このまま拳を砕いてしまいたかった。


 感触が、まだ残っているのだ。

 あの愛らしい少女を傷つけた感触が、はっきりと残っているのだ。

 俺はそれを消したい一心で、壁に拳を打ち続けて──


「あーちゃん、もういいん」

 不意にうしろからふわっと、抱きしめられる。

 それでも拳を壁に向けると、今度は力強く両腕ごと抱き止められた。

「もう、いいんよ」

 その優しい声に、張り詰めていた緊張の糸が切れていった気がした。


『鋼と戦争の神ジュレオ様、愛しき戦士に天命の奇跡をお与えください』


 僅かに震える神聖語に反応し、身体の痛みが消えていく。


「ありがとう、あーちゃん」

 柔らかで優しい温もりが、背中越しに伝わってきた。

「リーンには、あとでちゃんと説明しとくん」

 この安心感は、どこからくるのだろう。

 ミケが彼女を母親らしく育てたのだろうか。

 孤独だった戦いに一人の理解者がいるだけで、気持ちが少し安らいでいく感じがした。


「嫌な役……ごめんね」

「なんのことだよ」

 見ていたのか、と聞きそうになるが今はまだ飲み込む。

「俺は現実を見せて、あきらめさせようとしただけだぜ?」

 アルフィーの腕に力が入る。

 背中に押し付けてくる頭が、小刻みに震えていた。

「まぁ結果的に、入団できちまったみたいだな。おかげで、このザマよ」

 アルフィーが背中越しで、首を横に振る。

「まぁなんだ。俺のクソっぷりに比べて、リーンのほうが、よほど騎士っぽかったからな。夢が叶ってよかったんじゃねぇの?」

 カカカ、と笑う。

「あーちゃん……」

「……殴られた時のあいつなんてさ」

「あーちゃんっ!」

 あまりの大きな声に、その先の言葉を飲み込む。


「もういいんよ」

 思わず、身体が震えてしまう。

 激しい情動が溢れ出そうになり、必死に押さえ付けた。

 そうしないと……

「そんな悪者にならんで、もういいんよ」

 堪え切れずに、頬に熱いものが道を作っていく。


「あいつ、あいつをさ……殴って……心もさ……ズタズタにしてさ……」

「うん」

「最低なんだ。本当に……俺は、最低なんだ」

「……うん」

 それからは言葉にならなかった。


挿絵(By みてみん)


 ただ、何度も体をひくつかせて──


 そのたびに、アルフィーが頷いてくれた──


 それから、どれくらいかの時間が流れたのか。

 俺を抱きしめる腕に、ぎゅうと力が込められてくる。

 そしてアルフィーが、ぽつりと呟いた。


「あたしのあーちゃんは、誰よりも誇らしい人なん」

 慰めの言葉に対し、返事は出来なかった。


「あーちゃんが、リーンを助けてくれたんよ」

 その名前が、再び心を締め付ける。


「あたしは知ってるから……」

 アルフィーはそう言って、優しく包み込むように、いつまでも抱きしめてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 鈴屋さんを読んでて涙が出たのは初めてかな? 今回の話かなり好きです。 あーくんがかなり辛そうで、アルフィーの気持ちも分かる気がします。
2020/05/14 17:23 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ