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鈴屋さんとリーン!〈9〉

リーン編、クライマックスへ。

あー君の戦いに、刮目せよッス。

「ついに試験なんだってね〜」

 鈴屋さんが朝食の丸パンを小さくちぎりながら、リーンに笑顔を向ける。

「そうなんス!」

 相変わらず、朝からガシャガシャと存在感ごとうるさい。


「リーン、頑張ってたみたいなんね〜」

「そうなんス、頑張ったッス!」

 アルフィーが俺の方にちらりと視線を移して、でっかいベーコンを口に運ぶ。

 言われなくともわかってるよと、目で返事をする。


「健闘を祈っていますよ」

「ういッス!」

 ハチ子は、いつもの優しい笑顔だ。

 本当に応援してくれているらしい。


『これで相部屋からも、卒業ね!』

 三人同時に笑顔で言い放つ。

 思わず固まるブリキの人形を横目にし、それが言いたかったのかと、俺はひとり納得する。


「いや、でも……ッスよ!」

「騎士になれたら、詰所とか宿舎とか、そういうのなんでしょ?」

「でも、受からないかもだし……」

「そん時は、ラット・シーに帰るん。もうここにいる理由はなくなるん」

「姉御ぅ、そんなぁ」

「どちらにしても、ここから卒業ってことですね。これでアーク殿も、ベッドで眠れますね♪」

 リーンが、ガシャガシャと音を立てて駄々をコネているが、こればかりは仕方があるまい。

 そもそも、これ以上はもう同棲ではないか。

 まじで、不健全きわまりない。

 あとハチ子は、気づいていますね?


「アークさんは、俺が出て行ってもいいんスか!」

「言葉の意味が分からん。そもそも、お前さんは今日合格をして、そのまま騎士団の宿舎入りだろう?」

 さも当然のように言うと、一瞬だけ場の空気が凍った。

「あー君、本気で言ってるの?」

 もちろん俺は大真面目なので、あぁと返事をする。

 しかしこの三人はともかく、リーンまで固まるとか、どういうつもりでいたんだ。

 俺は最初から、合格させる気でいたぞ。

「アークさん……」

 リーンが、ふるふると小刻みに震え、やがて拳を握って立ち上がった。

「やるッス! 俺はやるッスよ!」

 燃え上がるリーンに対し、応援をする鈴屋さんとハチ子。

 一方のアルフィーは、やはり浮かない顔だ。

 そしてもう一度、意味ありげな視線を投げ掛けてくる。

 俺は肩をすくめるようにし、やはり無言で頷くだけだった。




 騎士英雄エメリッヒの屋敷は相当な大きさだ。

 敷地に入ってすぐに騎士団の詰所もあり、ここがただの貴族の屋敷ではないことがひと目で見て取れる。

 数々の怪物を討伐し、遂には海竜ダライアスの大討伐を成し遂げたエメリッヒは、今やレーナで知らぬ者なしの英雄だ。


 ただし、エメリッヒはメッキの英雄だ。


 ハチ子やアルフィーのような実力はない。

 それなのに、今や制御不能な神輿の担がれ方で、この国をあらゆるモンスターから守ってくれる、最後の切り札のような存在になってしまった。

 そのため、この先、彼では対処できないような怪物をあてがわれることにもなるだろう。

 メッキの英雄はメッキが剥がれないために、もしくはメッキから本物の英雄になるために、力を必要としていた。


 リーンがつけ入る場所は、そこしかない。

 俺はそう考えながら、目の前で始まろうとしている模擬戦をぼんやりと眺めていた。

 己の考えた愚策のことを思うと、本当に気が乗らない。

 隣りで、緊張してピクリとも動かない愛らしいブリキの人形に、今から心を痛めてしまう。


「それではこれより、二次試験を行う。窮鼠の傭兵団所属の戦士リーン、前へ!」

 わずかに、どよめく声がする。

 窮鼠の……ってところに引っかかったのだろう。

 ワーラットが騎士団の試験に? という声すら聞こえてきた。


「アークさん……」

 か細い声が、兜の中から聞こえた。

 俺はリーンの頭に手を置き、ニヤリと笑う。

「練習通り、堅実に戦え。集中力を切らさず、な。後のことは考えなくていいから」

 でも……と、やはり消え入りそうな声がする。

「大丈夫だ。俺がなんとかするから」

 言葉に嘘はない。

 俺はなんとかするために、ここにいる。

 リーンが大きく深呼吸をし、ガシャンと頷く。

 前に踏み出した一歩は、力強く迷いはなさそうだった。


 対峙する騎士の後ろには、銀髪の優男『騎士英雄』エメリッヒの姿が見えた。

 その睨むような目は、俺に向けられている。

 なんでお前がここにいる、と言わんばかりだ。

 エメリッヒにとって俺は、目の上のこぶのようなものだろう。

 しかし、それでいい……

 その方が、やりやすいというものだ。


「始めっ!」

 合図とともに模擬戦が始まった。

 相手はバスタードソードとラージシールドを持った、いかにもなテンプレ装備の騎士だ。

 バランスの良い装備で、教科書どおりに堅実な攻撃を繰り出してくる。

 しかし、俺やシメオネたちのもとで鍛えられたリーンにとって、恐れる相手ではない。

 わずか数手で相手の足元を払い、転倒させてしまった。


 騎士たちは慌てた様子で、次の相手を用意する。

 この時点で正当な試験に感じられなかったが、俺は何も言わない。

 好きなだけやって、驚けばいいのだ。


 リーンは強くなった。

 シメオネのような、一級品の『近接戦闘のスペシャリスト』とやりあったのだ。

 たかだか、普通の騎士相手に負ける要素などない。

 その予想通り、リーンは何度かの打ち合いの末、またしても勝利をおさめる。


「次は、私が相手をしよう!」

 今度は、騎士隊長クラスと思われる大男だ。

 立派な鎧と両手剣グレートソードを携えており、さすがにこれは酷いだろうという空気が生まれ始める。

 それでもリーンは、歩を止めない。

 ハルバードを構え直し、一歩ずつ前へと進んでいく。


 ……いいぞ。これに勝てば文句もないはずだ。


 俺は内心で、リーンの背中にエールをおくる。

 アルフィーの部隊で副長をしていたリーンは、もともとそこらの騎士よりも強かった。

 故に最初の二戦は、勝って当然というものだ。

 しかし相手が騎士隊長クラスとなると、これまでほど簡単ではない。

 しかも、これは三戦目だ。

 女の身であるリーンには、スタミナ面で不安が残る。


 豪剣を振るう騎士隊長は、容赦のない猛撃をリーンに叩きつけていた。

 リーンは、なんとかそれを凌いでいるといった感じだ。

 エメリッヒも、リーンの戦いっぷりに驚いているように見える。瞬きをすることも忘れ、見入っていた。


「リーン。お前が何を教わってきたのか、思い出せ!」

 劣勢になっていくのに見兼ねて、思わず声をかけてしまう。

 リーンがはっとし、ハルバードをくるりと回して距離を開けた。

 そうだ、思い出せ。

 お前は嫌というほど、見て来ただろうよ。


 追撃をしようと一歩前に出る騎士隊長に、力強くハルバードを突き付ける。

 たまらず両手剣で、それを打ち上げ──

「行け!」

 リーンがハルバードをそのまま手放し、ザザッとステップを刻んで懐に入り込む。

「なんとっ!」

 騎士隊長が驚きの声を上げるが、もう遅い。

 その距離では両手剣はふるえない。

 そしてそこは、リーンが散々苦しめられた距離なのだ。

「ハァァァァッ!」

 リーンは握った拳で顎を叩き、一瞬ひるんだ騎士隊長の首元に左腕を強くあてる。

 同時に右足を相手の左足に引っかけ、そのまま地面に倒れ込んだ。

 ぐわっという声と共に、砂ぼこりが舞い──


 一瞬、あたりが静まり返る。


 砂が晴れた先には、騎士隊長に跨って首筋にダガーを突き付けるリーンの姿があった。


「や、やめっ!」

 慌てて模擬戦を中断する。

 この騎士隊長が負けるとは、予想だにしていなかったのだろう。

「は、離れなさい!」

 そう言いながら、何人かの騎士が無理やりにリーンを引っ張り上げる。

 そして呆然としたまま、天を見上げる騎士隊長を引き起こす。

 リーンもこの反応で、何かを感じ取ったのだろう。

 黙ってダガーをしまうと、喜ぶような素振りは見せずに俺の元へと戻ってきた。


「き、騎士を侮辱するような、汚れた戦い方だ!」

 誰かが、そんな声をあげた。

 そしてそれは、波紋のように波打ち、伝染し、広がっていく。


「どうせ、お前が教えたんだろう。卑怯なニンジャ」

 侮蔑たっぷりで、エメリッヒが言い放つ。

「カカカ、強ければいいだろうが?」

「なんという薄汚く、品性のない考えだ」

「品性じゃ、モンスターは倒せないぜ?」

 あくまでも挑発的に言う。

 明らかに、周りの騎士たちの熱が上がっていく。


「アークさん……」

 もういいッスとでも、言うつもりなのだろう。

 兜に隠されていても、俺には見えるのだ。

 愛らしくて憎めない赤髪の女の子が、涙をためて悔しそうに俺を見上げているのが。


「あぁ、だから言ったろ?」

 俺は覚悟を決め、大きく息を吐く。


 ドガッ!!


 そしていきなり、リーンの腹を蹴り飛ばした。

 手加減なしの不意打ちに、リーンが地面に背中を打ち付ける。


「お前じゃ、騎士にはなれないって」 

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