表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/504

鈴屋さんとリーン!〈8〉

ゴールデンウィーク終盤です。

息抜きに、暇つぶしにどうぞ!

 フェリシモが「さぁ、おいで」と両手を広げて、笑みを浮かべる。

 紫色のナイトキャミソールという、一見そういった夜の職業を思わせる格好で、目のやり場に困ってしまう。

 この人のことだから男の目など気にもせず、部屋着のまま出てきたのだろう。


「この程度の色香に惑わされるようじゃ、いい男を気取るにはぁ〜まだまだ早いねぇ〜」

 ついでに視線誘導の罠だったらしい。

 うるせぃ、こっちはそういう経験ねぇんだよと、眉を寄せて訴えかける。

「走術、ナンバ」

 アジリティアップの術式を発動させ、さらにマフラーを口元まで上げる。

 これだけ身体能力強化のドーピングをしても勝てる気がしないのだから、心底化け物だ。

 目を閉じ力を抜いて、トントンとジャンプをする。


 ふっ……ふっ……ふっ……


 徐々に息を短く刻んで吐き、集中力を研ぎ澄ませる。

 すると一瞬だけ、思考が静かな凪を迎える。

 その瞬間、タンッと地面を蹴って間合いを詰めた。

 シメオネのようなステップとまではいかないが、それに肉薄する緩急をつけたリズムで足を運ぶ。


「へぇ……」

 感嘆の声を漏らし冷笑を浮かべ、指先を地面につけて低い体勢で身構える。

 フェリシモの戦い方は、徹底した『後の先』だ。

 彼女は常に、こちらの行動を見てから、その後の攻撃を読み、応じる。

 初めて対峙した時もそうだったが、彼女から仕掛けてくることはない。

 冷静さと反射神経、身体能力の高さ、経験、そのどれもが化け物だからこそ、後出しじゃんけんのような戦い方ができるのだろう。

 何をやっても勝てない、そう思えてくる原因はそれだ。

 攻撃する意思すらないのだから、先手潰しの『先の先』も通じない。

 まさに、最強の待ちキャラなのだ。

 それならば……


 タタタンッと、間合いを詰めていく。

 射程に入った瞬間、右足を低い高さでまわし蹴る。

 牽制のために放った初撃は、当たり前のようにかわされ、スッと半歩ほど距離を詰められる。


 俺はまわした右足で地面を蹴り、体を一回転させて空中で左回し蹴りを放つ。

 これもきっと、当たらない。

 その予想通り、フェリシモは鼻先をかすめさせながら蹴りをかわし、俺へと左手を伸ばしてきた。


 ──読み通りだ。

 いかに極められた『後の先』でも、そのカウンター自体を読んでしまえば、こちらに幾ばくかの勝機が生まれる。


 フェリシモは、伸ばした左手で俺の胸ぐらをつかむと、ぐいっと引いて体勢を崩させた。

 そして、そこから足をかけ、投げの体勢に入る。


 俺は投げられる前に自ら飛び上がり、彼女の左手首をつかむと、両足で左腕を挟みこんだ。

 変形の『飛び腕十字固め』という技だ。

 

「あははぁ~!」

 たまらずフェリシモが笑う。

 そう、彼女はここまで読んでいたのだろう。

 左手をひねるようにして抜き取り、俺の首筋めがけて右手で突きを入れようとする。

 その指先が、ダガーの剣先よりも危険に感じた。


 ──しかし、これも読み通りだ。


 相手のカウンターに対し、さらに先読みで攻撃をする『対の先』……フェリシモ相手には、ここまで読まなくてはいけない。

 俺は逆立ちするかのように、地面へ向けて上半身を大きくひねる。

 そしてそのまま地面に左手をつけると、九の字に曲げて力をためた。


「弧月蹴り!」


 ためた力を一気に解放させて腕を真っ直ぐに伸ばし、フェリシモの顎めがけて右踵を突き上げた。

 片手逆立ちから、上方向への飛び蹴り技だ。

 例えるならば、地面から放たれた一本の矢である。

 まさに、一矢報いるための必殺の一撃だった。 

 それでも……


「しょぅぅねぇぇぇん!」


 嬉々とするフェリシモの顎は、捉えられなかった。

 わずかに、頬をかすめただけだ。

「カカッ! これをかわすのかよ、ねぇさん」

 笑みが引きつってしまう。

 あぁ、ほんとうにこの人は化け物だ。

 この嬉しそうに笑みを浮かべる暗殺者相手に、俺はあとどれくらい善戦できるのか。

 考えただけで、頭が痛くなりそうだった。



 ──十分後。

 俺は空き地で、大の字になって空を見上げていた。

 まるで、少し前のリーンのようだ。

「どうッスかね、ねぇさん」

 息を切らせながら聞いてみる。

「わたしぃ~、三十回は少年をころしたよぅ~?」

「……デスヨネー。全然、勝てる気がしねぇ」

 フェリシモが、気持ちよさそうに両手を上に伸ばす。

 こうしてみると、ただの美人な姉さんなのだが……ほんとに恐ろしい。

「んん~、私は満足だよぅ? だってぇ、二回くらいは殺されそうになったものぅ~」


挿絵(By みてみん)


 おぉ、もしかして褒められたのか? と喜びそうになるが、さらっと物騒なことを言っていて、やっぱり怖い。

 それでも、少しは成長できたのかと思うと、やはり嬉しいものだった。

「たまに私と、こうして遊んでくれるかぃ?」

「う……俺的には怖いんだが……なんでさ?」

「まぁねぇ、少年とこうしていれば、教団とのアレも効いてくるからねぇ」

 アレ……俺の仲間に手を出すと、窮鼠の傭兵団が黙ってはいないっていうアレか。

「そうすれば、ミケも外で安全に遊べるだろう?」

 腕を組んで、僅かに笑みを見せる。

 それはいつもの冷笑と違い、どこか自然なものに感じた。

「まぁいい機会だぁ。精進したまえぇ~」

 そう言ってフェリシモは、手をひらひらとしながら去っていく。

 俺はそれを横目で見送り、大きく息をついて体を起こした。


 パチパチパチ……


 いつの間に観戦していたのか、シメオネとリーンが拍手をしてくる。

 ラスターはまるで関心がないのか、腕を組んで目を閉じたまま立っていた。

「なんで見てるんだよ、お前らは」

 ジト目の俺に対し、シメオネが頭を掻きながら、んにゃぁと鳴いた。

「フェリシモ大姉さまの模擬戦なんて、滅多に見れないにゃ。アーク様、すごかったにゃ」

「二人とも、人間の動きじゃなかったッス……」

 いや、どちらかと言えば、後半の俺は一方的にやられていたのだが……

「そっちはどうなんだよ」

「……それ聞くの? もしかしてアークさん、デリカシーゼロッスか?」

「でも見込みは、あるにゃ。少し鍛えてやるにゃ」

「カカ、頼むぜ。慣れたほうが早いからな」

 ガシャンと項垂れるブリキの人形に、妙な愛着がわいてくる。

 どうやら本当に、手も足も出なかったようだ。

 それでも、この二人とやり合っていけば、かなり強くはなれるだろう。

「頑張りたまぇ~カカカッ!」

 俺は声を出して笑いながら、この愛らしいブリキの人形の頭を乱暴に撫でるのだった。



 その後は騎士団からの連絡がこないため、ほとんどの時間をリーンの修行に費やした。

 最初の数日は手も足も出なかったリーンも、徐々に立ち回りを覚え始め、最後にはラスターの攻撃をいくつか凌げるようになり始めていた。

 正直、かなりの進歩である。

 その成果をアルフィーにも見せてやりたいところだが、とりあえずそれは試験の後でもいいだろう。


 そして、それから二週間が過ぎた夜──


「アークさん」

 リーンがベッドの上から、少し緊張した声色で呼びかけてくる。

 俺は相変わらず、寝袋に潜り込んで背を向けている。

「……寝た?」

 このまま寝たふりでもしようかと考えたが、仕方なく顔をベッドの方へと向けた。

 初日と同じ、ノーショルダーのシャツにハーフパンツ姿だ。

「どうした?」

「夕方、次の騎士試験の通達がきたッス」

 おぉう……なぜに、みなの前でそれを言わない。

「明日の昼に、騎士団の詰所で模擬戦をやるッス」

 リーンが膝を抱えて小さくなる。

「なんだ、緊張してんのか?」

「だって……」

 口元を膝で隠して、じっと見つめてくる。

 明らかに不安の色が、見て取れた。

 強気な時と、弱気な時の差が激しい娘だ。

「いつもなら、受かるわけないけど……今回はみんなのおかげで、いい感じなんスよ」

「まぁそうだな……だけどよ、まわりの期待を背負う必要なんてないぜ」

 リーンが赤い髪をいじりながら、視線をそらせる。


「明日……一緒にいってくれるッスか?」


 ずっと、それを頼みたかったのか。

 変なところで気を使うよな。

「当然だろ。最初から、そのつもりだったぜ?」

「ほ、ほんとッスか!」

 そして、この笑顔だ。

 よほど、不安だったのだろう。

「アークさんがいてくれるなら、心強いッス!」

 随分と可愛らしいことを言ってくれるが、明日はリーンにとって辛い日になるはずだ。

 俺は今から、憂鬱な気持ちでいっぱいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ