鈴屋さんとリーン!〈7〉
短いですが娯楽のたしになれば、と思います。
次の日の朝。
俺とリーンは、修行と称して『黒猫の長靴亭』に足を運んでいた。
目的は唯一つ、我師匠でもあるシメオネに会うためだ。
この酒場兼宿屋は、シメオネ、ラスター、フェリシモの定宿となっており、ミケもここに住んでいる。
店内も異種族ばかりなので、リーンにとっても居心地はいいはずだ。
……まぁフルプレートだから、あまり意味は無さそうだが……
「あーくさみゃ、今日はどうしたにゃ?」
相変わらずの白チャイナ服が可愛らしい元気娘に、なぜか安心感を得る。
裏表のないシメオネは、俺にとっても癒しでもある。
「なんスか、この猫は。無駄に、おっぱいでかくないッスか? ロリ巨乳ッスか?」
なにいきなり喧嘩売ってんだ、お前は! と突っ込みたくなるが、シメオネは気にもしていないようだった。
「アークさみゃ、この娘はラット・シーの傭兵団かにゃ?」
そして、一発で見抜きやがった。
女の……というよりも、野生の勘だろう。
「あぁ。ちょっと、こいつを鍛えてもらおうかと思ってな」
「ちょっと、アークさん!」
リーンが、ガシャガシャと音を立てて異を唱える。
「俺はアークさんに……」
「シメオネは超近距離戦のエキスパートだ。こんなもの、習うよりも慣れろさ」
「これでもドラゴンスレイヤーにゃ。任せるにゃ」
「それは知ってるッスけど……」
接近戦が苦手なのだから、これほどいい先生はいないはずだ。
数手やりあえば、それはすぐに理解できるだろう。
「そうと決まれば、いつもの空き地へ、GOにゃ!」
シメオネは元気に拳を振り上げて、嬉しそうにそう言うのだ。
キャットテイル怪盗団の末妹“鉄血のシメオネ”は、教えることに飢えていた。
理由として、そつなく何でもこなす兄と、最強の姉の存在が大きい。
今や、あの海竜ダライアスに致命傷を与えた最強の気闘法使いなのだが、あの姉の前では偉ぶることもできないのだろう。
「リーンは接近戦に弱いから、べったり張り付いてやってくれ」
「了解にゃ。怪我しないようにペチペチ叩くにゃ!」
そう言って、独特のステップを踏み始める。
その軽やかで不規則な動きは、踊るようにリーンの攻撃をすり抜け、あっという間に懐にへと入り込んでしまう。
「んなっ!」
面を食らったリーンが慌てて槍の柄を振り上げるが、シメオネはそれを余裕でかわし……
ぺちぺちぺちっ!
手のひらでリーンの鎧を3度はたいた。
「ちょっ、近っ!」
たまらず距離を開けようと後ろに跳ぶも、シメオネはピッタリと張り付いていき……
ぺちぺちぺちっ!
やはり、手のひらではたいていく。
正直シメオネ相手に距離を詰められると、俺でもトリガーやマフラーを使わないと引き離せない。
間違いなくリーンにとって、いい練習になるはずだ。
「君はまた、変なのを連れてきたね」
俺が満足気に眺めていると、いつの間にやってきたのか、冷めた口調でラスターが話しかけてきた。
「よう。今日は、ミケはいないのか?」
「今朝がた、白いのが散歩に連れて行ったよ」
白いのとは、アルフィーのことだろう。
あいつも、すっかり母親モードだ。
「暇なら、お前も鍛えてやってくんない?」
馴れ合いを良しとしないクールな男に、わざと言ってみる。
「……そうだね。最近からだが鈍っていたし、特別に相手をしてやろうか」
ラスターが目を閉じたまま、サーベルをスラリと抜く。
意外な答えだった。
ラスターのサーベル捌きもまた、相当なものだ。
こいつはこいつで正面からやりあって、勝てる気がしない。
「手加減してやってくれよ?」
しかしラスターは無言のまま、リーンに向かって行く。
一抹の不安がよぎるが、俺もすぐにそれどころではなくなってしまった。
「しょぅねぇ〜ん。暇そうじゃないかぁ〜」
あぐらをかいて座っていた俺の後ろから、金木犀の香りが漂ってくる。
するりと脇腹から手が差し込まれ、死の抱擁と呼ぶにふさわしい殺気に抱かれてしまう。
「おぉ……おねぇさま、ご機嫌麗しゅう……」
「んん〜、随分と男らしい体になってきたねぇ」
第三者が見たら、色っぽいお姉さんに後ろから抱きしめられて、いい思いしやがってとか思われるのだろうか。
もしそんな輩がいたら、当の本人は、心臓にナイフを突きつけられている気分なのだと教えてやりたい。
「なぁ、しょぅねぇん。少し私と遊ばないかぁ〜い?」
「おいおい、色っぽいな、ねぇさん。それは、どういう意味だよ?」
「あはぁ〜、別に私は少年にならぁ、抱かれてもいいんだよぅ〜?」
首筋に唇を寄せ、挑発的にささやきかけてくる。
「またまた、ご冗談を……」
「意気地がないねぇ〜。まぁいいさぁ。ちょいと私と手合わせといこうじゃないかぁ」
恐ろしいことを言って、フェリシモが離れる。
「またまた、ご冗談を……」
ひどく顔が引きつっていると、自分でもわかる。
「仕事をしないとねぇ、ほんとに感が鈍ってしまいそうなのだよぅ」
「ラスターとシメオネに、頼めばいいだろ?」
「そんなことをしたら、あの子達が怖がるじゃないかぁ」
これは、断らせてくれない空気だ。
俺は仕方なくと立ち上がり、フェリシモの方へと体を向ける。
「私は素手でやるけどぅ〜しょぅねんはぁ〜武器を使っ……」
「なら、俺も素手でやるよ」
フェリシモが少し目を見開いて、やがて嬉しそうに笑みを浮かべる。
この姉さん相手に、同じ手は通じない。
ましてや今は、オロチも持ってきてはいない。
殺し合いじゃないのなら、素手でいいだろう。
「たまらんなぁ、しょぅねん」
ウェーブがかった黒くて長い髪を右手でかき上げ、艶かしく身を沈めていく。
俺自身も試したかったのだ。
この最強の元アサシンに、どこまでやれるのかを。




