鈴屋さんとリーン!〈6〉
週末に少しばかりの娯楽を提供ッス!
息抜きにどうぞ!
「あー君は、床で寝ること!」
碧の月亭で自室に入ろうとしていた鈴屋さんが、可愛らしく唇をとがらせながら話しかけてきた。
言い訳するわけではないが、俺はちゃんとリーンの部屋を借りようとしたのだ。
しかしリーンの言う通り、なぜか今日に限って宿は満室で、俺の意思に反して相部屋という展開になったわけである。
「俺が鈴屋さんの部屋で寝るという案もあるんだけど?」
「それはなんか、身の危険を感じるんですけど……」
「え、ひどっ! 今までも俺の部屋で、何度か寝てたじゃん!」
「変な勘違いされるからやめてっ」
長いエルフ耳の先端まで赤く染め上げて、バタンと扉を閉めてしまう。
なんか可愛かったので、もう少し見ていたかったぞ。
「アーク殿……」
今度は左側で自室の扉に手をかけていたハチ子が、呼びかけてきた。
「なぜ、鈴屋はあれほど不機嫌なのですか? アルフィーも、仏頂面で帰っていきましたし……」
これはこれで、言っておくべきなのだろうか。
いや……否である。
いま言っても揉めるだけだし、そもそもリーンが意味深に隠しているから、誰も中身が女だと暴露できないのだ。
俺がここで、わざわざ明かすべきではないだろう。
「あぁ……っと……今はまだ、説明が難しいというか……いつか話せるんじゃないかと思うわけで」
なぜだか、じーっと瞬きもせずに見つめてくる。
「な、なに?」
しかしハチ子は何も応えずに、つかつかと近寄ってきて俺を見上げる。
そして俺の胸にそっと手を添えて、少しだけ踵を浮かせた。
凛とした美しい顔立ちが、無防備にも近づいてくる。
「……なにか、隠していますか?」
吐息と共に、耳元でそう小さく呟いた。
思わず唾を飲み込んでしまう。
ついこの間、どうやって解毒薬を飲ませたのかを聞かされたばかりで、俺はそのことを意識せずにはいられなかった。
「いや、なにも……」
やっと出た言葉に納得がいかないのか、それでも真っすぐと見つめてくる。
思わず目を逸らすと、ハチ子は踵をおろし小さく息をついた。
「そうですか……では、おやすみなさい」
そして、自室にもどっていく。
それを名残惜しい思いで見送った後、俺も自分の部屋の扉を開けた。
部屋の中は薄暗い。
先に部屋に来ているはずのリーンを探すと、窓際に佇むフルプレートがすぐに見つかった。
月明りに照らし出される全身鎧に、言いようのない違和感を感じる。
「なんだよ、寝ないのか? ベッド、使っていいぜ?」
そう言って、俺は床に寝袋を広げる。
しかしリーンは、黙ったまま微動だにしない。
電池切れか? と突っ込みたくなる。
「おい。いつまで、そんなところに突っ立って……」
「さっきから、なに言ってるんスか?」
声はベッドの方からだった。
ぎょっとして顔を向けると、内股になって座るリーンが、不思議そうに俺を見つめていた。
ノーショルダーのシャツに、ハーフパンツ姿で、随分とラフな格好だ。
「いつの間に!」
「最初から脱いでたッスよ。部屋で寝るのに、鎧のままなわけないじゃないですか。馬鹿なんスか?」
ニヤニヤしながら首をかしげてるんじゃねぇ、この野郎め。
こっちはさっきから色々とあって、ドキドキしてるんだ。
「んじゃぁ、遠慮なくベッドは借りるッス」
「マジデエンリョネ~ノナ」
いや、それでいいし……それが当たり前なんだが。
なんだろう、どこか釈然としないものがある。
「もう寝るんスか? 俺のこと襲わないんスか?」
「おっ……襲うって、お前まだ17だろ?」
「この国では、16で成人ッスよ?」
「じゃあ合法ですね……って、アホなこと言ってんな!」
なぜにラット・シーの住人はこうアグレッシブなのだ。
ぶつくさと言いながら寝袋に入るが、リーンは一向に眠ろうとしない。
「アークさんって、意外に紳士なんスね」
「意外は余計だ。つぅか、なんかあったら、アルフィーに何されるか……」
「いやいや~。だってうちは、一夫多妻制ッスよ~? ないない~」
ケタケタと笑うが、こいつは今日のアルフィーを見ていなかったのだろうか。
「それよりもアークさん~。今日、どうやって……」
リーンが急に、自らの赤髪に負けないくらい顔を赤くし始める。
本当に忙しい奴だ。
「そのぅ、どうやって解毒薬を飲ませたのかなぁって……」
「いや、蛇だったし毒を吸い出して、血清を打っただけだぜ」
なぜか半目で、チッと舌打ちをされる。
「なんだ、口移しで飲ませたんじゃないんスか」
「何なんだ、お前は……」
そんなハチ子みたいなことするかよと思いつつ、彼女の艶やかな唇を思い出してしまう。
いや、あれは俺を救うために仕方なくしたんだ。
せめて俺の意識がある時に……なんて言えるはずもない。
「あ……毒は……吸いだしたんスか?」
リーンが自分の両腕を抱いて、ベッドの上で後退りをする。
「なんだその、身の危険を感じたかのような反応は……」
「だって咬まれたの、肩だし」
「だから、鎧を脱がせたんだろうが」
みるみると表情が引きつっていく。
「なんで、そこは平気なんスか!」
そして、ボスッと乱暴に枕を投げつけてきた。
「待て、なんで俺が責められてんだよ!」
「なんスか、アークさんは鈍感なんスか! 肩を舐めるとか、もう順番ひとつ飛ばしてるじゃないスか!」
「おまっ、表現!」
しかも声大きいしっ、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
「なんスか。急に黙って……」
リーンは気づいていないようだ。
俺の位置からは、はっきりと見えていた。
窓の外で、ハチ子のポニーテールがひょこひょこと動いているのを……
「なんスか?」
さすがにリーンが、眉を寄せて怪しんでくる。
リーンの位置からは見えないし、ハチ子の位置からもベッドは見えないはずである。
「いや、なんでもないぞ。もう寝ろ。すぐ寝ろ」
そう言って、寝袋に潜り込む。
リーンはしばらくぶつくさと文句を言っていたが、やがて横になる。
しばらく沈黙が続いたが、やがて……
「もうちょっと……いいッス?」
リーンが、再び声をかけてきた。
「んだよ?」
俺は横になって背を向けたまま、返事をする。
「騎士試験の終わりまで……鍛えてくれると嬉しいッス……」
試験……どんなにこちらが真面目にやったところで、合格させてもらえるかわからないのだが……
こいつはこいつで、最善を尽くしていたいのだろう。
真面目なのだ。
そこに、譲れないものがあるのだ。
「かまわないが……俺の戦い方って、騎士道とはほど遠い、邪道そのものだぞ?」
「強くなることに、悪いことはないでしょ?」
「そりゃそうだが……」
その、なりふり構わぬ努力には応えてやりたいと思える。
「騎士になりたいか?」
しばしの沈黙。
ややあって、リーンが小さな声でぽつりとつぶやいた。
「覚悟はできたッス」
そうか、とだけ答えを返す。
それならば、俺も覚悟を決めなくてはいけないだろう。
我ながら気が重くなる策だと、ため息をついてそう思うのだ。




