鈴屋さんとリーン!〈3〉
第3話っス
休憩のお供にどうぞっス
次の日、俺たちは丸一日を模擬戦に割り当てていた。
リーンはベースが出来ているし、戦いにも慣れている。
さすがは窮鼠の傭兵団副長だ。
いくつかの手合わせを経て弱点も浮き彫りになっていき、アドバイスの内容もより実践的なものとなっていた。
「どうッスか?」
息を切らせて大の字で倒れるリーンに、うぅんと顎に手を当てて唸る。
「攻めすぎかな。もっと牽制を入れて、距離を詰めさせないようにしたほうがいいぞ。せっかくポールウエポンを使ってるんだし」
「……牽制ッスか」
「懐に入られてから、グダグダだからな。入れさせない技術と、入られたあとの対処が……」
「わかってるッスよ」
たぶん、少しスネ気味に言っているんだと思う。
誰かに同じことを指摘されていたのだろうか。
だとすれば、あいつしかいないな。
「アルフィーとも、こういうことやったのか?」
予想通り、ガチャリと頷く音がする。
「姉御にも当たらなかったし、懐に入られて終わりッス」
「あいつに攻撃を当てるとか至難の技だから、気にするな。とりあえず俺が、いくつか使えそうな技を教えてやるよ」
「お前……けっこういいやつッスか?」
なぜに上からなのだと、何度も思いすぎて慣れはじめてきたぞ。
「俺が騎士になりたいって……笑わないんスね」
たぶん、目線を下に落として言っている。
表情が見えないから、もう全部、たぶんだ。
「アルフィーに頼まれたしな。それに、笑う理由がない」
「本当に……なれると思う?」
自信なさそうに呟く。
「単純に強さだけでなら、なれると思うぜ。騎士道精神とかは俺にはわからんが……なぁ、ひとついいか?」
小さめのガチャリ。
さっきまでの元気は、どうしたというのか。
「お前さん、騎士団に入れたら、すぐに辞めるつもりなんだろ?」
リーンが沈黙をする。
その沈黙は、肯定で間違いないだろう。
「あのな……それは結局、傭兵団に泥を塗る行為だぜ?」
でも、と声を上げるが、俺はそれに対し首を横に振って否定する。
「お前さんが人柱にでもなって騎士団で頑張るってんなら、俺も何とかできないか考えてやるよ」
「……自分で何言ってるのか、わかってるんスか?」
「もちろん。あとは、お前さんの覚悟次第さ」
鉄鎧の頭をガシガシと揺らす。
「了解ッス……」
窮鼠の傭兵団のために、窮鼠の傭兵団を抜けて騎士になる。
それが正しいことだとは思わないが、それでもリーンがそうしたいと覚悟できたなら、俺はそれの手伝いをしてやりたいと思えていた。
それから近距離で使えそうな技をいくつか教え、その日の練習も終える。
付け焼き刃ではあるが、あとは本人の努力次第で応用を利かせて伸びていくだろう。
しかし、まぁ……
「そこまでして脱がない理由を、俺は知りたい」
ため息をつきながら、ぼやくように言う。
俺たちは今、水浴び目的で近くの小川まできていた。
もちろん俺はパンイチで、気持ちよく水に当たっていたのだが……
「むやみに肌を晒すのはよくないって、親に教えられてるんで」
いや、言ってることはすごく正しいように聞こえるけどよ?
しかし、だ。
鎧のまま川に浸かるってどうなのよ?
「お前さん、もしかして獣化しっぱなしってわけじゃないだろうな?」
「なんでッスか?」
身体能力が高すぎるんだよ、と心の中で呟く。
「獣化をしたら体も大きくなるんで、そんなことをしたら、鎧か俺が壊れるッス」
「まぁ、そうか。何なら俺は先に、テントへもどろうか?」
「いや、大丈夫ッス。これ、魔法の鎧なんで。水に沈まないし、錆びないし、乾くのも早いんで」
だとしても鎧のまま入るのは、おかしいのだがな。
「明日は、魔狼ガルム狩りッスか?」
リーンがバシャバシャと、器用に泳ぎながら言う。
流されたりしないか少し心配なのだが、そのアホな姿も見てみたい。
「そうだな。あいつらは集団戦を仕掛けてくるから、囲まれないようにしろよ」
「了解ッス~」
なんか、ほんとに心配だ。
ものすごく目が離せないタイプな気がする。
もしかしたらアルフィーは、こいつが面倒くさくて、毎日碧の月亭に逃げ込んで来ているのでは……
「あぁ~あぁ~」
こいつぁ、アルフィーに体よく押し付けられただけか?
「あの~。お~い。お前、聞いてるッスか~?」
もう引き受けたから、今さら仕方ないが……
「あのぅ~……アークさ~ん」
大体だな……“お前”とか、初対面なのに失礼なんだよ。
……って、いま名前で呼ばれた?
そこでようやく、リーンの声がする方向に目を向ける。
「足がつかないッス~助けてほしいッス~」
気の抜けるほどシュールな絵が、そこにあった。
リーンはまるで桃太郎のように、“どんぶらこ、どんぶらこ”と、下流に向けて流されていたのだ。
「お、お、おぉまえぇ、なにやってぇんだぁぁ!」
絶対こいつはアホなんだと思いつつ、すぐさまテレポートダガーを投げつける。
どうやらこれは、アルフィーに文句のひとつでも言わなければいけない案件になりそうだった。
次の日、俺達は朝食を終えた後、ガルムが出現するという森の中へと足を踏み入れていた。
少し前に戦ったゼ・ダルダリアを思い出すが、こっちのほうが傾斜は少なく戦いやすそうだ。
ただし、奇襲による先制攻撃は期待できないだろう。
なにせリーンが、ガシャガシャとうるさいのだ。
うちのパーティに重装備者がいないから、それに慣れすぎたせいもあるのだろう。
何にせよ、間違いなく奇襲をかけられる側にいるんだから、こちらの緊張感といったらない。
「アークさん、もう出現エリアに入ってるんスか?」
加えて、本人の緊張感のなさである。
いや、名前で呼んでくれるようになったのはいいことなのだが。
「あのな。本来なら、索敵して先に相手を見つけて、数を調べて、寝込みを奇襲するってぇのが真っ当な討伐手順だからな?」
しかしリーンは、首をガシャガシャと横にふる。
「そんな卑怯な戦い方、騎士道に反するッス。鬨の声を上げて、正面から迎え撃つ方がかっこいいでしょ?」
「いや。無駄に危険なだけだぞ、それ……」
「そこに美学があるんスよ。わかってないなぁ、アークさんはぁ〜」
やはり、たまにムカっとくるな、こいつ。
「俺には騎士道精神なんてものは、欠片もないからな。安全に勝てれば、そっちのがいいさ」
「勝利という結果は、もちろん必須ッスけど、勝ち方ってのものがあるんスよ!」
人差し指を立てて騎士道を唱える姿が、なんとも小生意気だ。
これほんとに、アルフィーはどうやって対処していたのだろう。
あいつも、騎士道精神とか皆無なはずだ。
「お前さんの美学も、わからんでもないが……冒険者は安全・安心がモットーだぜ?」
「そうなんスか? ……なんか、冒険者ってもっと、こう……無法者というか、危険が好きというか……」
「まぁ、中にはそういう荒くれ者もいるけどな。実際、迂闊な冒険者なんて長生きできないぜ」
そんなもんスかね、と一応の納得は示してくれる。
あの金髪チャラ男のグレイでさえ、今では中堅としての知識と慎重さを持ち合わせているのだ。
「守るものが増えれば、臆病にもなるさ」
仲間が増えれば増えるほど、その意識は高まって当然である。
そういう意味では、俺はもうすっかり臆病者だ。
「……そういえば、アルフィーの姉御が言ってたッス」
何を? と、首を傾げる。
「みんなを守るのがあたしの仕事なのに、あたしよりヤワっこい男が守ってくれるって……嬉しそうに話すんス」
ヤワっこいとは、酷いな。
たしかに、ニンジャって紙装甲だけどよ。
「姉御は、そんなアークさんに惚れたんスね……」
どうだかな、と適当に流す。
ちょうど、その時だった。
森の奥から、狼の遠吠えが聞こえてきたのだ。