鈴屋さんとリーン!〈2〉
リーンの2話目ッス!
ワンドリンク片手に、おうちで読んでほしいッス!
俺とリーンは3日分の冒険の準備を行い、その日の夕方には丘陵地帯まで足を運んでいた。
魔狼ガルムの出現エリアとされる森も、すでに眼下に捉えている。
牙10本というのは、討伐数が10匹であることを指しているのだが、中堅冒険者グループなら難なくこなせるクエストだろう。
ただ、“2人だけで”となると、少しばかり話が変わってくる。
まずリーンがどれほどの使い手か、わからないのは問題だ。
アルフィーの部隊の副長なんだから、それなりには強いのだろうが……
「ちょっと、いいッスか?」
野営の準備をしていると、リーンが話しかけてきた。
「姉御の手前だから立ててやってたんスけど、お前、ほんとに強いんスか?」
あれで“立ててる”つもりだったとは、衝撃的事実だ。
そして、お前呼ばわりなのもどうなのだ。
そもそも、声的に年下だろうに。
「さぁな。リーンはどうなんだよ?」
「お前に心配されるのは、むかつくッス」
ほぅ。
ほぅほぅ。
ちょっと、これは……
「あぁ〜。じゃあ、互いの実力を知っておくのも大事なことだし、軽くやるか?」
少し挑発的に言ってみる。
「やめとくッス。怪我するだけッスよ?」
「まぁ、そう言うなよ」
俺は立ち上がると、その場で構えに入った。
「本気で? 俺、鎧は脱がないッスよ?」
「問題ないぜ。武器も使っていいし」
わざとヘラヘラと笑ってのける。
もちろん俺は素手だ。
「舐めてるんスか。手加減しないッスよ?」
声に少し覇気が込められてきた。
肩に背負うハルバードを両手で握り、矛先を俺に向けてくる。
無手相手にポールウエポンとか、騎士道精神とはなんぞやとツッコミたいところだが、ここは我慢だ。
この若人に、先輩冒険者への礼節というものを教えてやろう。
「俺に手加減なんて不要よ。存分に全力を出したまえ、少年〜」
なぜかフェリシモ姉さんの口調になってしまって、自分でも可笑しくなる。
あの人から見て、俺もこんな生意気な感じだったのだろうか。
「窮鼠の傭兵団、第三部隊副長。リーン、行くッス」
声のトーンが、さらに下がる。
戦闘モードのスイッチが入ったのだろう。
重心を少し低くし、足に力を溜め込む。
そしてハルバードを構えたまま、猛然と突進攻撃をしかけてきた。
スピードはそれほど速くはないのだが、動きは妙に鋭い。
俺は左に軽くステップを踏んでそれをかわすと、そのまま数歩後ろへと距離をとった。
「やるッスね!」
リーンは動きを止めることなく、ハルバードの斧部分を横に振って追撃してくる。
しかしそれも、ひょいと上半身を反らして回避する。
「ハァァァッ!」
さらに流れるような動きで、遠心力を利用した足元への払い攻撃を仕掛けてくる。
俺もこれはステップでかわせないと判断し、軽く飛ぶ。
「せぇぇぇぃ!」
リーンは回転を止めることなく、そのまま斧部分で空中にいる俺へと追撃をしてきた。
遠心力で加速している分、一つひとつの攻撃速度が変わってきている。
タイミングをずらされている気分で、正直やりづらいのだが……
「なっ!?」
いかんせん、フルプレートを装備した重戦士だ。
ニンジャである俺の相手をするには、少々遅すぎる。
俺は空中で身を翻してそれをかわすと、着地と同時に地面を蹴り一気に間合いを詰めた。
そして、右掌をリーンの胸に当てて……
「徹しっ!」
少し強めに練った気を叩き込んだのだ。
「ゔゔゔゔゔゔゔゔぅ……」
リーンは壊れたブリキ人形のごとく横になり、胸を抑えて唸っていた。
「屈辱ッス……」
フルプレートのフル装備で素手に負けたんだから、そうだろうよ。
「大丈夫か? 手加減はしたんだが……」
「それも屈辱ッス」
横たわったまま生意気を言うブリキ人形に、ちょっと面白くなってきている俺がいた。
「どうよ。少しはアーク様を崇める気になったか?」
「……崇める気はないけど……強いのは認めるッス」
「気闘法は鎧とか関係ないからな。一対一なら、けっこう強いんだぜ?」
まぁ俺だと人間相手が限界だがな、と付け加える。
シメオネは竜すら吹き飛ばしたのだが、あの領域は正直デタラメだ。
「その技もッスけど、攻撃が一発も当たらなかったのが……」
「あぁ。俺なんか食らったら終わりの類だからな。偶然でも一発もらってたら負けてたぜ?」
リーンが黙り込む。
もうこうなると、ただ横たわる鎧に話しかけているようで虚しい。
「姉御が……」
どこかきまりが悪そうに、ゴニョゴニョとつぶやく。
「姉御がお前を好きだと聞いて、正直腹が立って……」
「んあ? なんだよ、アルフィーに惚れてんのか?」
「姉御は好きだけど、でもそういうのとはちょっと違うんス」
「なんか、よくわからんな」
頭をかきながら首を傾げる。
俺から見たら、惚れてるようにしか聞こえないのだが……
「シェリーの姉御もアルフィーの姉御も、それからドレイクの旦那も……みんな、お前を慕ってるッス」
「……気に食わないか?」
また少し、黙り込む。
当たらずとも遠からずといったところだろう。
「正直、副長の俺より外部の男をもてはやされたら、いい気はしないッスよ。お前のおかげで傭兵以外の仕事ができるようになったのは、有り難いけど……」
「まぁな。言ってることはわかるし、それでいいと思うぜ」
顎に手を当てて苦笑する。
「いいんスか?」
「んああ? いいも悪いも、そんなもんだろ。無理に好かれようなんて思わねぇよ」
「……そう……ッスか。かわってるッスね」
変わってるのか?
それが自然な考えだろうに。
「でも強いのは……わかったッス」
「なんだよ、急に。そうやって、素直な方が可愛いぜ?」
「かっ……男に可愛いとか、侮辱ッスよ!」
寝転んだまま、ガシャガシャと音を立て抗議する鉄鎧がシュール過ぎて笑いが止まらない。
なかなかに愉快なやつだ。
「しかし、なんで騎士なんぞに憧れるんだよ。英雄主義か何かか?」
ブリキ人形が黙る。
生きてるのかも判らなくなるな、これ。
「英雄なんてものに興味はないんスけど……窮鼠の傭兵団が下に見られるのは腹が立つんス」
ガシャリと額に手を当てて、空を仰ぐ。
「俺が騎士になれば、この傭兵団もそんなふうには見られないと思うんスよ」
「……なるほどな」
言っていることも理解できるし、その思いの強さも伝わっている。
それでも、それは難しいことだろう。
爵位を持たぬ者が騎士になるというのは、人間ですら非常に困難なことなのだ。
ましてや、ワーラットでは……
──お願いなん、あーちゃん
あぁ、なるほど。
また損な役回りだな、これは。
「騎士になったらどうするんだよ。傭兵団は辞めるのか?」
「そこまでは考えてないッスけど……」
どうせ騎士団を辞めて、傭兵団にもどるつもりなのだろう。
それはそれで、いい印象を残せると思えない。
「……なんスか? 別に無理して手伝ってくれなくてもいいんスよ?」
「いや、依頼は遂行するぜ。冒険者だからな。ただお前さんの戦い方、まだまだ改善する余地があると思うのさ」
はぁ、まぁ……と、気の抜けた声を返してくる。
少しは思うところがあるのだろうか。
「今日明日と、先輩冒険者として軽く指南してやろうと思うんだが、どうだ?」
俺が教えるとか、おかしな話だ。
そもそも俺自身が、そんな大それた存在でもないのだが、それでもいくつかアドバイスはできそうだった。
「……いいんスか?」
思いの外、まんざらでもなかったらしい。
リーンはしばらく黙っていたが、やがてガシャリと音を立てて首を縦に振る。
「よろしく……お願いします」
頼みづらそうに、それでも素直にそう答えるのだ。




