鈴屋さんとリーン!〈1〉
リーンさん、爆誕。
短い導入です。
さらっと、どうぞ!
そろそろ、お昼になろうかという時間。
碧の月亭で見慣れた景色に、俺は今更ながらため息をついていた。
「にっく、にっくぅ~♪」
さて、この台詞だけで、誰に対してなのか説明は不要だろう。
その体のどこに、7枚ものステーキが消えていくのか。
そして、なぜに太らない。
なんなら、スタイルはかなりいい部類に入る。
世の女性冒険者諸君は、さぞや恨めしく思っていることだろう。
「あーちゃん」
アルフィーが真っ白な髪をかき上げて、水色の大きな目を見開いてくる。
「昼から欲情してるん?」
「してねぇよ!」
「ものすごい、舐るような視線やったん」
ぐっと言葉に詰まる。
それが、まずかった。
アルフィーは目を細めながら、にんまりと笑みを浮かべた。
「なん~? えっちぃ~」
バチンッ!
絶妙なタイミングで、アルフィーの頭をはたく小気味よい音が鳴り響く。
「いったぁい、なんなん!」
「昼間っから何を馬鹿なことを言ってるのですか、この鼠は」
アルフィーの頭をはたいたのは、ハチ子だった。
ちなみに鈴屋さんは、また健康管理でリディシアに行っていて不在である。
俺もたまには、行ったほうがいいのだろうか。
ここに来てから風邪すらひかないのだから、やはり俺は馬鹿なのだろう。
「あまりアーク殿を、からかわないでください」
「いやらしい目で見てきたのは、あーちゃんなんっ!」
「アーク殿は、抗えない系男子なんですっ!」
声が大きいし、なんならハチ子のは既にフォローになってない。
なぜに勝手な誤解で、俺の株を下げるのか。
「……すまん、俺が悪かったから。他の客から、どんどん白い目で見られてきてるから……」
「別に、あーちゃん悪ないん。あたしが魅力的すぎるんよ」
「そうッスよ。姉御は超・魅力的ッスよ。あ、それも食っていいッスか?」
「食べ食べ〜」
アルフィーに許可をもらい、肉を手に取る……
全身が鉄で覆われたフルプレートメイル姿の……
……えっと……
「だれっ!?」
思わずハチ子と声を合わせてしまう。
「あ、どうも。姉御がお世話になってるッス!」
「いや、誰よ!」
というかフルフェイスの鉄兜で顔すら見えないし、どうやって食うつもりなのだ。
「うちの副長のリーンなん。色々と残念な子なん。相手しないでいいよ」
アルフィーが、なぜか面倒くさそうに言う。
「んなっ! 姉御、ひどくないッスか!」
ガシャッと音を立てながら抗議をする。
とりあえず、音がうるさい。
室内でフルプレートとか、絵的にもうるさい。
「とりあえず、兜くらい取れよ」
「お前の言うことだけは、丁重にお断りッス」
なんだ、こいつは……
「ごめんなぁ~あーちゃん。リーンは、あーちゃんのことが大嫌いなんよ」
「そうッス。超・嫌いッス」
ガチャリと敬礼に似たポーズをしてきて、無性に腹立たしい。
「あのさ、初対面だよね。俺、何かした?」
とりあえず面倒くさい奴だと思いつつ、その原因は知っておきたい。
リーンはガチャガチャと音をたてながら、深く頷いた。
「うちの姉御を、たぶらかしたッス」
「してねぇし!」
「そうですよ、たぶらかしてるのはアルフィーのほうです!」
ナイスハチ子、そのまま言ってやれ!
「あーちゃん、豊穣の契りぃ~」
「……その節は、大変な失礼を……」
それ出されると、何も言えない……
「それよりあんたぁ、なにしに来たん。ここには来るなって言ってあるんに」
「ちょっと、手伝ってほしいッス」
アルフィーが眉を寄せて、あからさまに嫌そうな顔をする。
面倒見のいいアルフィーが嫌がるとか、相当なんだろう。
「また、騎士団関係なん?」
ガチャリと頷く。
「騎士団?」
「あぁ~この子なぁ、騎士に憧れてて、騎士団採用試験とかよく受けに行くんよ」
「男子たるもの、騎士道精神に憧れを持つのは、当然の心意気ッス」
うん、面倒だ。てか、男なのか。
「おや? アルフィーの部隊は、女性の神官だけで構成されているのではなかったのですか?」
「あぁ~、この子は特別なん。神官でもないし」
「なのに、それでも副長なのですか?」
「うちの部隊、攻撃役が少ないかんね。一応、そこ補うために置いてるん」
ふむ、アタッカーなのか。フルプレートだから、また壁役かと思ったのだが。
「どうせ窮鼠の傭兵団からは、採用されんのに……」
「それでも、俺はやるんスよ!」
ガチャガチャと暴れて、駄々をこねる。
これは確かに、アルフィーでも鬱陶しく思うだろう。
ハチ子ですら、ちょっと面倒くさそうにしている。
「んで、今回はどんな試験なん?」
「これッス!」
リーンが勢いよくガシャン、ダンッ! と音を立てて、羊皮紙を円卓の上にたたきつけた。
エメリッヒ騎士団 採用一次試験
・三日以内に魔狼ガルムの牙10本を持ち帰ること
・雇える味方は1人までとする
「……随分、事務的な感じだな」
「いつも、こんな感じッス!」
「というか、これエメリッヒって、騎士英雄じゃないですか?」
「イケメンッス!」
こいつは、エメリッヒがアルフィーに酷い暴言を吐いたことを知らないのか。
そもそも、ワーラットに対してだって差別を……と、そこまで考えて把握する。
さきほどアルフィーが言った台詞、どうせ窮鼠の傭兵団からは採用されないってのは真実なのだろう。
となると、これはまた不毛な挑戦だ。
「姉御ぅ~、頼むッスよ~」
「あたしは嫌なん。あーちゃんに頼みぃ~?」
鉄兜がギギィと、ぎこちない動きで首をこちらに向ける。
いよいよ、錆びたブリキ人形のそれだ。
「待て、なぜに俺。どう考えても、アルフィーの管轄だろ?」
「そうッス。なんで、こんな奴とやんスか!」
「あとお前は、なんで上からなんだよ!」
俺とリーンが口論を始めると、なぜかニヤニヤとアルフィーが笑みを浮かべ始めた。
「リーン、あーちゃんは強いから勉強してきぃ。あーちゃん、お願いしていい?」
「いや、お前な……」
「お願いなん、あーちゃん」
「ぐむ……」
なんだ、この断れない空気。
たまに出す、甘えた感じのお願いは反則だろう。
「姉御の命令じゃ仕方ないッスけど……お前、足引っ張るなよ?」
しかしこいつには、いけ好かなさが爆発しそうだった。
あ、ギャグ回です。