ハチ子と鈴屋さんの露払いっ!〈7〉
終わりになります。
短いので、さくっとどうぞ。
白い月の光が、レーナの町並みを明るく照らし出す。
この周期の夜は明るく、治安もそれほど悪くない。
それもあってか、自然と街の中も活気づいていた。
騒がしい大通りを眼下に、ひとり小さな酒坏に口をつける。
揺蕩う水面が、まるで自分の感情を映し出しているようにも感じる。
「あれ、鈴屋さんは?」
まさにその原因とも呼べる男が、背後から声をかけてきた。
「疲れたので、今日は先に休むそうです」
私は顔を向けることもなく、わざと素っ気なく答える。
彼には話せないことが多い。
でも鈴屋は、本当に何も話せない立場にある。
それがどれほど辛いのか、私にも少しは理解できる。
「なんだ。今日はみんなで〜とか言ってたのに」
これを鈍感と責めたい気持ちと、何も知らないのだからしょうがないという思いが同時に沸き起こる。
「色々とあるのですよ。どうですか、今宵は私と一献」
少し顔を横に向け、酒坏を持ち上げる。
彼は黙って隣に座ると、それを受け取った。
「鈴屋が、見繕ったお酒です」
そう言って、両手で酌をする。
彼はそれを笑顔で受け取り、口元へと運ぶ。
「おぉ〜辛口。さすがわかってらっしゃる」
そうですよ。
彼女は、あなたのことを本当によく理解しているんです。
呼べば現れるとか、どれほどの信頼関係なのですか。
「……少し妬けますよね」
ぽつりと口に出す。
「え?」
「辛くて喉が少しやけますねって言ってるんです。それで、話はできたのですか?」
あぁ、と彼が頷く。
「とりあえず、粛清の時のと停戦の話をしてきたよ。あと2人が誤解して見に来てたってのも言ったし」
「あぅ、それは本当にすみません」
しかし彼はカカカと笑って、私の頭にぽんと手を置くのだ。
「いや、妬いてくれたと思うと、俺はもう嬉しくって有頂天よ」
「バカなんですね?」
「あ、はい……」
ぴしゃりと言ったあとの、ひきつる顔が可愛い。
「まぁできれば、父親がアサシン教団ってのはなぁ……と思うが、こればかりは口出しできないよな」
「アーク殿は、私を引き抜きましたけどね?」
下から顔を覗き込み、いたずらっぽく笑みを見せる。
頭をかきながら少し顔を赤くするのは、照れているから?
少しは私のこと……
「どうですか?」
彼は、酒を喉に流し込みながら、なにが? と首を傾げた。
「無事、私を独り占めできて、どうですか?」
ブバッとお酒を吹き出し、みるみると赤くなっていく。
「……で、できてるんスか?」
「できてますよ?」
即答して、その眼をじっと見つめる。
……ちょっと苛めすぎかな?
「普通、そりゃ嬉しいに決まってるけど」
「そう……ですか。嬉しい……ですか」
自爆だった。
今度は自分の顔が熱を帯びていく。
「ここが何なのかちゃんと理解して、ハチ子さんとも会えるようにしないとな」
それは、きっと難しいことだろう。
でも──
「その時は、アーク殿の名を呼んでもいいですか?」
そうすれば、あなたはきっと会いに来てくれる──
「あぁ、もちろん。すぐに馳せ参じましょうぞっ、だぜ」
その変な物言いに、思わず吹き出してしまった。
「ふふ……なんですか、それ」
少しだけ、と肩に身をあずける。
あとどれだけの間、こうして支えてくれるのだろう。
彼がいなくなったら、ここはどうなるのだろう。
私はその時、どこへ行くんだろう。
「アーク殿……」
愛しいその名を呼ぶ。
「ん?」
しかし、返す言葉に惑う。
私が今、一番に願うことは……
「鈴屋を……なにがあっても、信じてあげてください」
私は、鈴屋が言った最後の言葉が気になっていた。
彼が鈴屋を許さないとは、どういうことなのだろう。
「鈴屋さんを?」
「はい。なにがあっても」
彼が不思議そうな表情を浮かべる。
「なんか、どっかで聞いたような台詞だな。そんなの当然の事だろ?」
「だとしても、です。ハチ子と約束してください」
少し腑に落ちなそうにしながらも、あぁと頷く。
うん、きっとこれで大丈夫。
彼は約束を守る……だから、鈴屋……
「これで一歩、踏み出せるはずです」
なおも首をかしげる彼に、笑顔を向ける。
「ところで、アーク殿」
ほんの少し顔を近づけて、彼の唇に人差し指を当てた。
「ハチ子がどうやって薬を飲ませたのか、まだ教えてませんでしたよね?」
ごくんと唾を飲み込む彼に、目を細めてくすくすと笑う。
鈴屋、これくらいはいいですよね。
だって、私は泡沫の夢。
せめて、彼の記憶にだけはとどまりたいのです。
次回から、またアーク視点になりまする。




