ハチ子と鈴屋さんの露払いっ!〈6〉
ハチ子さん編、もうちょいです。
まったりどうぞ。
「まったく、こんなとこで何やってんだよ。2人して」
隻眼の彼が私の顔を覗き込むようにしながら、痺れて動かない体をゆっくりと起こした。
……あなたのせいだし、そんなふうに抱き起こされて恥ずかしいし……
頭の中で、感情の渦が逆巻いていく。
せめて表情に出すまいと下を向くのだが、彼はそんなこと露ほども読み取ってくれない。
ただ優しく微笑みかけながら、三角の屋根に体を預けられるよう寝かせてくれるのだ。
ちらりとその横顔を覗き見ようとするが、恥ずかしくてとても直視できなかった
「あー君、エリーチカさんとこに来たの?」
「そうだよ。そしたら、ハチ子さんの声が聞こえてよ。トリガーしたら、この状況は何って感じ?」
……だから、あなたのせいなんですけど……
「ていうか、ハチ子さん。勝手にダガー持ってかないでくれよ。久々に全力疾走しちまったぜ」
……それも、あなたのせいなんですけどっ!
「だいたい、こいつ誰なんだよ」
昏倒するフロッガーの肩を雑に掴み、仰向けにする。
すると彼は、なぜか大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
「うぉい、フロッガーさんじゃん!」
……えっ、知ってたの?
声を上げて問いたいところなのだが、体が痺れてまだ動かない。
代わりに鈴屋が質問をしてくれた。
「あー君、その人はだぁれ?」
「フロッガーさんだよ。エリーチカの親父さんの……」
……エリーチカの……
「親父さんっ!?」
心の中で、鈴屋とはもる。
「なんだよ、2人とも。えらい驚いて……あっ!」
彼が顎に手を当てて、何度も頷き始める。
やがていつもの悪戯っぽい笑みを浮かべてくるのだ。
「そうか、そうか。な〜んか、話がズレてる気がしたぜ。さては、あの手紙とプレゼントで勘違いしたんだな?」
カカカと高笑いをする彼を見上げて、真一文字に口を結ぶ。
その意地悪な顔が、とても可愛いことに気づいていないのだろうか。
「エリーチカは、アリーシャさんとフロッガーさんの娘だぜ? ちなみに酔っぱらいに絡まれてたのは、エリーチカとアリーシャさんの2人な」
己の軽率で邪な勘違いに、顔がどんどんと熱を帯びていく。
「あのプレゼントはな。もうすぐエリーチカの誕生日だから、俺からエリーチカに渡してくれないかって、アリーシャさんが持ってきたんだよ」
あぁ……ゔぁァァァァァ!
「結婚もなにも、お子様だぜ? ていうかよ、アリーシャさんをエリーチカだと勘違いしたの?」
こくんと頷く。
「人妻じゃねぇか。それ、酷くねぇか?」
泣きそうになって、こくんと頷く。
「私じゃないもん。ハチ子さんが勘違いしたんだもん」
「はい……ハチ子は今、恥ずかしくて死にそうです」
心底、泣きたい気分だ。
思い人に対して、なんという邪な疑惑をもってしまったのだ、私は……
「カカカ〜ッ、なんだよ、おい〜。可愛いなぁ、もう!」
そういうこと言うなぁーっ!
もう心の中の私は、絶叫赤面状態だ。
「んで、なんでまたフロッガーさんと戦闘なんかに……」
ツンツンとした頭を掻きながら、再びフロッガーへと視線を移す。
そしてようやく気づいたようだ。
「んあ……このコートって?」
「うん、アサシン教団だね。朝から見張ってたらバレちゃったみたいで〜」
鈴屋の返事に、彼が眉を山にして寄せる。
「朝から何してんだよ……。しかし、フロッガーさんって教団の人だったのか」
「しかも、影渡りを使いましたよ」
「3位内かよ。エリーチカとアリーシャさんのことを考えると、これはまたデリケートな話だな」
さて困ったぞ、と頭をかく。
「面倒なことになるかな?」
「んあぁ、教団に俺達を襲ったことを知られたらな。まぁ、言わないけどよ」
彼は話しながらもフロッガーを背負うと、トリガーをすべくダガーを構えた。
「どうするの?」
「ん〜。とりあえずフェリシモの姉さんとこ行って、説明するわ。俺達だけで話すより説得力あるし。あとは、“この事は互いに忘れましょう”ってことにして世は事もなし……で、いいよな?」
こくりと頷く。
そういうところ……好き。
「じゃ、行ってくる。鈴屋さんは、ハチ子さんが動けるようになるまで待って、先に帰っててくれ」
「アーク提督ぅ、了解でありまぁす〜」
彼が、なにその言い方……とジト目で返し、トリガーを発動させる。
そうして、嵐のような出来事が去っていった。
体が動くようになったのは、それから5分ほどしてからだ。
私は語るべき言葉を見つけられないまま、鈴屋の呼んだシルフによって碧の月亭にもどってきていた。
途中、お酒や飲み物を買っていったのは、アーク殿のためだろうか。
それとなく気を利かせるのは、さすだがと思える。
「なかなか大変な1日だったね~」
碧の月亭の屋根の上で、鈴屋が足をぱたぱたと遊ばせながら、買ってきた飲み物に口をつける。
斜陽がレーナの海を金色に染め始めていた。
その光景を眺める彼女の整った横顔は、なぜか儚げにも見えていた。
「楽しいなぁ~」
どこか人ごとのような、俯瞰の言葉だった。
今ここに、この世界に生きている人間の言葉ではないと感じる。
鈴屋──
あなたは、何を見ているの──
その心は今、どこにあるの──
「なぁにハチ子さん。まださっきの話、引きずってるの?」
さっきの……そうだ。
「もどっても、アーク殿と一緒になれない。その意味を、聞いてもいいですか?」
聞かずにはいられない。
アーク殿は、きっと知らない話なのだろう。
鈴屋は考えるように首を少し斜めにかしげ、う~んと声を上げる。
頭の中で、どこまで話していいのか整理しているようだ。
やがて、私の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。
「ハチ子さんは、フラジャイルと、サルベージャーって知ってる?」
世界の外側の人の話だ。
「フラジャイルは、乱歩さまがそうだと聞かされています。しかし詳しいことまでは……」
「そっか~。じゃあ、ここが何層だかは知ってる?」
何層? と首をかしげると、鈴屋がうんうんと頷いた。
記憶の中で、その単語をたどっていく。
たしか乱歩さまが最初の頃の説明で……
「えっと、2層と……?」
鈴屋が、少し呆れたようにため息をつく。
「そこまで話してるんだ。乱歩さんだっけ。知ってるだろうけど、あの人はフラジャイル。正規の組織に属さない、好き勝手に潜って強引な方法で拾っていく人ね」
今のところ、言ってる意味がかろうじて理解できる。
「あの人はもともと漂流者で、サルベージャーに救われたのね。で、その時のサルベージャーにもう一度会うために、フラジャイルになったんだと思うの」
たしかに、誰かを探していると言っていた気がする。
「では鈴屋は、乱歩さまの探しているサルベージャーを知っているのですか?」
「ん~。たぶんでなら見当はついてるけど、彼の問題だし私からは何も言えないかな~」
鈴屋の外側の世界の知り合い?
乱歩さまに言わないのではなく、言えないのだろうか。
「話を戻すね~」
考えに耽りそうになり、鈴屋に呼び戻される。
「あー君はドリフター。そして、私はサルベージャー。それだけでもう、会えないってことなんだよ」
「それは、乱歩さまのように?」
「そう。そういう決まりなの」
夕日に照らされながら、満面の笑顔で明るく答える。
「鈴屋らしくない、下手な演技です」
「演技? 私は何も演じてないよ?」
その整った顔が、泣き顔で崩れることはない。
それでも私には見えるのだ。
「私には、少女が泣きじゃくってるようにしかみえません」
鈴屋が息を飲み込む。
僅かな動揺だ。
「たとえそうでも、何か手段があるんじゃないですか?」
「……どうかなぁ。南無っちにも相談して色々と考えたけど。それ以外にも色々と問題があってね。全部を知ったら、あー君は私を許さないと思う、かな」
彼女らしくない、弱気な言葉だった。
「なにを……なにがあろうと、アーク殿なら」
しかし彼女は、水色の髪を揺らせて否定する。
「そうだね。そうだと、いいなぁ」
今度は本当に、涙を浮かべてそう答えたのだ。
ラブコメと、シリアスな本筋の融合は難しいですね。
ハチ子さん編はあと1回の予定です。




