ハチ子と鈴屋さんの露払いっ!〈4〉
(ちょいと仕事が多忙のため)超・短めです。
申し訳ないです。
さくっと、どうぞ!
あたたかな陽の光が、ひどく能天気に感じられた。
私はレーナの大通りを抜けて、エリーチカの家に再び向かっていた。
ほんのすこし目頭が熱いのは、彼のせいで間違いない。
デリカシーが足りないのだ。
鈴屋の悪戯で、あのような恥ずかしい言葉を吹き込まれ……
そして、あの追い打ち。
いくらなんでも、さっきのあれは酷すぎる。
さっきの……
「カカカ、まんまと鈴屋さんに食わされたな」
彼の意地悪な笑い声に、顔の熱が冷めそうにない。
想いを寄せる相手を目の前にして、これほどの辱めがあるのだろうか。
「久々に聞いたぜ。だいしゅ……」
「やめてください、ほんとに!」
鈴屋め……なんてたちの悪い嘘を……
しかしアルフィーが、いなくてよかった。
あのネズミなら、言葉の意味を理解した上で連呼しそうだ。
「しかし、なんでエリーチカの話なんてしたのさ。どっかで会ったの?」
「えっ……あっ……」
つい、返事を詰まらせてしまった。
真っすぐに見つめてくる彼の鋭い眼光が、鈍く光る。
「隠し事が下手だなぁ、ハチ子さんは」
「うぅ……はい」
まずい。
彼は洞察力が鋭く、実はけっこう切れ者だ。
色恋に対しては、絶望的なほど鈍感なくせに。
「それで、何があっ……」
「あのですね!」
無理やり会話のイニシアティブを握る。
もうここは、勢いのままで最後のカードを切るしかない。
「アーク殿は、エリーチカのことをどう思っているのですかっ?」
身を乗り出して、真剣に問う。
その勢いに押されてか、彼がごくんと喉を鳴らした。
「いや、まぁ。ふつうに可愛くて好きだけど」
──可愛くて
──好き
無意識に、ぶわっと涙が溢れる。
「え、えっ? ハチ子さん?」
ついで、感情が怒りへと変わってしまう。
「よかったですねっ! アーク殿なんてもう、好きにしたらいいですよっ!」
「へ……な、なに?」
「あとで、私の部屋に入ってください! 見てほしい物がありますからっ!」
「ど、どうしたの、ハチ子さん?」
その悪意のない表情に、ますます体が熱くなる。
「お幸せにっ!」
ダンッとテーブルを叩き、私はその場から飛び出した。
……あんまりですよ、アーク殿。
心の中で、もう一度つぶやく。
「相手が鈴屋ならともかく、これはあまりにも、あんまりです」
今度は声に出していた。
それで気が晴れることなど、微塵もないのだけど……
「ハチ子にだって、不満はあるんです。我慢の限界だってあるんです」
ひょいひょいと屋根を飛びながら、エリーチカの家の方角へと向かう。
「トリガー!」
彼が愛用するダガーを投げては、半ばやけくそ気味に叫んでいた。
碧の月亭を飛び出したときに、思わずリターンで持ってきてしまったのだ。
今は追ってほしくない、そんな気分だった。
そうしているうちに、鈴屋と見張っていた屋根の上に到着してしまう。
さて、ここからどうしたらいいものか。
私にはエリーチカと直接あう勇気なんてない。
せめて鈴屋がいれば……
「あ、ハチ子さんも来たの?」
すでにいた。
水色の髪を風に揺らせて、呑気にミルクを飲んでいる。
「あ、あ、あなたはぁぁぁ!」
「ハチ子さん、声おっきい。バレちゃうよ?」
「あんな嘘ついて楽しいんですか!」
鈴屋が、やだなーと手をパタパタと振る。
「めっちゃ楽しいよ?」
この女はぁぁ……
「それで~、なんか聞けたの?」
そして、どこまでも自分のペースだ。
心の底から敵わないと思えてくる。
「それはもう、色々と。あまりに腹が立って、プレゼントと手紙を見るように言ってきましたよ!」
しかし鈴屋はあわてる様子もなく、ふーむと可愛らしく唸る。
「じゃあ、あー君、エリーチカのところに来るよね?」
「……あぁ……たしかに来そうですね」
「お~け~。このまま張り込み続行だね~♪」
なぜ、そんなことを笑顔で言えるのだ。
「私は……アーク殿とエリーチカが顔を合わせる現場なんて……見たくないです」
「ハチ子さんは心配性だなぁ~。大丈夫だよ、あー君は」
どうして、そんなに自信をもって言えるんだろう。
彼女の澄んだ瞳には、一点の不安も見当たらない。
「それは、鈴屋はそうかもしれませんが……」
「ん~、そうじゃなくて。あー君が、私たち以外を選ぶことなんてないよ?」
「何を言ってるんですか。その場合だって、選ばれるのは鈴屋だけでしょう?」
鈴屋がなぜか、少し悲し気な笑顔を浮かべる。
そして、静かに首を横に振って否定した。
「だってあなたは世界の外側の人で……アーク殿もそうで……私は泡沫の夢なのですよ?」
物理的に私とアーク殿が一緒になれるわけがなく、なれるとしたら鈴屋ひとりなのだ。
だってこれは、この2人の物語なんだから。
「それなのに……」
しかし鈴屋が出した言葉は、私が予想もしていないものだった。
「帰る世界が一緒でも、私とあー君が一緒になることはないよ……」
一瞬、時間が止まる。
言っている意味が解らなかったからだ。
「なにを……言って?」
また寂しげに笑う。
「そのままだよ~。私とあー君は、最初からそういう運命なの。だから、ここでしか恋人のようになれないし、そういう意味だとね、私ってハチ子さんやアルフィーと大差ないんだよ?」
あまりに儚く悲し気な……まるで少女が泣いているような笑顔だ。
しかし、言葉に嘘はなさそうだ。
私の知らない外の世界の話……鈴屋は何を知っているの?
「鈴屋、あなたは……」
私がもう一歩、踏み込もうとした時だった。
「お前ら、朝からここで見張っていたな?」
灰色のロングコート姿の男が、無粋にも会話に割って入ってきたのだ。
油断したところでの、本筋差し込みでした。
その言葉の意味は……。