ハチ子と鈴屋さんの露払いっ!〈2〉
珍しいペアで、新鮮な気持ちになる2話目です。
ワンドリンク片手にどうぞ。
「あ〜くどのぅ〜ハチ子は悪い子です〜」
部屋の中で、私は途方に暮れていた。
こんなことをしても、何にもならないというのに。
ベッドの上に置かれたプレゼントに、罪悪感が上乗せされていく。
「ああぁぁぁぁ……」
そして崩れるように、ベッドへと倒れ込んでしまう。
出来心とはいえ、なんと卑しい行動をとってしまったのだ。
「どうしよう……」
いや……自責の念に潰されるくらいなら、今からでも遅くはない。
ちゃんと、アーク殿に渡そう。
決意を固め、立ち上がろうとした時だった。
コンコン──
「ひゃっ」
突然のノックに、体がビクッと大きく弾む。
まさかアーク殿? と、冷や汗が一瞬にして吹き出てしまう。
「ハチ子さん〜、いる〜?」
声の主は、鈴屋だ。
助かった……と、胸をなでおろす。
「ハチ子さ〜ん、ねぇ、いる〜?」
これは……どうすべき?
いや、この際……
私は扉まで駆け寄り、勢いよく扉を開けた。
「わっ! ……なに、ハチ子さん?」
「鈴屋、ちょっと来てください!」
返事を待つことなく彼女の手首を掴み、強引に部屋の中へと引きずり込んだ。
「な、な、なに、なに?」
ワタワタとして驚く鈴屋に、ベッドの上を指差す。
「アレッ!」
鈴屋が、ん〜と唸るようにして首を傾げる。
「プレゼント?」
「そうなんです!」
「もらったの?」
首をブンブンと振って否定する。
「あー君にあげるの?」
「そうじゃなくて!」
埒が明かず、さっき起こった出来事を説明する。
鈴屋はおとなしく話を聞いていたが、最後には額に手を当てて眉を寄せ大きく項垂れてしまった。
「なんなのよ、それぇ〜」
うな垂れ方に比例して、長い耳が力なく垂れ下がっていく。
彼女も、けっこう気苦労が絶えない。
「どうしましょう、鈴屋。やはりアーク殿に渡すべきですよね?」
「ん〜〜〜〜」
鈴屋は長く唸り、やがて……
「とりあえず、手紙みちゃおう!」
えぇっと驚きの声を上げるが、鈴屋はガサガサと手紙を開け始めた。
「鈴屋、さすがにそれは!」
「ん〜、私は見るよ? 気になるもん。あー君は私の管理下だし」
いかにも鈴屋らしい、ものすごい道理の通し方だ。
むしろ清々しい。
私がワタワタとしてる間に、まったく躊躇なく手紙を広げてしまう。
「見ないの?」
水色の髪を揺らせて振り返る顔が、あどけない。
やってることは、手紙の盗み見なのに……
「……見ます……」
その誘惑に、簡単に負けてしまった。
すみません、アーク殿……
罪悪感をチリチリと感じつつ、鈴屋の隣に並ぶ。
手紙は可愛らしい文字とイラスト付で、こう書かれていた。
親愛なる、アークさま
この町を救ってくれたアークさまが好き
強くて、かっこよくて、好き
いつか、結婚したいくらい好き
今度、逢いにきてね
AE9街区-B17-24
エリーチカ・ファル・ファーリン
しばしの無言。
気がつけば2人でその文章を、3度ほど読み返していた。
──好きって
──結婚って
もはやプレゼントなど、ただのオマケだ。
こうなってくると、ますます見せたくないし、でも見せなくてはならない内容だし……
「ハチ子さん。返事は後日、って言われたんだっけ?」
こくりと頷く。
「その前に……ちょっと、本人に会ってみたいかな」
「えぇ!? 会ってどうするんですか!」
「ん〜身元調査? ハチ子さん、得意でしょ?」
鈴屋が首を傾げながら、覗き込むように聞いてくる。
それは確かに、もともと本職だったけれど……
「気にならないの?」
痛いところを、容赦なく突いてくる。
私は少し考えると諦めるようにして、ため息をついてしまった。
「……なります」
どうにも鈴屋は、人を操るのがうまい。
私は仕方なく、鈴屋と共にエリーチカ探しをすることにした。
「住所は、この辺りのようですが……」
手紙に記されていた住所は、3階建ての建物がひしめく人口密度の高い地区だった。
「割と、お金持ちが住んでるエリアなのかな?」
「そうですね。レーナでは普通より、やや裕福な方だと思います」
話しながらも、きょろきょろと見回す。
似た建物ばかりで、見分けがつかないけど……
「あれ……ですね、たぶん」
ほどなくして、それらしき番号が書かれた扉を見つけられた。
「で、どうするの?」
「本来なら、盗賊ギルドで情報を買うのですが……」
対象が貴族や騎士なら、情報のストックもあるだろうけど、今回は本当に普通の一般市民だ。
まず、ギルドにも情報はないだろう。
そうなってくると、新規で調査を依頼しなくてはならない。
それには、お金も時間もかかってしまう。
「やはりここは、自分たちで張り込むしかないですね」
「えぇ〜、地味ぃ〜」
なんという、わがままな女だ。
アーク殿が甘やかしすぎてるせいですよ、と心の中で抗議をしておく。
「とりあえず、この扉が見える高所となると、向かいの建物の屋根上になりますね」
「えぇ〜、地道ぃ〜」
こ、この女はぁぁぁっ!
「いいから、上に移動しますよ!」
「もぅ〜。はいはい、シルフ呼べばいいんでしょ。人使いが荒いなぁ」
この女はぁぁぁぁぁぁぁっ!
帰ったらアーク殿に、甘やかし過ぎだと言ってやる。
ついでに少し甘えてみたり……
「ハチ子さん、にやけてる?」
「ふぇっ?」
そして、アーク殿に関連することに対しては、妙に鋭い。
「いいから早くしてください!」
「はいはぁい〜。んじゃぁ、シルフさ〜ん」
鈴屋が気の抜けた呼び方で、風の精霊を呼び出す。
「私達を上まで運んで〜」
なんという、横暴な使役の仕方だ。
それでもシルフは、健気に命令を実行する。
小さな風が体を包み、ふわりと浮き上がる。
そして、瞬く間に屋根の上まで移動してしまった。
「それで〜、とりあえず見てるだけ?」
「そうですね。接触をするにしても、観察の後です」
話しながら、扉が見えるように手鏡を置いて屋根の際から離れる。
「鈴屋もこっちへ。我々が見つかってしまったら元も子もありません」
「地味だなぁ……」
「またそんなことを……そうやって、いつもアーク殿を困らせているんでしょう?」
「そんなことないもん。私のが困らせられてるもん」
どの口が、それを言うのか。
不満げに口をへの字にしていて、それがまた可愛らしく、どこか腹立たしい。
「鈴屋は、アーク殿に甘え過ぎです」
「ハチ子さんだって、それは一緒でしょ?」
「わ、私はっ……!」
「甘えてるでしょ?」
そんなふうに真顔で問い詰められると、何も言えなくなる。
だって、あの人は甘えさせてくれるから……なんて理由にもならないだろう。
「私は……これでも我慢してます」
「どうかなぁ〜。私はハチ子さんが羨ましいけどね〜」
なぜか、その表情がかげる。
それはあまり見たことのない、彼女らしくない顔だった。
「鈴屋?」
「あ、誰か出てきたよ!」
わざとなのか、たまたまなのか、絶妙なタイミングで話をはぐらかされてしまう。
仕方なく鏡の方を見ると、たしかに扉が動く様子が見えた。
扉から出てきたのは、20代後半の男性。
黒髪で少し痩せた、優しい目をした男だ。
そして、その男を見送るように、扉から体を半分だしている女性。
「間違いない。彼女です」
鈴屋が緊張した面持ちで頷く。
栗色の髪をした女性は、短い談笑をしたのち扉をさらに開ける。
すると、今度は扉の奥から、ひとりの女の子が出てきた。
年齢は10〜12歳くらいだろう。
栗色の髪をした女の子は、男の頬に、可愛らしく“行ってらっしゃい”のキスをする。
そして例の女性も、それに習うかのように男と唇を重ねた。
誰がどう見ても、仲のいい家族だ。
あまりの出来事に、言葉を失う。
やがて……
『これ、絶対にダメなやつ!』
2人で声を揃えて、そう叫んでいた。
なんだこの話(笑)




