ハチ子と鈴屋さんの露払いっ!〈1〉
ハチ子さんが主役の一人称です。
笑い八割、真面目二割くらいの予定で、しばらくは笑いです。
お楽しみください。
またしても、読者様である『夜月ユウ』様に、超絶美麗なイラストを描いていただきました。
これを期に、どうぞ他の作品も御覧ください。
pixiv.net/users/10231937
海からの風が、私の髪を強くなびかせていた。
……少し伸びたかしら……
あまりに髪が暴れてしまうため、その煩わしさから無造作に結んでしまう。
アーク殿いわく、ポニーテールという髪型らしい。
鈴屋のように複雑な結い方も知らないし、そこまで長いわけでもないので、簡単に後頭部で結んでいるだけなのだけど……
──俺、昔からポニテとか好きなんだよねぇ
──ポニテ属性とか、男の子あるあるでさぁ
彼はそういうことを、何の気なしに言うのだから質が悪い。
そんなことを言われたら、この髪型を意識しすぎてしまうというのに。
彼の前でこの髪型にしたくなるし、したらしたで露骨だし……
「ほんとに……困った人」
言葉とは裏腹に、頬が緩んでしまう。
赤の月の出来事から、三週間ほどが経った白の月の周期。私たちは、ラナとともにレーナにもどってきていた。
ラナの帰りも護衛をしようと申し出たのは彼だ。
しかも、仲間なのだから無償だろうと言い出す始末で、相変わらずそういうところは誰にでも優しい。
それは嬉しくもあり、モヤモヤとさせられる部分でもある。
そして今日から数日は、しばしの休暇となっていた。
私はというと、朝の日課でもある自己修練を終えたところだ。
最近の……特にゼ・ダルダリア戦と、ホムンクルス戦での彼は、異次元の強さだ。
正直、出会った時とは大違いである。
彼の隣に立ち、彼の背中を護る者として、私はもっと強くならなくてはならない。
それにしても……
「かっこよかったな……」
つい、声に出してしまった。
単純に、“強さ”に見惚れるという感覚は初めてだ。
実際、異性をそういう目で見たことはない。
よくある“女性が強い騎士に向けて、黄色い声をあげる”ようなソレとは無縁の自分が、今や彼には心の中でキャァキャァと声を上げてしまっている。
不殺の暗殺者としての自分はどこへやら、すっかり恋する乙女を自覚してしまっていた。
最近では彼に何かプレゼントできるものはないかと、無意識のうちに露店の商品へと目を移す癖まで出来てしまっている。
……だって……
それにしたって、自分は貰ってばかりなのだ。
甘えてばかりなのだ。
対等といかなくとも、与えられるだけでなく、与える側になりたい。
支えて、甘えさせてあげたい。
なかなか鈴屋のように、うまくは出来ないのだけど……
「そもそも……男性にプレゼントなど、なにをすれば」
彼が何で喜ぶのか、さっぱり見当もつかない。
なんとなしに、気の抜けた彼の顔を思い浮かべる。
彼が言いそうなこと……
“そうだなぁ〜ハチ子さんがほしい”
ボッと顔が熱くなる。
そして頭をブンブンと振り、頬をペシペシと叩く。
……バカなの、私。
小川での“俺の宝物”発言のせいで、私の頭のネジも、相当おかしくなっているようだ。
そんなことをしているうちに露店通りを抜けて、碧の月亭が見え始めてきた。
……また、プレゼントを探し損ねた……
軽く落ち込みつつ、ため息を付いてしまう。
「仕方がない。明日、また見に……」
途中まで呟いたところで、言葉をつまらせてしまう。
碧の月亭の前に、少しおかしな人物がいたからだ。
見た感じ、20代中盤くらいの人間だ。
栗色の髪を腰まで伸ばした、綺麗な女性。
冒険者と言うよりも、町娘といった感じである。
女性は何か箱のような物を手に持ち、入り口から中の様子をうかがっている。
「仕事の依頼でもしたいのかしら?」
冒険者のたまり場である酒場には、一般の客は入りづらいものだ。
本来は冒険者ギルドに依頼をするものなのだが、たまにこうして直接依頼をしようとする人も少なくない。
とりあえずこのままだと、ただの不審者だ。
仕方なく、声をかけてみることにする。
「どうかしましたか?」
女性はビクッと飛び上がり、驚いた表情を浮かべながら振り向いた。
「いえ……あの……」
そんなに驚かれると、軽くショックなのだけども。
「何かお困りですか?」
極力、丁寧に話しかけてみる。
すると女性が私の顔を覗き込んできて、ややあって驚きの声を上げた。
「あなた、もしかして……あの御方のお仲間の方ですか?」
「……あの御方?」
女性が少し恥ずかしそうにしながら、視線を外して続ける。
「ほら、あの……『竜殺し』の称号をもつ……最近だと『腐敗の魔王』の将軍を倒したとかいう……」
魔王の将軍……ゼ・ダルダリアのこと?
さすがは伝説級の魔物、もう知れ渡っているとは。
……ということは、間違いなくアーク殿のことだろうけど……
「はい。たしかに、アーク殿と共に冒険をしています」
ここで嘘をついても、仕方がないだろう。
謎の優越感も生まれてしまい、頬が緩みそうになってしまう。
「よかった!」
女性が、安堵を混じえた喜びの表情を見せる。
「これ、アーク様にお渡ししてくれますか?」
女性が、持っていた箱を差し出してくる。
よく見ると、ピンクのリボンが巻かれており……
これって……ひょっとしてプレゼントでは……
「あと、この手紙もお願いします!」
勢いで受け取ってしまったプレゼントの上に、折りたたまれた可愛らしい封書を置かれる。
「読んでもらえれば、理解るはずですので♪」
「え……いや、あの……」
「お返事は、後日うかがいに来ますとお伝え下さい♪」
「あ、ちょっと待っ……」
しかし女性はペコリと頭を下げて、走り去ってしまった。
これはもしや……ラブレターというもの?
私ですら、プレゼントを渡せずにいるのに?
なのに、私が、渡すの? これを?
あまりの出来事に、思考が停止してしまう。
「渡したくない、渡したくないです!」
そして思わず、プレゼントを抱えたまま自分の部屋へと駆け出していた。
なんだこの話……(笑)




