鈴屋さんと夕凪の塔!〈13〉
もう少しです。(笑)
短めですので、休憩がてらにどうぞ。
塔の最深部に向けて、螺旋階段を駆け下りる。
最後尾を走るラナの姿を確認しつつ、罠は直感頼みにしていた。
恐らくレイノルズは、一直線にあの部屋へ向かったはずである。
罠を作動させる時間などないはずだ。
「アーク殿、作戦は?」
「2人の安全を確認できたら、速攻で倒す!」
この状況で、自分が冷静に対処などできそうになく思えた。
それならば、迷いのない速攻が一番だ。
「アークさま、レイノルズさまとお話をさせてください!」
「……努力はするが、約束はできないぜ。俺の優先順位は明確だからな」
「それで、かまいません」
ラナが息を切らせながら答えたところで、最深部の扉が見えてきた。
……扉は開かれたままだ。
つまり、入って来いってことだろう。
俺はハチ子と視線を交わし一度頷くと、迷わず部屋の中へと踊りこんだ。
部屋の中は、最初に入った時よりも明るくなっている。
壁の光は、強弱の調整ができるらしい。
「やぁ、よく来ましたね。竜殺しの冒険者」
真っ赤なローブに身を包んだレイノルズが、ガラスの柱の前で冷笑を浮かべて立っていた。
「まさか、上空にテレポートさせても生きているとは……これが冒険者というものですか?」
レイノルズが、いけしゃあしゃあと言ってのける。
「おいこら、イケメン。2人を何処にやった?」
いきなり斬りかかりたいところだが、2人の姿が見当たらない。
まずは、無事を確認せねばなるまい。
「そう、急かさないでください。大事な人質です。まだ、殺しはしませんよ」
そのふざけた口ぶりに、胸の内側が熱くたぎる。
ダマスカス刀を握る右手が、震えてしまうほどだ。
「ところで、導師ラナ。これはやはり、あなたの差し金ですか?」
濃い紺色の瞳が、卑しく細められていく。
ラナが迎え撃つように杖で地面をたたき、深く息をはいた。
「レイノルズさま。あなたは学院にもどり、すべての研究を開示する義務があります。私はその通達にきました」
「学院で、私のやりたい研究ができるとでも?」
「……禁忌に触れる研究は、許されておりません。賢者になり得たあなたが、なぜそれほどまでに愚かな考えに至ったのか、私はそれが不思議です」
いつになく口調が厳しいのは、導師としての責務があるからだろう。
あのオドオドとした雰囲気は、すっかり影を潜めてしまったようだ。
しかし当のレイノルズは、意に介した様子もない。
「究極へと至る魔術の研究を行う者こそが、賢者たり得るというのならば、私は正に賢者ですよ」
ラナが大きく杖をついて否定する。
「いいえ、あなたは愚者です。導師ラナの名において、あなたを封印対象とします!」
その強い語尾に、レイノルズの顔色が変わる。
みるみると表情が歪んでいき、内包する魔の欲望が全身から溢れ出ていった。
「魔神を呼び出し隷属させる私の崇高な研究をぉぉぉ、小娘導師にぃぃぃなにが理解るぅぅぅ!」
遂には冷静さの欠片もなくし、口調までも豹変してしまう。
「カカッ、本性丸出しでイケメンが台無しだぜ?」
「……だからハチ子は、アーク殿のほうが、かっこいいと申したのです」
「よせよ、こんなところで。照れるだろ? 結婚しよう」
「ふぁっ!?」
顔を真っ赤にするレイノルズに、このおちょくりは効いているようだ。
相手の判断力を鈍らせる高等な心理戦なのだが……ラナが、驚きと呆れの表情を同時に浮かべている。
あとで、ちゃんと説明しよう。
「見よぅぅ、我が実験の成果をぉぉぉぉ!」
レイノルズが謎の装置に触れて、何かを起動させていく。
すると柱の後ろから、わらわらと魔法生物が出てきた。
総勢10体以上はいるだろう。
「冒険者など、数で押せば問題ないのだよぉぉぉ!」
「……ガーゴイルに、人型のホムンクルス……ゴーレムはいないのか。自慢の魔神はどうしたよ?」
「あぁぁぁ、呼び出してやるとも、おまえらのなかまにぃぃぃ!」
そう言って、レイノルズが杖をかかげると、ガラスの柱に光が宿っていった。
柱の中にいたのは、例のエルフの幼子と……
「てめぇ……」
全身の血液が、カッと熱くなる。
残り2本の柱の中には、鈴屋さんとアルフィーが、一糸まとわぬ姿で閉じ込められていたのだ。
「なにしてくれてんだ、おい……」
「はっはぁぁ。安心してくださいよぅぅ。魔力水を汚さないために、解毒はしてあげてるからぁねぇぇ」
もはや立派な狂人である。
「これだけの上質な贄ぇぇぇ、きっときっとぉ、ゼ・ダルダリア以上の魔神が呼び出せるはずぅぅぅ!」
「あぁ、そうかよ」
狂戦士化の丸薬なしで、怒りに支配されそうだ。
沸騰した血液が、全身の筋肉を隆起させていく。
「アークさま……?」
「……大丈夫だ。こんな場所で魔法は使うなよ? 俺ひとりで十分だから」
恐らく今の俺は、さぞや怒りに満ちた顔をしていることだろう。
せめてラナには見せないように、まっすぐ前だけを見据える。
ハチ子が何も言わないでいるのは、俺の動きに合わせるつもりなのだ。
それならば、と背中の盾をハチ子に預ける。
「魔法生物は俺が倒す……鈴屋さんたちを頼めるか?」
俺の意図を汲み取り、ハイと短く返事をする。
本当に信頼できる相棒だ。
「さぁぁぁ、私の傑作品たちよぅぅ、蹂躙だぁぁぁ。蹂躙しろぅぅぅ!」
その命令に反応して、魔法生物たちが一斉に襲いかかってきた。
しかし怒りが沸点にまで達した俺には、恐れの感情など1点もない。
「絶界雷……」
術式に反応して、ダマスカス刀に稲妻が迸る。
そしてすぐさま、ガラスの柱に向けてテレポートダガーを投げつけた。
「トリガーッ!」
瞬間後、鈴屋さんが閉じ込められたガラスの柱の前まで転移をし、そのままダガーを手放す。
……待ってろ、いま助けるからな……
心の中でしばしの別れを告げ、キッと踵を返す。
俺はすでに、魔法生物たちの背後をとっていた。
「忍殺一閃っ!」
呼吸を大きく吐きながら、どれでもいいから斬りかかろうとする。
その時だった。
……なんだ、これ……
初めての感覚に、思考が止まる。
目に入る景色がモノクロになり──
すべての動きが、スローモーションに見えて──
ひときわ目立つ真っ赤な筆の線が──
横一文字に走っていく──
……この線の通りに薙げばいいのか?……
理屈ではなく、なんとなくそう感じた。
俺は迷うことなく、剣先を赤い線に向けて振り抜いていく。
次の瞬間、凍っていた氷が一気に溶け出したかの如く、時間が動き出した。
バリバリバリッ!
耳をつんざく強烈な雷鳴が、稲妻と化した斬撃ととも駆け抜ける。
そして、ゼ・ダルダリアの時と同じように、モンスターのシルエットが空間ごとズレていったのだ。
ただし、今回は──
10体以上いた、すべての魔法生物のシルエットだ──
あー君は ざんてつけん を おぼえた