鈴屋さんと夕凪の塔!〈12〉
もうちょいです。
マフラーが、バタバタと激しくなびく。
死へのカウントダウンが早口で行われているようで、冷静さを保つだけでも一苦労だ。
ここでハチ子に対して声を上げても、風の音が強すぎて届きはしないだろう。
ならば、とりあえず……
「トリガーッ!」
どちらにしろ、転移の範囲外にハチ子が飛ばされていたら、俺は死ぬのだ。
ダメ元でも試みるべきだと考えたのだが、結果は大当たりだった。
見える景色が切り替わった時点で、落下死は免れたと理解する。
「アーク殿っ!」
今回ばかりは、その呼び名が愛おしく思える。
ハチ子はテレポートダガーを俺に預けると、背中から抱きしめるようにし、指輪の力を発動させた。
「アーク殿、私の腕を縛ってください! とても下までもちません!」
たしかに、このままずっと抱きかかえろとか、無理な話だ。
俺は慌ててマフラーを外し、ハチ子の両手首を強く結びつけた。
とりあえずは、これで安心だろう。
「良かった。ハチ子さんと、それほど座標はズレていなかったんだな」
「ハチ子は、アーク殿が遠くの空に投げ出されたのではと思って……」
心配からか、腕に力が込められる。
「ここで、“背中にハチ子さんの柔らかい感触がぁ”とか言いたいところなんだけど……残念ながら、アルフィーの盾がしっかりと邪魔をしてくれているので安心していいですよ、ハチ子殿」
「バカなんですね?」
「……ハイ」
認めてしまって楽になろう。人はこうして堕落していく。
「それで、どこに降りましょう?」
「……そうだな」
フォーリングコントロールは、落下スピードをコントロールすることができる月魔法だ。
今は舞い降りる綿毛のように、ゆっくりとしたスピードで夕凪の塔に向かっている。
少しなら横方向にも移動は可能だが……
「塔の最上階か……下まで降りるか……」
考えながら塔を眺めていると、明かりの灯った窓に、チラチラと黒い影が集っているのが見えた。
「なんでしょうか……?」
目を凝らして見るが、遠すぎてはっきりとは確認できない。
「コウモリ?」
「……いや、にしても大きい。人型にも見えるな」
しばらく注視していると、コウモリのような何かが、窓を割って部屋の中へと入っていった。
そこで、それが俺達の部屋だということにようやく気づく。
「まずい、ハチ子さん!」
ハチ子もすぐに理解をしたのだろう。
部屋に向かって加速する。
しかし、落下速度を早めると横方向への移動が弱まり、思うように部屋までの距離を詰められない。
「駄目です、アーク殿!」
「直接は無理か……なら……」
俺はテレポートダガーを構えて、窓枠の中へと狙いを定めていく。
「もう少し詰めたら、俺が先に飛ぶ!」
「了解しました!」
「必中は使えないけどな……」
テレポートダガーは、魔法の武器だ。
魔法の武器には、さらなる魔法の重ね掛けができない。
つまり、俺の得意とする“術式必中”が使えないのである。
空中で抱きかかえられながら、俺の投擲スキルで部屋の中に投げ入れるしかない。
これは、けっこうな難易度だ。
「アーク殿、チャンスは一度しかありませんよ」
「カカカ、一度で十分!」
ピンチであるからこそ笑え、だ。
大事なのは、部屋への距離と角度だ。
焦らず、臆さず、タイミングを見極めろ!
そう自分に言い聞かせながら、腕に力を込めていき……
ここだというタイミングで、その力を一気に開放する。
ダガーは一直線に闇を差し、窓枠のど真ん中を抜けていった。
「トリガーッ!」
再び視界が切り替った時、俺は見事に部屋の中へと転移を果たした。
どうやら状況は、かなり悪そうだった。
ベッドに寝ているはずの、鈴屋さんとアルフィーの姿が見当たらない。
扉も開けられていて、ラナは2体の羽の生えたモンスターに攻撃を受けていた。
なぜ、魔法を使わないのかと一瞬疑問に感じたが、それはすぐに解消された。
この部屋に入った瞬間から、まったく音が聞こえないのだ。
おそらくは、鈴屋さんがアルフィー戦で使った、無音の空間を作り出す風の精霊魔法『サイレンス』で間違いないだろう。
奇襲の音を消しつつラナの魔法も封じられて、一石二鳥ってわけだ。
そしてラナを襲っているモンスター。
こいつは、魔法生物のガーゴイルで間違いなさそうだ。
ガーゴイルは、駆け出しの冒険者ならともかく、それなりに接近戦ができる戦士なら、それほど怖い相手ではない。
すぐに助けるぞ!
心の中でそう叫び、壁に立てかけておいたダマスカス刀を拾う。
そして、急ぎ振り返ったところで、ハチ子の姿が視界に入ってきた。
一瞬、ふたりの視線が重なり──
ひと呼吸おいて──
俺とハチ子は、自然と左右に別れて──
同時に刃を抜き放った──
ハチ子救出戦の時を想起させる、阿吽の連携だ。
右に飛んだ俺は『忍殺一閃』で、一刀のもとにガーゴイルを屠る。
左に飛んだハチ子は、青い残像を空中に描きながら、あっさりとガーゴイルを斬り崩してしまった。
この部屋の敵はこれで全てだ。
鈴屋さんとアルフィーは、部屋の外に連れ出されたのだろう。
俺は自分が使っていたマントを取り出すと、ハチ子の頭からバサリとかぶせた。
そして、いったん階段まで出て、海竜の盾の力を開放する。
どうやら、サイレンスの効果範囲は部屋の中だけのようだ。
ディスペル・フィールドを展開したまま部屋に戻ると、すぐに音が戻ってきた。
「ラナ、大丈夫か!」
ラナは腕から血を流しながらも、健気にハイと頷く。
「急に音が聞こえなくなって、外からガーゴイルが飛び込んできて……」
扉は魔法で施錠していたが、まさか窓から襲撃してくるとは思わなかった。
またしても、俺の失態だ。
「それからすぐに扉も解除魔法で開けられて、ガーゴイルが鈴屋さまたちを担いで廊下へ……。その時、レイノルズさまも、吹き抜けを降りていくのが見えて……」
「そうか。これで、はっきりしたな」
にしても……レイノルズとかいうイケメン、かなり手際がいいな。
あのエルフの幼子は、テレポートとアラートを発動させる役割をもっていたのだろう。
敵の侵入を確認し、排除と奇襲を同時に行うとか、決断も早い。
だがしかし、これだけの強行に出たのだ。
証拠の隠滅は必須であり、それはつまり俺たちを殺さなくてはならないということだ。
「おそらくレイノルズは、地下のあの部屋で、2人を人質にして待っているはずだ」
「……あの部屋?」
「あぁ。追いながら説明する。行くぞ!」
俺はそう言って、再び螺旋階段へと飛び出した。
吹き抜けを降下し、隠し通路を超える頃には、一通りの説明は終わっていた。
ラナは月光の魔法がかかった杖で、トントンと床を叩き思考を巡らせる。
「なるほど……なんとなく、全容が見えてきました」
おぉ……と、思わず声を漏らしてしまう。
この若さでも、彼女は導師なのだ。俺とは頭の出来が違いすぎる。
「アークさまが見たものは、恐らくホムンクルスです」
「……ホムンクルスって、人工的に作り出された、人型の魔法生物とかだよな?」
ラナが目を丸くして驚く。
「本当に、よく知っていますね」
「あぁ〜、まぁ俺にとっては予備知識みたいなものだ。それより、本当にそんなものが造れるのか?」
「はい。もちろん禁忌に触れていますが、書物自体は学院に保管されています」
時折、その表情に嫌悪の色が浮かび上がっていく。
同じ魔術師として、思うところがあるのだろう。
「レイノルズさまは、おそらく、ゼ・ダルダリアの受肉にホムンクルスを使ったのだと思います。アークさまが見たというエルフの幼子は、使い魔として製造し、見張り役にしていたのでしょう」
なるほど……どうりで、罠の発動から奇襲への判断が早いわけだ。
俺たちの存在に気づき、奇襲の準備をし、テレポートを使ったという訳か。
「ホムンクルスの製造は、生命倫理が問われる案件です。そのため、学院では論争が落ち着くまで、禁忌に指定しています。それに……魔族の召喚までしていたとなると、もはやレイノルズさまを見逃すわけにはいきません」
「そうだな……というか、鈴屋さんとアルフィーに何かしたら、俺は多分……」
その先は、言葉にしたくなかった。
しかし俺の宝物に手を出すというのなら、俺は怒りで手加減などできないだろう。
「急ぐぞ……」
焦りを殺し、冷静さをぎりぎり保たせて、俺は階段を駆け下りた。
もうちょいです。(笑)




