鈴屋さんと夕凪の塔!〈11〉
11話にしてやっとクライマックスに入ってきました。
お楽しみくださいませー!
階段には罠がないだろうと睨んだ俺は、解除魔法の効果が切れるのを待ち、再びダガーに炎を灯した。
そしてまた、グルグルと壁伝いに階段を降り続けていく。
階層的には何層分くらい潜ったのだろう。帰りのことを考えると軽く憂鬱になる。
「アーク殿」
ハチ子が声をかけてくる。
遂に、視線の先で終着点が見えてきたのだ。
俺は一度頷くと、唐突に姿を表した重厚な鉄の扉を注視した。
鍵穴もあるし、一見すると魔法の扉には見えない。
ここまでは魔法的な仕掛けにしておいて、ここで鍵付きの扉にしたのだろう。
魔法使いと盗賊がいなくては、突破はできないってことだ。
「ハチ子さん、ダガー持っててくれる?」
俺は炎のダガーを手渡すと、シーブズツールから針金を取り出し鍵開けを試みる。
内部は複雑な構造になっていて、難易度はかなり高そうだ。
「……開きそうですか?」
ハチ子が気遣うようにして聞いてくる。
「かなり難しいが……」
小さく呟いて返し……
カチャリ
「ま、こんなもんだ」
満面のドヤ顔を向けてみた。
「さすが、あーくどのぅ〜♪」
ハチ子が手を叩いて、自分のことのように喜んでくれる。
鈴屋さんなら「なぁに? 褒めてほしいの?」とか、意地悪なツッコミを入れてきていただろうに、ハチ子は素直すぎてこっちが気恥ずかしくなる。
俺はそれを悟られまいとマフラーを上げて口元を隠すと、扉に手をかけた。
「開けるぜ?」
ハチ子が頷くのを確認し、ゆっくりとドアノブを回して体重をかけていく。
すると、扉は抵抗することなく静かに開いていき、部屋の中から青白い光が漏れてきた。
俺は片膝をついたまま、辺りに警戒をしつつ部屋の中へと音もなく忍び入る。
どうやら人の気配はないようだ。
「かなり広いですね」
耳元に口を寄せ、声を殺して話しかけてくる。
「光は壁からだな。壁自体が発光する魔法でもかかっているのか」
どうせなら、ここまでの道のりも光る壁にしてほしかったものだが。
「あそこの……あれは何でしょうか?」
ハチ子が指差す方向には、3本のガラスの柱が立っていた。
柱は成人男性がふたりくらい入る大きさで、何らかの装置の上に設置されている。
筒の中は謎の液体で満たされており、時折コポコポと音を立てて泡が浮き上がっていった。
……アレは、やばそうだ。
目にした瞬間に、そう直感した。
SF好きなら、一度は目にしたことがある装置だろう。
青白い光に照らし出される、円柱の形をした水槽の中に何が入っているのか……正直、確認したくない。
「あぁ、くそ。まったくもって、嫌な予感しかしないな」
自然と悪態をついてしまう。
「確認しますか?」
「……するしかないな」
溜息をひとつし、低い姿勢のまま足音を殺してガラスの柱に近づく。
少し遅れてハチ子もやってくると、2人同時にゆっくりとガラスの筒を覗き込んだ。
しかし、中には何も入っていない。
2人で顔を見合わせ、無言のまま隣の柱へと移動をする。
そして同じように調べるが、やはりそこも空だった。
「……何もないですね」
俺としてはその方が有難いのだが、収穫なしってのも問題だ。
なにか証拠があってほしいという期待と、胸糞悪い展開だけは御免だという不安が入り乱れていく。
「よし、次だ」
俺は短くそう告げると、最後の柱へと移動した。
そしてまた、ハチ子と同じタイミングでガラスの柱を覗き込む。
どくん
自分の心臓が、大きく跳ねる音がした。
「アーク殿、これは……」
ハチ子の声が震えている。
無理もないだろう。
そこにいたのは、膝を抱えて眠るエルフの幼子だったのだ。
液体の中で揺れる水色の髪が、鈴屋さんを連想させる。
「生きているのでしょうか?」
ハチ子が、コッコッとガラスを指先で叩く。
「死んでるように見えないが……」
俺もそれを真似るように、コンコンとノックしてみる。
するとエルフの幼子は、ゆっくりと目を開けてこちらを見つめてきた。
瞳の中の無機質な鈍光が、俺の意識を吸い込もうとしているように感じる。
その光の奥底には意思……というか、確かな知性が宿って見えた。
「あぁくどのぅ……」
か細い声とともに、ぎゅぅと左手が握られてくる。
見ればハチ子が、真っ青な顔をして見上げてきていた。
「怖いの?」
目を強くつむりながら、こくこくと頷く。
「あぁ、俺も怖いぜ。でもびくつくハチ子さんが、死ぬほど可愛くて、とても癒されました」
「か、かわっ……こんな時に何を言ってるんですか!」
「こんな時だからこそ、助かりました。ご馳走様でございます」
「ば、バカなんですか?」
いやいや、この雰囲気……一人だと無理だぜ。
俺は基本的に、ホラーゲームは実況動画ですませるタイプなのだ。
自分でプレイとかしたら、一歩も前に進めないからな。
やはり『可愛い』は正義だと、俺は再認識させられたのだ。
「それで……この不気味な仕掛けは、なんなんでしょうか」
「ラナに見せないと何とも言えないが……この手の水槽は、生体標本、生体培養、治癒や生命維持を目的とした装置……ってぇのが定石だな」
ただこうして隠しているあたり、まっとうなことをしているとは考え難い。
後ろめたさ全開だ。
「この子、救うべきでしょうか?」
「いや、出したら死ぬ……なんてことも考えられる。ここはペンディングにして、一度ラナに相談すべきだろう」
それに、この子が味方とは限らないのだ。
ハチ子はできれば助けたいのだろう。複雑な表情で幼子を見つめている。
「……なぜアーク殿は、こんなことにも詳しいのですか?」
「あぁ。まぁ、元の世界でこういった物語がよくあったのさ」
その大概が人道を外れた結末なんだけどな、と付け加えて幼子に顔を近づける。
「ハチ子さんは、よく潜入任務とかしたんでしょ? こういうのは経験なし?」
「私の場合は機密文書を盗んだり、偽造文書とすり替えたりとかが主でして、この様な怪しげなものはないですね」
まぁ、そうだろう。
諜報活動=インテリジェンス・アセスメントであるならば、そのターゲットは魔術師や邪教徒ではなく、貴族たちとなる。
そうなると、やはりラナを連れてくるべきか……と、考え始めたその時だった。
エルフの幼子が、何かを唱えるかのように口をせわしなく動かしていく。
刹那、背筋に戦慄が走り、何らかの罠が発動する予兆を感じ取る。
「なんだっ!?」
……次の瞬間……
視界が暗転し、一気に景色が切り替わった。
「テレポーターか!」
そう、これは俺にとって日常的な感覚だ。
それ故に、思考のスイッチが切り替わるのも早かった。
すぐに状況を把握しようと、素早く頭をふる。
空には真っ赤な満月が見えて、眼下には巨大な塔が見えた。
手を握っていたハチ子の姿もない。
おそらくは、違う座標にテレポートさせられたのだろう。
どうやら俺は、古典的にして確実な死をもたらす、上空テレポーターの罠に俺は引っかかったようだ。




