鈴屋さんと夕凪の塔!〈10〉
夕凪の塔も気がつけば10回目です。
もうちょいかかります。
夕凪の塔のあとは、久々にハチ子さん主役の回をやる予定です。
予定ですけど。(笑)
俺は小部屋に入ると、ダミーダガーに不知火の術式をかけた。
ほどなくして、ダガーの刀身に炎がボゥと宿る。
窓ひとつなく完全な暗闇だった部屋の全景が、ゆらゆらとした炎の光に照らし出されていく。
「階段だけですかね?」
ハチ子の言う通り、地下へと伸びる階段以外に特筆すべきものはなさそうだ。
「できれば月魔法に明るいラナを連れてきたいところだが、もう少し調べるか。罠とかありそうだしな」
俺はそう言いながら、階段へとダガーを向ける。
階段は真っ直ぐに地下へと伸びており、その先までは見えない状態だ。
「アーク殿、テレポートダガーをお借りしてもいいですか?」
おそらくは罠が発動した時に、安全圏にいるハチ子のもとへトリガーでもどれるよう配慮してくれているのだろう。
黙って頷くと、ハチ子がリターンと唱えて逆手持ちでダガーを構える。
罠の『感知』と『発見』は、盗賊の基本スキルだ。
総合レベルが上がると、自動的にそのスキルレベルも上がっていく。
罠の『感知』は、罠が作動する直前に直感で察知する能力となっていて、とりあえず盗賊を先頭に歩かせる最大の理由がこれである。
もうひとつの『発見』は、能動的に罠を探すスキルだ。こちらはその都度実行しなくてはいけないため、探索スピードが落ちる原因にもなってしまう。使い所が重要だ。
「とりあえず階段には、罠はなさそうだな」
言いつつも警戒は怠らない。
階段は少し降りたところで、緩やかな螺旋を描き始めていった。
「入り口の幻術魔法で、ある程度のセキリュティレベルをクリアしているつもりなんだろう。罠を張るなら、もう少し先かなぁ」
「この通路の使用者が、罠を回避するための隠し通路とか用意してないのでしょうか?」
ハチ子の言葉はゲーム的にではなく、リアルに考えた時のあるあるだ。
罠を仕掛けた本人が遺跡最深部で引きこもっているならまだしも、その通路を日常的に使うのであれば、全ての罠を回避できる隠し通路を用意するものである。
元いた世界で人気を博していた某ゾンビゲーなんて、“普段からそんな面倒くさいことをして、奥の部屋に進んでるのかよ!”といったツッコミがありまくりで、ああいった仕掛けはゲームさながらである。
「あの入り口から推測するに、ここには魔法系の罠しかないんじゃないかな」
「なるほど……」
「それにここを秘匿エリアとするなら、できるだけ第三者を介入させたくはないはずだ。だから、盗賊を雇って罠を仕掛けるとかは考えにくい。魔法系の罠なら“本人だけはフリーパス”みたいに作れそうだから、隠し通路はないとみた」
「ふふっ……なるほど〜なるほど〜♪」
なぜに、そこで嬉しそうに笑うのか。
俺は軽く首を傾げつつ、続ける。
「考えられる魔法系の罠は、侵入を知らせるアラートだな。問答無用で殺しにかかってくるなら強制転移の罠で、壁の中とか空高くに転移させられる、そんなやつだ」
「上空ならば指輪の力で何とかなりますが、壁の中は……」
そうだ。
魔法系の罠で、それが一番こわい。
それこそ“RPGの礎”とも呼ばれる、某ダンジョンゲームにあったテレポーターの罠がそれだった。
罠が発動すると、壁の中に強制転移をさせられる。
そこで流れる絶望のメッセージ『いしのなかにいる』は、全キャラ救出不可能=キャラ消滅を意味するという、まさにゲーム史上最凶に無慈悲な罠だ。
「というわけで、ハチ子殿。階段が終わって通路に出たら“ディスペル・フィールド”を展開したいです」
「……うっ……了解です。後ろは絶対に見ないでください」
「今宵のハチ子さんは、お色気担当要因なんだな」
「なんですか、その不名誉極まりない役割は……」
呆れた口調で返すハチ子に、俺は思わず苦笑してしまった。
けっこうな長さの螺旋階段を進むと、ようやく平坦な通路に出た。
そこでまた海竜の盾を使用し、解除魔法エリアを展開する。
「ありゃ?」
解除エリアの効果が発動すると、たちまち視界が暗転し何も見えなくなってしまった。
「そうか……不知火も魔法扱いだから、解除されるのか。こんなことなら、松明なりランタンなり持ってくるべきだったな」
この盾の力は強力だが、考えて使わないと事故の元になりそうだ。
ハチ子の服が消えるだけならまだしも……
「アーク殿……」
「のひゃぁっ?」
俺の邪な考えが読まれたのかと思い、思わず声を上げてしまう。
しかしなぜかハチ子は、それ以上なにも言わない。
代わりに、ギュウと俺の背中に身を寄せてくるのだ。
「な、なにをしておいでで……?」
背中にハチ子の体が、ぴっとりとくっつく感触が伝わってくる。
「こうして背中にくっついてしまえば、とりあえず見えないじゃないですか?」
なるほど。
そうやって二人羽織の如く、常に前を隠しておけば問題ないわけだ。
……って、そんな馬鹿な話があるか。これは多分……
「はっちぃ〜、こわいんスか〜?」
図星なのだろう。
一瞬、返事が遅れてしまっていた。
「わっ、私だって女の子なんですよ。真っ暗なのは、ちょっと苦手なんです!」
そう言えば、幽霊船の時もそんなこと言ってたな。
俺の両脇腹を力を込めて握る様がなんともかわいい。
「そんなこと言ってると、ワンピースに宿るシェードが泣くぜ。遺跡じゃないんだから、こんなところに幽霊なんていないさ。もしいるとしたら、番人用に設置された魔法生物とかだろうよ」
魔法生物?……と、疑問符がついて聞こえる。
普通に暮らしていれば、まず目にしない存在だからだろう。
「メジャーなのは、ガーゴイルとかゴーレムかな。ここだと空を飛ぶスペースもないし、いてもゴーレムだろうけど」
「ゴーレムって、人型の大きなやつですよね? ハチ子は見たことないのですが」
「大きさや形状は、造り手次第だろうけどな。素材で強さや弱点が変わるんだよ。土・木・鉄・ミスリル銀、変わり種だと竜の牙とかな。もし、ミスリル銀みたいな超レアゴーレムがいたら、100%勝てないね」
今は手持ちの武器がダガーしかない。
こんな武器では、アイアン・ゴーレムにすら勝てないだろう。
ミスリル・ゴーレムともなると、対物理硬度・対魔法強度ともに最強の物質なわけで、完全にお手上げだ。
「そんなのが守っていたら、どうするのですか?」
「まぁ〜、そんな大きさのミスリル銀を用意すること自体無理だし、コマンド未登録・未使用のミスリル・ゴーレムが発掘されたなんて話も聞いたことがないから、まずいないだろうけどな」
もしそんな化け物がいたら、逃げの一手だ。
遁走もまた立派な戦術よ……などと軽口を叩いていたその時である。
前に出した左足が、着地するはずの地面を失い、ガクンと沈み落ちた。
「のわっ!」
「きゃぁ!」
しばらく壁伝いに手探りで進んでいたのだが、どうやら再び螺旋階段が現れたようだ。
完全に体制を崩して、前のめりに倒れ落ちそうになる。
俺は咄嗟に体を翻し、背中にいたハチ子を両手で抱きしめると、そのまま胸の中へと押し付けた。
ついで、背中に階段の角が何度も当たる衝撃が走り、そのまま滑り落ちてしまう。
「うっあ……いってぇ……」
逆さの体勢でハチ子を抱きしめたまま、痛みに顔をしかめてしまう。
「あぁ、くそっ……ハチ子さん、無事か?」
しかし、返事がない。
ハチ子の体を庇ったつもりだが、どこか打ち付けてしまったのだろうか。
「ハチ子、返事しろ。大丈夫か?」
もう一度声をかけると、腕の中でこくりと頭が動いた。
とりあえず無事なようで、ほっと胸をなでおろす。
「どうして、そうやって……」
少し震えた声が胸に当たって、こそばゆい。
「……どうして、いつも当たり前のように守ってくれるのですか?」
その台詞だけ切り取れば、俺が非常にかっこいい感じがするのだが……
実際こういった時、男なら誰だって本能的に体が動くものなのである。
何ひとつ、特別なことではない。
「咄嗟のことで、考える時間がなかっただけだよ」
心配するハチ子を安心させようと、背中をさすってみせる。
「大丈夫、心配ない。盾を背負っていたおかげで、ちょっと痛かった程度にすんだみたいだ」
しかしハチ子は、ふるふると首を横に振る。
「……あの……あぁくどの……」
ハチ子が言葉をつまらせる。
怪我もなさそうなのだが、中々に心配性だ。
「本当に大丈夫だから」
「……いえ、そうでなくて……」
妙に恥じらい全開の声色で、ゴニョゴニョと口ごもる。
そう言えば、ハチ子の背中に触れている指先の感触が妙に生々し……あぁっ!
「のわぁっ、ごめっ!」
慌てて体を起こし、ハチ子を両手で遠ざける。
そしてすぐに体を反転させ、ハチ子に背を向けるようにして階段に座った。
……あー君、ラッキースケベは計画的なピタゴラだからね……
なぜか、鈴屋さんの声がすぐ耳元で聞こえた気がした。
そのせいか……
「猛省しております、ごめんなさい」
俺は条件反射的に謝ってしまっていた。
おそるべしは、鈴屋さんの教育である……
【今回の注釈】
・いしのなかにいる……ウィザードリィですね。罠もそうですが、テレポートの魔法自体、座標を打ち込みしなくてはならず、数値を1ミスっただけで、このメッセージが流れてしまうことがあります。オートセーブがとても速いので、最速でリセットをしないとキャラがロストしてしまいます。無慈悲。