鈴屋さんと夕凪の塔!〈9〉
シリアスなラブコメです。
ワンドリンク片手にどうぞ。
「お気をつけて。儀式の証拠を掴めた場合は、深入りしないように一度引き返してきてください。先に解毒薬を手に入れた場合もです」
ラナが念を押すようにして言う。
俺はマフラーを口元まで上げると、それに頷いて応えた。
「あぁ、解毒薬さえ手に入れば不安要素は消えるからな」
今、窓際にある小さなベッドには、鈴屋さんとアルフィーが並んで眠っている。
解毒薬がひとつでも手に入れば、アルフィーが復活する。そうすれば、キュアポイズンで鈴屋さんも一発回復だ。
そこまでいけば、なんとでもなりそうだ。
「ラナ、2人を頼んだ」
金髪魔女っ子がコクリと頷くのを確認し、扉を締める。
しばらくして扉の向こうから呪文の詠唱が聞こえ、魔法による施錠が完了する。
「さて、麗しのアサシンさん、行きますか」
後ろに立つ、黒ずくめのハチ子に小声で呼びかける。
「かっ……からかわないでくださいよ」
ハチ子が赤くなりながら、困ったような笑顔をつくる。
しかしまぁ、隠密モードでもどこか色っぽいのだ。
ハチ子は今、いつもの黒ワンピースに、ピッタリとした黒色のロングタイツを履いている。
さらに同様の生地でできたロンググローブもつけ、肌の露出を極力抑えている。
しかし、それはそれでハチ子のスタイルの良さを際立たせるものがあった。
一方の俺はと言うと、いつもの黒装束に赤マフラー。
室内戦と隠密行動を考慮して、武器はテレポートダガーと、ダミーダガーの二本だけだ。
まぁ……代わり映えしない、いつもの俺だ。
違うとしたら、背中にアルフィーの盾を背負っていることくらいだろう。
「さて、今は8階ですが……どちらから行きましょう」
塔は中央を吹き抜けにした造りで、外側に走る螺旋階段沿いにいくつもの扉があった。
「ここより下は他の魔術師の部屋と、実験部屋とかがあるんだっけな。だとしたら、管理者しか自由に足を踏み入れられない上層が狙い目だと思うが……地下……なんてぇのがもしあるなら、そこも悪事の定番スポットだな」
ただし、地下だと入口を探す所から始めなくてはならないのだが……さて、どうすべきか。
「麗しのハチ子さんなら、どうする?」
「うるっ…………わ、私なら……」
ワタワタとしながらも、すぐに不殺のアサシンとしての表情が浮かび上がってくる。
その冷静な眼差しが、上から下にゆっくりと動いていき……
「下ですね」
迷わず結論を口にする。
「ちなみに、なぜ?」
ハチ子はもう一度上を向いて、やはり小さい声で呟いた。
「上は確かに怪しいです。ターゲットの部屋があり、ターゲットしか入れないエリアがある。しかし同時に、そこにはターゲットが高確率でいます。彼の行動パターンを知らないまま潜入するのであれば、さらに夜更けが望ましい。それならば、先により安全な1階で地下への入り口がないかを探ったほうがいいと思います」
「なるほど。ちなみに、1階まで行く間にある部屋は?」
「無視でいいでしょう。他の魔術師の出入りが自由なエリアに、目的とする物はないと考えるべきです」
ふむ……異論を差し込む余地はないな。
「よし、じゃあ下から行こう」
俺はそう言うと、おもむろにハチ子の細い腰に手を回す。
「ふぇっ……?」
ハチ子が、びくっと体を大きく震わせて、目を丸くし見上げてくる。
「指輪はある?」
「えっ……あっ……もちろんあります……けど?」
目をパチパチとするハチ子を力強く抱き寄せると、俺はそのまま吹き抜けへと飛び降りた。
「えぇっ、えぇぇっ、あっ! 発動せよ、フォーリングコントロール!」
ハチ子の言葉に反応し、落下スピードが緩やかになっていく。
しっかり小声なのだから、さすがと言うべきだろう。
俺はハチ子の腰に両手を回してしがみつき、悪戯心たっぷりの笑顔を見せるのだ。
「ばっ、馬鹿なのですか?」
「だって降りるの面倒じゃん。体力温存だよ」
「……まさか、抱きつきたいだけ……とかじゃないですよね?」
「それも視野に入れて、考慮に考慮を重ねた上での行動でございますよ、ハチ子殿ぅ〜」
「馬鹿なんですね?」
いやしかし、ラナの時もそうだったが、階段で足が死ぬとか結構シャレにならないのだ。
温存できる体力は、極力温存すべきなのである。
「だって、先に言ったら反対したろ?」
「……しませんよ」
呆れ顔で、予想の斜め上をいくボールが返ってきた。
……結果……
意識しまくりな2人は
今さらながらに
これ以上ないくらい顔を真赤に染め上げて
ゆっくりゆっくり
無言のまま降下していったのだ
「……悪戯もほどほどにお願いします」
俺は返す言葉も見つからず、無言で頭を下げて謝罪した。
1階は食料倉庫や、生活雑貨の倉庫がほとんどだ。
軽く鍵開けをして探索した程度では、地下への入り口らしきものは見当たらなかった。
地下で儀式といえば、ネヴィルとレイシィのことを思い出す。
レイシィは相変わらず、碧の月亭で看板娘をしている。たまに「お父さん、元気にしてるかなぁ」とか呟くものだから、俺の内心は複雑な心境そのものだった。
……もう一度、ネヴィルさんがいた所に行ってみるか……と、そんな事を考えている時だった。
「アーク殿」
ハチ子が、あまり使われなさそうな雑貨倉庫の壁に手を当てながら、声をかけてくる。
「どうした?」
何か疑問点ができたのだろう。
ハチ子は無言のまま片膝をつき、床を注視しはじめた。
俺もそれに習い床を睨むが、特におかしな点が見当たらない。
「ここ……この壁の方向に向かって、床のホコリがありません」
言われてみれば確かに、僅かながら床が綺麗な場所がある。
それは入り口から何もない壁に向かって、1本の道筋となっていた。
「何もない壁に向かって、何度も足を運んだ節があります。極めて不自然です」
俺は黙って頷くと、壁を調べ始める。
しかし、よくある起動スイッチの類が見当たらない。
そもそも、この奥に部屋があるのか。
コンコンと壁を叩くが、まるで空洞を感じない硬い音が返ってくるだけだ。
「ハチ子の気のせいでしょうか?」
「いや……ハチ子さんの目を信じよう。絶対に何かある」
普通は壁の何処かを押したら装置が作動するってのが定番で、何度も使うせいかその箇所だけテカテカしていたりするものだ。
他には壁付けの燭台や、本棚の本とかが起動スイッチになっていることもある。
しかしここには、それらしいものがまったく見当たらない。
だからこそ、怪しく感じる。
ここまで何もないと、ますます床に残る痕跡が不自然に見えてくるものだ。
「物理的な装置じゃないとしたら……魔法的な仕掛けか?」
そもそも魔術師の塔なのだから、そう考えるほうが自然だろう。
それならそれで、こっちにも便利アイテムがある。
「ディスペル・フィールドっ」
俺が小声で呟くと、背中に背負うアルフィーの小盾が反応し解除魔法の空間が広がっていく。
たちまち目の前の壁に、屈んではいれるくらいの小さな穴が生まれた。
「ビンゴだぜ。さすが、ハチ子さ……」
満面の笑みで振り向くと、そこには……
「あ、あ、あ、あぁくどのっ!」
そこには、涙目になって両手で胸を隠すハチ子の姿があった。
よく見ると、黒のワンピースだけが消え……って、あぁ、そうだった!
「なぁぜぇにぃ〜、それを使うなら、なぜに言ってくれないのですかぁ!」
「い、いや、事故だ、これは」
「アーク殿は、そんなにもハチ子を辱めたいのですかぁ!」
「ばっ、ばか、人聞きの悪い事を言うんじゃない」
「とにかくディスペルの効果が消えるまでは、こっちを見ないでください!」
そうか、だから今回の冒険はマントを羽織っていたのか。
アルフィーが盾の力を使うたびに服が消えては、たまったもんじゃないからな。
そして今は隠密行動をするために、マントを置いてきてしまったわけだ。
いやでも、それって……
「俺が悪いのではなく、ハチ子さんが不運なだけでは……」
「アーク殿、さっきのこともあるのですよ?」
「あいすいません。全面的に私が悪いです」
今日は謝罪の嵐である。
土下座ついでに、そのまま両手をついて四つん這いになり、隠し通路へと進み始める。
ハチ子もすぐに追従してくる。
あれ……でも、いま四つん這いになったら……
「絶対に振り向かないでくださいね!」
「さすがに今振り向いたら、殺されると認識しております。つまりは、そういう状態ってことですね?」
「馬鹿なこと聞かないで前だけに集中してください! それから、戦闘中でのそれの使用は禁止です!」
「えぇ!? でも、それは時と場合によるのでは」
「アーク殿。これ以上のことをされたらハチ子はもう、お嫁にもらってもらうしかないのですよ?」
たしかに……でも、それは……
「それ、むしろ喜ばしく思う人もいるんじゃ?」
「ふぁっ……ばっ……何なんですか、アーク殿はっ!」
「いや……だって、振り向けばハチ子さんと結婚できちゃうってことだろ?」
「馬鹿なこと言ってないで前に集中してください! 何なんですか……ほんとに、何なんですか」
そんな夫婦漫才のようなことをしながら通路を進んでいくと、少し小さな部屋へと抜ける。
そしてその先には、いかにも怪しげな地下へと繋がる階段が口を開いて待っていたのだ。