鈴屋さんと夕凪の塔!〈7〉
しばらくハチ子さんのターンです。
ワンドリンク片手に、お楽しみください。
「アーク殿!」
先程までの余裕はどこへやら、ハチ子がボロボロと涙を流しながら駆け寄ってくる。
俺は毒液の川から離れるように、体を横へと転がして倒れ込んだ。
「アーク殿っ、アーク殿っ!」
ハチ子が俺を抱きかかえようとするが、それを右手を上げて制する。
「左手に毒が付いている……から……気をつけろ。俺は……快気功に集中して……少しでも意識を保たせる……から……」
必死で呼吸を整え、快気功を発動させる。
「なぜ、なぜですか!」
「最後は、大量に毒液を出させるしか、なかったからな。誰かが、食らうしか、なかったんだよ。ハチ子さん、反対するだろ?」
何度も頷くハチ子に、思わず苦笑する。
「大丈夫、ラナには話してある。今すぐ、トリガーで塔に行って、薬をもらってきてくれるか?」
ハチ子が涙を拭い、キッと塔の方へと視線を移す。
そうだ、ハチ子なら間に合うはずだ。
そこまでが、俺の作戦なのだ。
「すぐに帰ってきます!」
ハチ子はそう言うと、塔に向けて一直線にダガーを投げ、姿を消してしまう。
これで駄目なら、ラナに氷結魔法で冷凍保存でもしてもらうしかない。
少なくとも、それまでは自己治癒をしながら延命するのだ。
気を鎮め、集中しろ──
シメオネのように、コントロールを──
呼吸をうすくうすく──
意識をうすくうすく──
それから、どれほどの時間が経過したのかわからない。
いよいよ俺の意識もなくなりそうだと、感じ始めた頃だった。
山の斜面を滑るように着地をして現れたハチ子の姿が、ぼんやりと目に写った。
「アーク殿っ!」
もはや声を出す気力もない。
ただ、笑顔を見せようとだけ努力する。
「今、薬をっ!」
ハチ子が小さなガラスの瓶を開けながら駆け寄ってくる。
そして瓶の口を、ハチ子の薄ピンク色をした唇へと近づけていくところで、俺の意識は途絶えてしまった。
「ん……うん……」
随分と熟睡した気分だった。
目覚めが、清々しく思えるほどである。
体力は完全に回復したと、自分でもわかる気がした。
とりあえず状況を確認すべく、瞼をゆっくりと開ける。
最初に見えたのは、しっかりとした石造りの壁だ。
左手にある窓からは茜色に染まる空が見え、陽の光が斜めに差し込んでいた。
空が近く感じるのは、きっとここが夕凪の塔だからだろう。
どうやら俺は、飾り気のない個室のベッドで寝かされているらしい。
「アークどの?」
聞き馴染みのある、凛とした声がすぐ傍でした。
声のした方向に視線だけを向けると、俺の腹部に顔を伏せていたハチ子が、頭を持ち上げようとしていた。
「よかった……」
俺の右手を両手で包むように握り、安堵の表情を浮かべている。
ずっと椅子に座って、俺のことを看ていてくれたのだろう。
「あぁ、すまない。いま気がついたところだ。どうなった?」
とりあえず、現状の説明を促す。
しかしその表情から、最悪の事態はなさそうだと読み取れた。
「アーク殿の解毒は間に合いました。ただ、薬が完全に効くまで、半日を要したようです。今は夕刻になります」
「そうか。ここまでは、ハチ子さんが運んでくれたのか?」
コクリと首を縦に振る。
「ハチ子さんに毒は移らなかった?」
髪を揺らせて頷く彼女のその頬が、僅かに朱に染まってみえた。
「わたくしも……その……アーク殿の薬を少し含みましたので……」
あぁ、薬を飲んだのか……それなら安心だ。
しかし、なぜに少し恥ずかしそうなのか、少しばかり疑問に感じる。
「ただ、塔にある薬はそれが最後でして、今また精製をしていただいております。抽出と精製には、2日かかるそうです」
「それは鈴屋さんたちの?」
「はい。鈴屋とアルフィーも、毛布にくるんでトリガーで運びました。今は別室で眠っております」
そう言って、鍵をふたつ見せてくれる。
「スリープでの眠りですので……一応、用心をして鍵はかけさせていただいております」
なんという気の利きようだ。
さすがハチ子、である。
「とりあえず、無事にすんだんだな」
「はい」
俺もようやく安心し、大きめのため息をついた。
「アーク殿が起きたら、夕凪の塔の管理者であるレイノルズさんから、お話があると言われております。ラナ殿も呼んでほしいと……」
「そうか。じゃぁ……」
右手をついて体を起こそうとすると、ハチ子が慌てて、跨るようにしながら俺の両肩を押さえつけてきた。
「まだ、駄目です! せめて日が暮れるまでは休んで……」
そして目を大きく見開いていき……
「……休んで……くだ……さい……」
顔を真赤にして固まる。
いや、あの……顔が近いですし……
そんなワンピース姿で太ももをあらわにして馬乗りにされたら、俺も目のやり場に困るのだけども……
「お、おぅ……」
できるだけ、意識してないですよぅ〜顔をして視線を外へと逃がす。
ハチ子はハチ子で戻るタイミングが難しいのか、しばらく跨ったままでいた。
やがてゆっくりと俺の胸に頬をのせ、体を預けてくる。
「あのぅ……ハチ子さん?」
絵的には俺が押し倒されたようで、気恥ずかしい。
「心配したのです、アークどの……」
そう呟いて、頬を擦り寄せてくる。
「ああいった作戦をとるのなら、それもちゃんと話してください」
声が少し震えている。
「……反対するだろ?」
「しますよ」
そんなに真っ直ぐ即答されては……いや、わかっているからこそ言えなかったわけで……
「だからといって、ハチ子さんにその役をやらせられないだろ」
「……アーク殿がそう考えるのは、理解できているつもりです……でも……」
ハチ子が、否定的に首を横に振る。
「いやいや……そこは、さ。女の子的な“守ってくれてズッキュンされちゃいましたー!”みたいな、そういうのが貰えれば、俺は嬉しかったり……」
わざとふざけた調子で言ってのけるが、ハチ子は少し不満気に見上げてくるのだ。
「どうせハチ子には、鈴屋みたいな“女の子的”要素なんてありませんから」
「……あぁ、いや……そういう意味では……」
「あと……ちゃんと、ズッキュンされてます」
「うん、ですよね。こんなことでトキめいてくれとか、ほんと調子にのって……へ?」
聞き間違いかと思い、ハチ子へと視線を向ける。
「いつもハチ子は、アーク殿に守ってもらうたびに、ズッキュンされております」
頬を上気させ両の目を潤ませながら、まっすぐに見つめ返してくる。
俺は、どう答えていいのかわからず……
「……お、おぅ。ありがとう」
などと、間抜け極まりない返答をしてしまった。
やっと塔につきました。
実はここからが本題になりますので、ちょっとだけ長めのお話になりそうです。




