鈴屋さんと夕凪の塔!〈6〉
6話目です。
夕凪の塔にまだ着きません。(笑)
視界が切り替わり、ゼ・ダルダリアの背後へと転移を果たす。
よし、まだ気づかれていない!
俺はすかさず前方へ、大きな放物線を描くようにしてテレポートダガーを投げた。
ダガーがゼ・ダルダリアの頭を越えていくと、奴はそれに反応して頭を動かしていく。
奴は目がいい。何せ、あの距離から俺とアルフィーに気づいたのだ。
ならば、その特性を逆手に取るべきだろう。
スッと音もなく背後から忍び寄る。
近づくほどに、これがとんでもない化け物だと再認識させられる。
身長は4メートルを超える歴戦の戦士で、紫色の肌は岩のように固く、その全身からは猛毒が絶えず噴き出ている。
まさに伝説級の極悪ボスだと、心の内で舌打ちをする。
こいつの毒をすべて回避するということは、無傷で完勝するということだ。
ならば、少々のズルい戦術も必要だろうよ。
「まずは、一太刀……」
すぅと空気を吸い、四肢に力を巡らせる。
そして集中力を高めながら、ためた力を一気に開放させる。
「一閃ッ!」
思わず新技の名前を口走りながら、背後から相手の左足首めがけてダマスカス刀を振り抜いた。
ダマスカス刀は、キラキラとした氷の結晶を生みながら剣先が消えるほど加速していき、そのまま勢いを失うことなく足首を捉える。
即座に反発する衝撃が生まれるが、それでもその勢いが殺されることはなく、ダマスカス刀は一本の剣線を描くようにしてゼ・ダルダリアの足首を両断してしまった。
俺の新しい技、相手の背後からのみ放つことができる必殺のニンジャスキル『忍殺一閃』だ。
ゲーム中だと、オーバーキルの場合のみ特殊アクションが発動し、相手を一撃で死に至らしめる。
また、一撃で倒せない体力の多いボスなどには、特大ダメージを与えられる。
まさに、ニンジャの醍醐味的なスキルである。
このような新しいスキルは、ある時、何となく体が思い出すような感覚で使えるようになる。
以前に編み出した『颶風・回転斬り』もそうだ。
この都合の良すぎる習得方法は、やはりゲームのそれに近い。
それはつまり、ここが現実ではないという意味と、ここでの自分は現実的な存在ではないと思わされてしまう瞬間でもある。
ちなみにスキル名やスキルの特性は、ゲームをしていた時に得た知識として知っている。
そのため今のところは、習得した時に「これ、何て技だ?」とはならないでいる。
例えば『忍殺一閃』は、かなり高レベルのニンジャスキルで、ニンジャ職の上方修正を目的として導入予定だったものであることを、俺は知っていた。
……そう、導入予定。
それはつまり俺があのゲームをしていた時には、まだ導入されていなかったことを意味している。
これらが一体何を意味しているのか、俺は何時か真剣に考えねばならないだろう。
しかし、今はその時ではない!
俺はすかさず、後ろに飛び退きながら予備のダガーに氷結バフの術式をかける。
目の前では体制を崩したゼ・ダルダリアが、左手をついて悲鳴のような声を上げていた。
「もう一丁っ!」
小さく助走をとり、力強く地面を蹴って宙に舞うと、身体を駒のように回転させて、ゼ・ダルダリアの左腕を斬りつけた。
「氷輪牙!」
氷結バフつきで颶風・回転斬りを行うことにより、技の性質が変化する複合スキルだ。
ゼ・ダルダリアの左腕に刀身が当たった瞬間、その回転が止まりそうなほどの硬さを感じるが、しかしダマスカス刀の刃は止まらなかった。
南無子自慢のダマスカス刀は、見事にゼ・ダルダリアの左腕を斬り落としたのだ。
「カカカっ! この刀、もう魔剣クラスじゃねぇの?」
そのデタラメな切れ味に、思わず笑ってしまう。
あの絶対領域娘、帰ったら死ぬほど愛でてやるぜ。
グゥァァァァァォゥゥゥゥォッ!
ゼ・ダルダリアが倒れ込むように振り向くと、無差別に毒液をぶちまけ始めた。
しかし俺がつけた傷口は、氷結バフの効果で凍り付いてしまっている。
そのおかげで、散布される毒液の量が軽減されている。
「トリガーッ!」
傷口が凍っていなかったら、あの斬れた腕からドバドバ毒液が出てしまっていただろう。
カウンターが弱まったおかげで、俺は何とか奴の背後へと転移をして逃れられた。
「お見事です、アーク殿」
そこにはすでに、マントを羽織るハチ子の姿があった。
「予定通りに足は殺せた。あとは斬り刻んで、毒の海を作るだけだ」
とはいえ、奴の体からは無尽蔵に毒が噴き出てくる。
いかに傷口を凍らせたところで、飛び散る毒液の全てを回避することは、雨粒をかわすのと同じくらい困難だ。
しかも俺の目的は、毒の海を作ることにある。
まさに矛盾が伴った作戦だ。
「ハチ子さん、頼むからくらうなよ? 常に一手先を読みながら、回避優先で頼むぜ」
「もちろん、ハチ子はハチ子の役割を果たします。それがアーク殿の助けになるのですから」
「あぁ、ハチ子さんが安全な限り、俺の安全は保障されるからな」
呟きながら、ダマスカス刀とダガーを構えなおす。
あとは、これを繰り返すのみだ。
「アーク殿……」
「んあ?」
ハチ子がポニーテールを揺らして笑顔を見せる。
「すご〜く、かっこよかったですよ♪」
予想の斜め上からきた台詞に、俺は思わず吹き出してしまった。
「んばっ、バカなこと言ってんな! 行くぞ!」
俺は赤らんだ顔を見せぬようにし、ゼ・ダルダリアとの距離を再び詰める。
ハチ子はこんな死と隣り合わせの最中で、恐怖を感じないのだろうか。彼女は時折、ピンチの只中にあっても安堵に満ちた笑顔をみせてくれる。
本当に不思議な娘だ。
「一閃っ!」
背後から忍び寄る1本の剣線が、ゼ・ダルダリアの脇腹を鮮やかに薙いでいく。
ゼ・ダルダリアが、たまらず咆哮をあげながら、振り向きざまに右手を振り下ろしてくるが……
「トリガー!」
次の瞬間には、俺はまた奴の背後へと転移していた。
ハチ子がテレポートダガーを持ち、ひたすら奴の背後へと移動しているのだ。
彼女の足の速さと、フロム・ダークネスの力があればこその作戦だ。
こうして背後攻撃と一撃離脱を繰り返していれば、いかに伝説級の魔物でも倒せるはず……なのだが、実はそんなに簡単ではない。
ゼ・ダルダリアのベースはダークトロールだ。
トロールは再生能力が高い。
いくらあの石のような肌を切り裂いても、たちまち傷がふさがってしまう。
両断した足首も、すでに肉腫のような塊ができつつある。
加えて、やはりあの毒液だ。
すでにゼ・ダルダリアのまわりは、毒の海となりはじめている。
もちろん、足でも突っ込もうものなら、一発であの世行きだ。
いよいよ、地に足をつけて戦うこと自体がリスクとなる。
「アーク殿、まだですか!」
ハチ子も、それを理解している。
「まだだ、あと少し毒を出させるぞ!」
ここからが勝負だ!
──集中、集中、集中。
己を極限まで研ぎ澄まされた一振りの刀だと思え。
──加速、加速、加速。
相手の毒液よりも速く動き、その雫の一粒も見逃すな。
すべての動きに対して、考えるよりも速く反応しろ。
──斬る、斬る、斬る。
意識を真っ白になるまで飛ばして、相手の背後に回りながら連撃を打ち込め。
ひたすらに斬り続ける、キリングマシーンになれ。
──動け、動け、動け。
瞬きする間すら足を止めるな。
常に駆けて、奴よりも高く飛べ。
「あぁ……くどの」
心配されているような声で、呼ばれた気がした。
しかし俺は止まらない。
思考はとうになくなっている。
「オオォォォぉぉっ!」
雄叫びを上げながら、凄まじい速さでゼ・ダルダリアの周りを回転するように駆け抜ける。
飛び散る毒液は氷結の刃で薙ぎ払い、氷の華を咲かせて落とした。
俺の作戦は、もうすぐ完成する。
この先の俺の行動について、1点だけハチ子には説明してないことがある。
しかし彼女なら、きっとうまくやってくれるはずだ。
乱舞とも呼べる高速移動と連続斬りの最中、遂に雪月華の効果が切れる。
俺はその瞬間を待っていた。
「とどめ、行くぞ! ラナ!」
声を上げながら体を駒のように回転させて、ゼ・ダルダリアの腕を両断する。
すでに氷結バフは消えている。
それ故に傷口が凍ることはなく、勢いよく血と毒が吹き出す。
ここに毒の海が完成した。
「アーク殿!」
トリガーが間に合わないことも予想済みだ。
飛び散る毒液の雫を目で追いながら、ハチ子の位置を確認する。
パーフェクトだ。
俺は、彼女とゼ・ダルダリアの間に立っていた。
この距離では、俺もハチ子も毒液は回避できない。
それならば……
「ダメっ!」
しかし俺はその声を無視し、彼女を守るように左手を伸ばす。
そしてハチ子へと向かっていたゼ・ダルダリアの毒液を左手で弾いた。
「アーク殿!」
俺は毒に侵された痛みを感じながらも、作戦通りだと笑みを返す。
「榊の杖よ、その力を解き放て!」
完璧なタイミングで、ラナの声が聞こえた。
そして、ふたつの呪文が重なって詠唱される。
『月よ、魔力の吹雪で全てを凍らせよ!』
『月よ、魔力の氷槍で穿ちぬけ!』
次の瞬間、毒の海に巨躯を沈めるゼ・ダルダリアに対して、海面をも凍らせたラナの氷結魔法が吹き荒れた。
それを合図に、この作戦は最終フェーズに入る。
ゼ・ダルダリアは、大量の毒液が凍ったせいで身動きが取れなくなっていた。
まさに、この状況を作るための作戦だったのだ。
「ハチ子、あとは頼んだぜ!」
俺はそう叫ぶとダガーを投げ捨て、ダマスカス刀を後ろに引いて一気に間合いを詰める。
「忍殺一閃ッ!」
気合とともに放たれた1本の剣線が、ゼ・ダルダリアの首と重なり駆け抜ける。
刹那、時が止まったかのように静寂が訪れ……
ゼ・ダルダリアのシルエットが、空間ごとズレるようにして離れていったのだ。
バレンタインネタやりそこね……あー君、またチョコもらえずです
誰かあげたげて(笑)