鈴屋さんと夕凪の塔!〈5〉
せっかくの祭日ですし、更新しちゃいます。
お気軽にどうぞー。
次の日、俺達は腐敗の山道を眼下に捉えながら、一定の距離を開けて並走するように登っていた。
ゼ・ダルダリアは、腐敗した道筋のどこかに必ずいる。であるならば、何も馬鹿正直に腐敗の山道を登る必要はない。
腐敗の山道を見下ろせる位置から探したほうが安全なはずだ。
「あっちは異常ない、です」
ラナが杖で地面をトントンとしながら、目を合わせることなく教えてくれる。
あちらとは、鈴屋さんたちが眠るテントのことである。
テントにはハイドクロースがかけてあり、かなり近づかないと見つけられないのだが、それでも無防備な美少女2人を放置するというのは色々と心配がつきまとう。
そこでラナの提案により、彼女が使役する使い魔に見張らせることとなったのだ。
ラナの使い魔は真っ黒なカラスで、テントを見下ろせる木の枝から見守っている。
使い魔とは五感の共有化がされるため、こうして離れていても使い魔の目を通して状況が把握できるのだ。
ちなみに痛みも共有化されてしまうので、偵察などに使うのは危険を伴ってしまう。
ゼ・ダルダリアを探すことに使わなかった理由もそこにある。
「使い魔からの視界って、どんなふうに見えるんだ?」
ラナが、う〜んと可愛らしく唸る。
「どちらに集中するか、によりますね。使い魔に集中すれば、使い魔の視界しか見えなくなりますし、意識から外せば見えなくなります。逆に集中力が乱れると、同時に二つの景色が重なって見えてしまいます。慣れるまで、かなり大変です」
話しながらトントンと杖を地面に打ちつける。
その変な癖、いつか突っ込みたいぞ、俺は。
「そうか。負担をかけてすまないな。一応、もう一度確認しておきたいんだが、先に倒したほうがいいんだよな?」
「はい。塔にいる月魔術師の身も心配ですが……私の経験上、月魔術師は誰よりも慎重です。おそらく自分たちの安全を確保したうえで、ゼ・ダルダリアが討伐されるのを待っていると予測します。つまり、討伐をしないと扉を開けてくれない可能性があります」
三角帽で目元を隠しながら、申し訳なさそうに話す。
同じ魔術師として、心の何処かで後ろめたさを感じているのだろう。
「まぁ、ゼ・ダルダリアを何とかすれば、きっと塔に閉じ籠もった連中も、その重い扉を開けてくれるだろうさ」
ラナが小さく帽子を揺らす。
本当は先に解毒薬をもらって、鈴屋さんとアルフィーを起こしたほうがいいに決まっている。
鈴屋さんの強力な召喚魔法なら、遠距離から安全にゼ・ダルダリアを討伐できたかもしれないからな。
「ごめんなさい……」
俺は首を横に振り、笑顔を返す。
「昨日説明した作戦は、この三人が適任だ。どちらにしろ、この三人でやるしかなかったさ」
「そうですよ、ラナ殿。大丈夫です。阿吽こそが私とアーク殿の……」
そこまで言って、何かを思い出したのだろう。
その先の言葉を飲み込んで、恥ずかしそうな表情を浮かべている。
「カカカ、あん時も名前付きだったな。たしか、リザードマン・ニクスだっけな」
「違います、あの時はもう魔族のウイルズでした。しかしもう、あんな醜態はみせませんよ」
「そうだな、今回は失敗するわけにはいかない」
「はい、私とアーク殿のコンビネーションが悪いと思われてしまいます」
そこなの?と苦笑すると、ハチ子は真剣な表情で食い下がるようにして抗議の声を上げた。
「私とアーク殿のコンビネーションは、他の誰にも真似できないものです! 絶対にコンビネーションが悪いだなんて思われたくありません!」
「そんなこと言うの、アルフィーと鈴屋さんくらいだって」
「ハチ子は、それが心外なんです」
まぁたしかに、ハチ子とのコンビネーションは、一朝一夕では真似できない特別なものだ。
特に二人でテレポートダガーを使う戦術は、ハチ子としかできない。
まだまだ応用が利きそうだし、コンビネーションそのものが武器となっていくだろう。
ゲームとかでよくある、コンビ限定の合体必殺技ってやつだな。
そんなことを考えていたら、ラナが不思議そうな目を向けてきていた。
「なんだ?」
「あの……アークさまは、鈴屋さまとお付き合いをしているのだと思っていたのですが……もしかして、ハチ子さまと、お付き合いしているのですか?」
「……へ? いや、そういう関係じゃないけど……」
「そうですよね~。アーク殿は、鈴屋やアルフィーとキスをしてますが、お付き合いはしてないんですもんね~。私なんかキスすらしてませんから、もちろんお付き合いなんて、ね~?」
「き、キッス?」
お子様に爆弾を投げましたな、ハチ子殿。
ちょっとむかついておられるんですな、最近の俺のいい加減さに。
「ハチ子殿、大事な作戦の前でラナが混乱しておられる。あまり複雑な人間関係を、今ここで話すべきではない、と俺は考えるのだよ」
ハチ子もそれは感じたのか、今度は小声で耳打ちして返すのだ。
「アーク殿は、ラナにも好かれたいというのですか?」
口を小さくとがらせるクールビューティーに、死ぬほど萌えそうである。
このままでは、いつか全員の爆弾が爆発して、俺はボッチで月見酒をするなんていう悲しいエンディングがやってきそうだ。
とりあえずここは、正直に思ったことを言っておくべきだろう。
「拗ねるハチ子さん、超かわいいっすね」
その一撃でハチ子があっさりと撃沈した。
顔を真っ赤にし、口を何度もパクパクと動かしている。驚きと呆れとで言葉を失くしてしまったのだろう。
斜め上への攻撃は、ヒットすると大きな効果を生むものだ。
「なんか、色々と複雑なようです、ね」
挙句にこんな少女に気を使われてしまい、俺とハチ子は、なぜか情けない思いをしたのだ。
グォォォォォォォゥゥゥ……
威嚇ともとれる低い唸り声が聞こえる。
俺たちは今、眼下にゼ・ダルダリアの姿をはっきりと捉えていた。
「作戦通り、俺とハチ子さんで斬り込む。ラナはタイミングだけを見ていてくれ」
ラナが杖を両手で握りしめて、こくこくと頭を傾ける。
緊張しているようにも見えるが、海竜戦で勇猛果敢に戦ったラナのことだ。しっかりと役目は果たしてくれるだろう。
「ハチ子さん、俺たちは海竜戦以上に決死の作戦となるかもしれない」
「はい。死ぬ時が一緒というのは、ハチ子にとってむしろ安心です」
笑顔だが、冗談で言ってなさそうだ。
「死ぬなって意味だぞ?」
「もちろんですよ、アーク殿。ただこの戦場に、私の思う最悪の結果はないってだけです」
ハチ子は冷静にゼ・ダルダリアの方へと目をやり、音もたてずに残像のシミターを引き抜いた。
完全にアサシンモードに入っている。
「オーケイ。俺もたまには、ニンジャらしいところを見せてやるか」
マフラーを口元まであげ、美しい波紋模様が浮かぶダマスカス刀を引き抜き、その刀身を左手でなぞる。
「雪月華……」
パリッと音を立てて、刀身から小さな氷の結晶が花ひらく。
心なしか前のニンジャ刀の時より、結晶や冷気の量が多い気がする。
ダマスカス刀の特性かもしれない。
「俺の奇襲からだ。準備は?」
テレポートダガーを握り、構えに入る。
「いつでも、アーク殿」
「作戦通りに、アークさま」
背中で返事を受け取ると、俺は深呼吸をひとつし、ゼ・ダルダリアにむけてテレポートダガーを投げつけた。




