鈴屋さんと夕凪の塔!〈4〉
短めですが、キリがいいので更新してしまいます。
戦闘?と思いきや……の回です。
さぁ、みんなでキュン死しましょう。
丑三つ時、静かな森の中で聞こえてくるものといえば、すぐ傍を流れる小川のせせらぎくらいのものだった。
時折、薪のはぜる音が静寂の中に響いていくが、それのせいでモンスターが近寄ってくるということはない。
テントで就寝中のハチ子とラナも静かなもので、ひとり見張り役の俺は火を絶やさないようにしながら、揺らめく炎をぼんやりと眺めていた。
……またしてもアルフィーに救われて、鈴屋さんにカバーをしてもらった……
もし彼女たちが起きていたら、仲間なんだから当然だとか言われそうだが、それでも気にならない訳がない。
慎重にいきすぎて、判断が鈍ったのは明白だ。
「俺がもっとしっかりやっていれば……とか、考えてますか? アーク殿」
不意に声をかけられる。
確認するまでもない、ハチ子だ。
「……見張りの交代まで、まだ少しあるぜ?」
ハチ子がマントにくるまるようにしながら、焚き火を挟んで向こう側に座る。
そして黙ったまま、じっと俺の目を見つめてくる。
「……まぁ…な……」
ハチ子はやはり黙して語らない。
しばらくは静寂と沈黙が、その場を支配していた。
アルフィーと鈴屋さんがいないだけで、これほど静かになるものなのだろうか。
「明日、ゼ・ダルダリアを倒して塔に行けばいいだけです。大丈夫ですよ」
そうだな……と答えて、やはり言葉をつまらせてしまう。
せっかくハチ子が励ましてくれているのに、俺は……と、また自己嫌悪に陥りそうだ。
「アーク殿は抱え込みすぎです。鈴屋もその傾向がありますが……」
「そんなつもりは、ないんだけどな……むしろ頼りまくってるし……」
「……そうでしょうか?」
「そうだよ。仲間が頼もしすぎて、俺は日に日に弱くなってるんじゃないかと錯覚しそうだぜ」
「そんな訳無いでしょう」
ハチ子が声を殺して笑う。
そしておもむろに指輪を外し、柔らかそうな布で磨き始めた。
その動きがあまりに自然で、ついつい見入ってしまう。
しばらくしてハチ子が俺の視線に気づくと、慌てた様子で指輪をはめなおす。
僅かに顔を赤らめるあたり、無意識での行動だったのだろう。
「すみません……時間があると、つい……」
「癖? 指輪を磨く癖とか、また風変わりな……」
「だって……」
ハチ子が一度言葉を飲み込み、やがてゆっくりと続ける。
「……これは、私の宝物ですから……」
「ただのコモンマジックだぜ?」
「これも……背中の傷も……鈴屋との日々も……アルフィーとの喧騒も……今のハチ子には宝物なんです」
あぁ……と、それには目を閉じて同意する。
今の俺もそうだ。
鈴屋さんとも、ハチ子とも、アルフィーとも……この世界で出会った人と過ごした日々は間違いなく宝物と呼べる。
「アーク殿は……アーク殿にも宝物はありますか?」
「あぁ、あるよ。たくさんな」
「……意外ですね。アーク殿は、それほど物持ちな印象がないのですが……」
「何を言う。ありすぎてバビロニアの宝物庫がほしいレベルだぜ。なんなら、すぐそこにも置いてあるぜ?」
そこ?……と首をかしげるハチ子に対し、顎をくいと上げて方向を指し示す。
ハチ子は不思議そうな表情のまま立ち上がり、足元に注意しながらゆっくりと歩いていった。
「……どこですか?」
「もうちょっと先だよ」
暗闇の中、ハチ子が月明かりを頼りに足元を注視していく。
しかしまだ見つからない。
そうしているうちに、小川のほとりにたどり着いてしまう。
「アーク殿〜、この先はもう川なのですが……」
「そこにあるよ。ちゃんと見てみ?」
「川の中にですか?」
こくりと首を縦に振ると、ハチ子は両膝をついて水辺を覗き込み始めた。
「……何もないのですが…………もしかして、からかっているのですか?」
いよいよ怪しみ始めてきたので、俺は最後のヒントをあげることにした。
「ちゃんとあるよ。そこに何が見えるか、言ってみ?」
「なにって……川底には何もないですし……あとは、赤い月と私が映っている…だけ…で……」
そこまで言って、ようやく気づいたのだろう。
ハチ子は顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。
……こんな定番の手に引っかるなんて、なんと可愛いのだ……
「どうしたの、ハチ子さん。顔が真っ赤だぜ?」
「あっ……赤い月の光のせいです!」
そんなことを真っ赤になりながら言うのだから、もう俺は萌え死にしそうである。
「やっぱり、からかっているのですね!」
ハチ子はよほど恥ずかしかったのか、口を小さく尖らせながら早足でもどってきた。
そしてそのまま、俺の隣に勢いよく座る。
「いやいや〜本心よ。俺も今や、宝物でいっぱいなんだよ」
カカカと笑う。
「アーク殿は本当にズルいです!」
ぷぅと頬をふくらませるという鈴屋さんお得意のアクションコマンドを、クールな元アサシンが見せてくる。
いよいよギャップ萌えまでも使いこなし始めたハチ子に、俺は今すぐ転がりまわりたい気分である。
「ほんとに……ズルい……」
呟きながらも膝を抱えて口元を隠す。
その顔は、いまだに赤く火照ったままだ。
「……ほんとは今、すごく甘えたいのですが……それは鈴屋たちにとって“ズルい”ので、甘えないでおきます……」
「それを口に出して言うところも含めて律儀だよな、ハチ子さんは……」
「ハチ子は……鈴屋もアルフィーも大事なのです。でも……その代わりにひとつだけ……明日、頑張るために……いいですか?」
ちらりと視線を向けて様子をうかがってくる。
「なんだ?」
「……ハチ子の本当の名前を……呼んでもらってもいいですか?」
本当の名前……たしか……アサシン教団を抜ける時に言ってたアレか。
「……あぁ、まぁそんくらいは…………じゃあ……」
見上げてくる顔が、餌を期待する犬のそれに似ていて可愛い。本当に素直な娘だ。
「アヤメ……」
その瞬間、ハチ子は目を大きく見開き、息を飲み込んだ。
やがて、耳の先まで真っ赤にすると、膝に顔を埋めて完全に隠してしまった。
「えっと……言ってる俺も恥ずかしいんですけど……」
「……私は死んでしまいそうです……明日の戦闘で死んでも、思い残すことはありません……」
「やめて、縁起でもない」
思わず苦笑する。
たしかに、この時間……
こんな時間が永遠に続けばいいのにと、俺も願わずにはいられなかった。
【今回の注釈】
・バビロニアの宝物庫………王の財宝 (げーとおぶばびろん)の英雄王ギルガメッシュ様、尊い…




