表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/504

鈴屋さんと夕凪の塔!〈3〉

第三話です。

色々と大変です。

ワンドリンク片手に、どうぞ。

 腐食した道を山頂に向かってしばらく登ると、奴はいた。

 その圧倒的にして一種異様な存在感から、こいつで間違いないと確信めいたものを感じる。

 ついで、脳内に警鐘が鳴り響いた。


「やべぇ……あれはやべぇ奴だ……」

 ゴクリと唾を飲み込む。

「……あーちゃん……あれ、巨人族?」

 アルフィーの質問に、曖昧な頷きで返す。


 ……視線の先にいる生き物……


 身長は4メートルを超えている。

 鋼のように引き締まった筋肉は、ソレそのものが鎧のようだ。

 鬼の形相を浮かべるそのモンスターは、おそらく『トロール』種で間違いないだろう。

 しかしその肌は不自然な紫色をしており、赤く光る眼からは一切の知性を感じられない。

 あれは、狂戦士の目に似ている。

 いや、あれがただのトロールだとしても、相当な修羅場をくぐり抜け、強さを追い求め、自己を研鑽した歴戦の戦士には違いない。


「ラナは……」

 ニンジャ刀を抜いて後方に視線を向ける。

 どうやらラナも、視認できたのだろう。慌ただしく例の本をめくっているところだ。

 一旦後ろに下がるべきかと思い、ハチ子に合図を送ろうとしたその時だった。


「あーちゃん、危ないっ!」

 俺の視界を白毛の女戦士が横切る。


 次の瞬間!


 バシュゥゥゥゥッ、と何かが溶けるような耳障りな音がした。


「ゔぁぁぅ、ぐっ!」

 悲鳴を上げながら顔をしかめるアルフィー。

 その白い肌には紫の液体のようなものが所々に付着しており、付着箇所からは煙が上がっていた。


『ヴォぉぉぉぉぉぅぅぅ!』 


 紫の巨人が咆哮をあげる。

 よく見るとその両腕からは、紫色の液体がボタボタと滴り落ちていた。

 どうやら紫の巨人は、腕を振るってそれを飛ばしてきたようだ。

 そしてアルフィーが身を挺して……


「おい、アルフィー!」

 アルフィーが力なく倒れ込んでくる。

 すでに目は虚ろで、意識が朦朧としているようだ。

「まずい……」

 すぐさまテレポートダガーを確認すると、すでに俺の鞘からは消えていた。

 迷わずトリガーを使い、ハチ子のもとに飛ぶ。

「アルフィーがやられた! 逃げるぞ!」

 まずは距離を取らないと話にならない。

 俺は急いで立ち上がり、巨人に視線を戻す。

「追って来ない?」

 なぜか紫の巨人はその場所から動かず、ぼうっとこちらを向いて立っていた。


「あー君! 魔法を使うから、先に安全な場所を探してきて! アルフィーは私が連れて行くから!」

 珍しく鈴屋さんが語尾を強めて言う。

「いや、俺が運んだほうが……」

「私じゃなきゃダメなの! シルフを呼んで運ぶから、あー君は行くのっ!」

 その真剣な眼差しに緊張感が伝わってくる。

 理由はわからないが、鈴屋さんはきっと正しいことを言っていると思えた。

 俺は黙って頷くと、ハチ子と共に安全な場所を確保するために急いで山を駆け下りた。

 切迫した状況に焦りが走る。

 俺がやられたならまだしも、アルフィーは神官だ。

 回復役がいきなり毒でやられるとか、悪夢でしかない。


「アーク殿、あの空き地に!」

 ハチ子が指をさす方向に、わずかに開けた空き地が見つかる。

「川も近いな……よし、俺は戻って鈴屋さんたちを!」

 それだけを伝え、踵を返してダガーを投げる。

 少し戻ると、すぐに鈴屋さんがアルフィーを抱きかかえるようにしながら、空中を移動して来ていた。

 地上ではラナが真っ青な顔をして、それを追いかけている。

 俺は鈴屋さんに「この先だ」と合図を送り、ラナのところまで転移をする。

「アークさま!」

「わりぃ、抱えるぞ!」

 一応の断りを入れてラナを小脇に抱え、また来た道にダガーを投げつける。

 ハチ子のもとにもどる頃には、鈴屋さんがアルフィーをテントの中に寝かせているところだった。


「どうだ?」

 切れる息を整えることもせずに聞いてみる。

 アルフィーの意識はない。

 あの健康的な白い肌も、所々紫色に変色していた。

「あー君、それからハチ子さんも、よく聞いて」

 鈴屋さんが、額に小さな汗の粒をびっしりとかいたまま続けた。

「いまアルフィーには、精霊魔法のスリープをかけてあるの。そして今から私も、自分にかけるから」

 話の真意がわからないが、黙って頷く。

「ラナちゃんなら、この意味がわかるはずよね?」

「……はい!」

「じゃあ、あとの説明はお願い」

 ラナが頷くのを確認し、アルフィーの横に並ぶようにして寝転がる。

「鈴屋さん……?」

 いよいよ話についていけず、ついに声をかけてしまう。

 鈴屋さんは僅かに微笑み……

 

「あー君、信じてるね」


 そう言って、自分にもスリープの魔法を唱えたのだ。




 数時間後……俺たちは、焚き火を囲むようにして座っていた。

 とりあえず、アルフィーと鈴屋さんが眠るテントにハイドクロースをかけ、周囲に極細の紐で結界を張る。紐に当たれば俺に伝わるという、結界の忍術だ。

 野営地としてある程度の安全を確保したところで、少しは落ち着きを取り戻してきていた。

「すまない、ラナ。説明……いいか?」

 乾いた喉に水を流し込みながら、ラナに説明を促す。

 彼女は小さく頷き、杖を横に置く。

「……ラナ殿……まず、鈴屋の……」

 ハチ子の表情も硬い。2人の容態を心配してくれているのだろう。

「はい……鈴屋さまが使用した精霊魔法『スリープ』について、ですね。スリープは眠りの下位精霊サンドマンの力を借りた魔法です。効果は“時止めの眠り”ですね」

「時止め……とは……?」

「そのままの意味です。眠っている間は病気や毒の進行も止まりますし、例え水中でも死ぬことはありません」

 ……コールドスリープの強化版みたいなものか……ただの眠りではないんだな。

「スリープは物理的な方法で起こすことが不可能なため、精霊魔法の中でも、実はかなり強力な魔法とされています」

「……そんなもの自分にかけたのか……解除方法はあるのか?」

「解除は術者本人の意思か……魔法でなら解除は可能です。私の解除魔法でもできますし、精霊魔法や呪歌でも解除できる呪文があります」

 つまり、アルフィーの盾の力でも解除可能なわけだ。

「……なぜ、鈴屋は自分に?」

「スリープの発動条件は接触です。おそらくアルフィーさまにスリープをかけた時に、鈴屋さまにも毒が移ったのだと思います」

「……なるほどな……毒の進行の早さを見て、まずはアルフィーを眠らせて、俺たちに触れさせないように移動をし、自らにもスリープをかけたってことか」

「さすがですね……」

 ハチ子の言う通りだ。

 機転の利かせ方も、決断の速さも、俺とは比べ物にならない。

 しかしその先の命運は全て、残された俺達に託されたわけだ。

 もうこれ以上の失敗は許されない。


「……まずは解毒だが……町まで戻って南無子でも連れてくるか……?」

「アークさま、きっと塔に行けば解毒薬はあると思います」

「んんむ……二人を無防備な状態のままにして町まで往復するよりは、奴を撃破して塔に行くべきか」

 ハチ子は静かに、俺の顔をじっと見据えてくる。

 その瞳にはどんな指示にも従い、どんな作戦でも遂行してみせるという意志が宿っていた。

「あいつが何者か、わかったか?」

 ラナが頷きながら、例の本を開いて見せた。

「あのモンスターは……“腐敗の体現者”……その名も、ゼ・ダルダリア。ポイズントロールです」

「……ポイズン? トロールとは違うのか?」

「この本によると……ですが……トロールの上位種であるダークトロールが、『腐敗の魔王』の試練を生き抜き、力を宿したとされています。そのほとんどが、腐敗の力に飲まれて死んでしまうのですが……稀に生き残れた戦士が、名前を冠したポイズントロールとなるようです。ゼ・ダルダリアは、腐敗の力が脳にまで達してしまい、狂戦士化している……と、されています」

 名付きって時点で、それがどれほど危険な相手なのか想像に難くない。

 ゲームでいうところの、超レア・ボスモンスターてやつだ。

「しかも……ベースは、ダークトロールです。彼らは、岩のように頑丈な皮膚を持つ“戦士の一族”です。相当な強敵です」

「……全身毒で出来ていて、毒液も投げてきて、おそらく斬っても毒が吹き出す……とか、そんな感じか……」

 完全に近距離戦キラーだ。シメオネでは手も足も出なかっただろう。

 ……しかしこちらには、ラナがいる。

「アーク殿……?」

「あぁ、大丈夫だ。策はできた。明日の朝、この三人で打ち倒すぞ」

 俺が決意を固め、その作戦を二人に説明をする。

 失敗すれば全滅するという危機的状況の中、俺は負ける気など微塵も感じていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ