鈴屋さんと夕凪の塔!〈3〉
第三話です。
色々と大変です。
ワンドリンク片手に、どうぞ。
腐食した道を山頂に向かってしばらく登ると、奴はいた。
その圧倒的にして一種異様な存在感から、こいつで間違いないと確信めいたものを感じる。
ついで、脳内に警鐘が鳴り響いた。
「やべぇ……あれはやべぇ奴だ……」
ゴクリと唾を飲み込む。
「……あーちゃん……あれ、巨人族?」
アルフィーの質問に、曖昧な頷きで返す。
……視線の先にいる生き物……
身長は4メートルを超えている。
鋼のように引き締まった筋肉は、ソレそのものが鎧のようだ。
鬼の形相を浮かべるそのモンスターは、おそらく『トロール』種で間違いないだろう。
しかしその肌は不自然な紫色をしており、赤く光る眼からは一切の知性を感じられない。
あれは、狂戦士の目に似ている。
いや、あれがただのトロールだとしても、相当な修羅場をくぐり抜け、強さを追い求め、自己を研鑽した歴戦の戦士には違いない。
「ラナは……」
ニンジャ刀を抜いて後方に視線を向ける。
どうやらラナも、視認できたのだろう。慌ただしく例の本をめくっているところだ。
一旦後ろに下がるべきかと思い、ハチ子に合図を送ろうとしたその時だった。
「あーちゃん、危ないっ!」
俺の視界を白毛の女戦士が横切る。
次の瞬間!
バシュゥゥゥゥッ、と何かが溶けるような耳障りな音がした。
「ゔぁぁぅ、ぐっ!」
悲鳴を上げながら顔をしかめるアルフィー。
その白い肌には紫の液体のようなものが所々に付着しており、付着箇所からは煙が上がっていた。
『ヴォぉぉぉぉぉぅぅぅ!』
紫の巨人が咆哮をあげる。
よく見るとその両腕からは、紫色の液体がボタボタと滴り落ちていた。
どうやら紫の巨人は、腕を振るってそれを飛ばしてきたようだ。
そしてアルフィーが身を挺して……
「おい、アルフィー!」
アルフィーが力なく倒れ込んでくる。
すでに目は虚ろで、意識が朦朧としているようだ。
「まずい……」
すぐさまテレポートダガーを確認すると、すでに俺の鞘からは消えていた。
迷わずトリガーを使い、ハチ子のもとに飛ぶ。
「アルフィーがやられた! 逃げるぞ!」
まずは距離を取らないと話にならない。
俺は急いで立ち上がり、巨人に視線を戻す。
「追って来ない?」
なぜか紫の巨人はその場所から動かず、ぼうっとこちらを向いて立っていた。
「あー君! 魔法を使うから、先に安全な場所を探してきて! アルフィーは私が連れて行くから!」
珍しく鈴屋さんが語尾を強めて言う。
「いや、俺が運んだほうが……」
「私じゃなきゃダメなの! シルフを呼んで運ぶから、あー君は行くのっ!」
その真剣な眼差しに緊張感が伝わってくる。
理由はわからないが、鈴屋さんはきっと正しいことを言っていると思えた。
俺は黙って頷くと、ハチ子と共に安全な場所を確保するために急いで山を駆け下りた。
切迫した状況に焦りが走る。
俺がやられたならまだしも、アルフィーは神官だ。
回復役がいきなり毒でやられるとか、悪夢でしかない。
「アーク殿、あの空き地に!」
ハチ子が指をさす方向に、わずかに開けた空き地が見つかる。
「川も近いな……よし、俺は戻って鈴屋さんたちを!」
それだけを伝え、踵を返してダガーを投げる。
少し戻ると、すぐに鈴屋さんがアルフィーを抱きかかえるようにしながら、空中を移動して来ていた。
地上ではラナが真っ青な顔をして、それを追いかけている。
俺は鈴屋さんに「この先だ」と合図を送り、ラナのところまで転移をする。
「アークさま!」
「わりぃ、抱えるぞ!」
一応の断りを入れてラナを小脇に抱え、また来た道にダガーを投げつける。
ハチ子のもとにもどる頃には、鈴屋さんがアルフィーをテントの中に寝かせているところだった。
「どうだ?」
切れる息を整えることもせずに聞いてみる。
アルフィーの意識はない。
あの健康的な白い肌も、所々紫色に変色していた。
「あー君、それからハチ子さんも、よく聞いて」
鈴屋さんが、額に小さな汗の粒をびっしりとかいたまま続けた。
「いまアルフィーには、精霊魔法のスリープをかけてあるの。そして今から私も、自分にかけるから」
話の真意がわからないが、黙って頷く。
「ラナちゃんなら、この意味がわかるはずよね?」
「……はい!」
「じゃあ、あとの説明はお願い」
ラナが頷くのを確認し、アルフィーの横に並ぶようにして寝転がる。
「鈴屋さん……?」
いよいよ話についていけず、ついに声をかけてしまう。
鈴屋さんは僅かに微笑み……
「あー君、信じてるね」
そう言って、自分にもスリープの魔法を唱えたのだ。
数時間後……俺たちは、焚き火を囲むようにして座っていた。
とりあえず、アルフィーと鈴屋さんが眠るテントにハイドクロースをかけ、周囲に極細の紐で結界を張る。紐に当たれば俺に伝わるという、結界の忍術だ。
野営地としてある程度の安全を確保したところで、少しは落ち着きを取り戻してきていた。
「すまない、ラナ。説明……いいか?」
乾いた喉に水を流し込みながら、ラナに説明を促す。
彼女は小さく頷き、杖を横に置く。
「……ラナ殿……まず、鈴屋の……」
ハチ子の表情も硬い。2人の容態を心配してくれているのだろう。
「はい……鈴屋さまが使用した精霊魔法『スリープ』について、ですね。スリープは眠りの下位精霊サンドマンの力を借りた魔法です。効果は“時止めの眠り”ですね」
「時止め……とは……?」
「そのままの意味です。眠っている間は病気や毒の進行も止まりますし、例え水中でも死ぬことはありません」
……コールドスリープの強化版みたいなものか……ただの眠りではないんだな。
「スリープは物理的な方法で起こすことが不可能なため、精霊魔法の中でも、実はかなり強力な魔法とされています」
「……そんなもの自分にかけたのか……解除方法はあるのか?」
「解除は術者本人の意思か……魔法でなら解除は可能です。私の解除魔法でもできますし、精霊魔法や呪歌でも解除できる呪文があります」
つまり、アルフィーの盾の力でも解除可能なわけだ。
「……なぜ、鈴屋は自分に?」
「スリープの発動条件は接触です。おそらくアルフィーさまにスリープをかけた時に、鈴屋さまにも毒が移ったのだと思います」
「……なるほどな……毒の進行の早さを見て、まずはアルフィーを眠らせて、俺たちに触れさせないように移動をし、自らにもスリープをかけたってことか」
「さすがですね……」
ハチ子の言う通りだ。
機転の利かせ方も、決断の速さも、俺とは比べ物にならない。
しかしその先の命運は全て、残された俺達に託されたわけだ。
もうこれ以上の失敗は許されない。
「……まずは解毒だが……町まで戻って南無子でも連れてくるか……?」
「アークさま、きっと塔に行けば解毒薬はあると思います」
「んんむ……二人を無防備な状態のままにして町まで往復するよりは、奴を撃破して塔に行くべきか」
ハチ子は静かに、俺の顔をじっと見据えてくる。
その瞳にはどんな指示にも従い、どんな作戦でも遂行してみせるという意志が宿っていた。
「あいつが何者か、わかったか?」
ラナが頷きながら、例の本を開いて見せた。
「あのモンスターは……“腐敗の体現者”……その名も、ゼ・ダルダリア。ポイズントロールです」
「……ポイズン? トロールとは違うのか?」
「この本によると……ですが……トロールの上位種であるダークトロールが、『腐敗の魔王』の試練を生き抜き、力を宿したとされています。そのほとんどが、腐敗の力に飲まれて死んでしまうのですが……稀に生き残れた戦士が、名前を冠したポイズントロールとなるようです。ゼ・ダルダリアは、腐敗の力が脳にまで達してしまい、狂戦士化している……と、されています」
名付きって時点で、それがどれほど危険な相手なのか想像に難くない。
ゲームでいうところの、超レア・ボスモンスターてやつだ。
「しかも……ベースは、ダークトロールです。彼らは、岩のように頑丈な皮膚を持つ“戦士の一族”です。相当な強敵です」
「……全身毒で出来ていて、毒液も投げてきて、おそらく斬っても毒が吹き出す……とか、そんな感じか……」
完全に近距離戦キラーだ。シメオネでは手も足も出なかっただろう。
……しかしこちらには、ラナがいる。
「アーク殿……?」
「あぁ、大丈夫だ。策はできた。明日の朝、この三人で打ち倒すぞ」
俺が決意を固め、その作戦を二人に説明をする。
失敗すれば全滅するという危機的状況の中、俺は負ける気など微塵も感じていなかった。




