鈴屋さんと夕凪の塔!〈1〉
さて、冒険の再開です。
今回は「やっぱり、また出てきたか」の、あの娘が現れます。
ワンドリンク推奨、息抜きにどうぞ。
レーナにある月魔術師のギルド、通称『学院』は王都に次ぐ大きさで有名だ。
学院は4階建ての建物と、その上にそびえる二つの塔でできている。
建物の1階には一般人でも立ち入れる場所があり、魔導品の鑑定や売買、一般開放されている書庫などがある。
2~4階は、まだ術師の称号を得ていない見習い月魔術師達の教室や自室があり、学院の許可なしでは立ち入れない。
5階から上は、二つの塔に別れている。
正面入口から向かって、左にある塔が『探求の塔』だ。
主に月魔術の探求や研究、遺失魔法の解読などを目的とした、月魔術師たちの研究室や自室がある。
『探求の塔』から対をなして建っているのが『記録の塔』である。
こちらは月魔法だけでなく、幅広く学識を深め、その知識の保管を目的とした、学者たちのための塔となっている。
どちらも俺たちのパーティには縁遠い場所なのだが、どういうわけか今日は『探求の塔』の12階へと足を運んでいた。
正直、階段を登るだけでも一苦労である。
目的の部屋につく頃には、足がパンパンになっていた。
「きっつ〜! ラナはいつも、こんな階段登っているのか?」
「確かにこれは、ちょっとしたトレーニングになりますね」
俺とハチ子が前屈みになって太ももを揉んでいると、隣で鈴屋さんが「だらしないなぁ」と呟いた。
アルフィーが平然としているのは理解できる。
だがしかし、鈴屋さんが平気なのはおかしい。
絶対に、何らかのズルをしているはずだ。
「すみません。導師になると、10階から上に自室を割り当てられますので……。それから導師になると、ほぼ研究の毎日なので、下に降りること自体ないんです」
申し訳無さそうに、ラナが答える。
今日は自室だからか、いつものローブや三角帽子ではなく、深い紺色のノースリーブに丈の短いフレアスカート姿である。
相変わらず腰まで伸びた長い金色の髪が綺麗で、アルフィーが羨ましそうに見ている姿が印象深かった。
「それで……俺たちをご指名してもらったのは有り難いんだが、まだ依頼の内容を聞いてないんだ」
話しながら、三人掛けのソファにボスンと身をあずけた。
調度品から家具まで学院支給の物なのだろうが、どれも重厚で立派な造りだ。俺たちの安宿とはえらい違いで、少し羨ましい。
「とりあえず、ラナちゃんのところに行け、としか聞いてなかったからね」
鈴屋さんも俺にならい、ちょこんと隣に座ると、説明を促すように小さく微笑んだ。
アルフィーは依頼の内容に興味がないのか、窓から塔の外をしきりに眺めていた。
きっと、この高さからレーナの町並みを見るのは、生まれて初めてなのだろう。
こっそりはしゃいでる様が、ちょっと子供っぽくて可愛いく思う。
「そもそも、なぜ私達を指名したのですか?」
壁一面の本棚を興味深そうに見て回っていたハチ子が、目も合わせずに質問を投げかける。
「ラナ殿のパーティは、どうしたのですか?」
……そうだ、俺もそこは気になっていた。
たしかラナのパーティは海竜と戦うことを拒否し、この街を出ていったはずなのだが、つい先日、他の酒場でそれらしき冒険者グループを見たという情報を聞いていた。
あの時レーナから逃げた冒険者たちは、バツが悪いのか『山城の土竜亭』に屯しているらしい。
正直言って俺は興味もないのだが、放っておいても「あいつらもどってきたらしいぜ」と、グレイからゴシップネタが入ってくるのだ。
「……一度、謝罪には来てくれたのですが……私はもう『竜殺し』の称号をもらった別のパーティの人間だと……」
「あぁ〜、んで、ハブられたん?」
ものすごい直球に、ラナが少し困ったように笑う。
「有り体に言えば、そういうことですね……」
たしかにあの称号は、冒険者グループとしてもらったものだ。
恐らくはラナを見捨てた後ろめたさ半分、やっかみ半分で切られたのだろう。
……まったくもって、腹立たしい。
「とにかく……今は私ひとりでして……そうなると、冒険者を雇うしかなくて……一番最初に思い浮かんだのが……」
「俺たちってことか……」
やはり申し訳無さそうに、こくりと頷く。
「アークさまのような、竜殺しの名前を冠する冒険者グループに、私なんかが依頼するのも恐れ多いのですが……」
「いやいや……ラナも、その冒険者グループとして称号をもらったろ? なら、俺たちはもう仲間だろうよ」
「……でも私は、常に冒険に参加できるわけでもありませんし……」
「そりゃ、シメオネも同じだぜ? そんなもん、気が向いた時に参加する、でいいんじゃないか?」
俺に向ける琥珀色の瞳が、戸惑いで揺れる。
しかしすぐに、恥ずかしそうに顔をうつむかせてしまった。
「ま、これで正式に、俺たちのパーティに入ったってわけだ。で、その最初の仕事とやらを聞かせてくれるか?」
ラナが一瞬、躊躇を見せるが、やがて一度だけ小さく頷いた。
「……はい。正式な依頼主は、学院になります。そして依頼の内容は、討伐と探査です」
その緊張した面持ちに、この依頼の危険度の高さが伝わってきていた。
依頼の内容はこうだ。
レーナから北西へ3日ほどいった山中に、学院が管理する『夕凪の塔』という建物がある。
もともと学院が月の研究を目的として建造した塔なのだが、ここひと月ほど一切の連絡が途絶えたらしい。
同時に、塔の周辺で紫色のモンスターが現れたという報告が、冒険者ギルドにも寄せられた。
「……つまり不確定モンスターの討伐と、塔に残る魔術師たちの救出・安全の確保ってことか?」
ラナがこくりと頷く。
「もちろん夕凪の塔にも、月魔法を使える魔術師が何人かいるはずなんですが……それでも、モンスターを討伐できなかったとなると……」
「……相当な強さのモンスターがいる、ということですね。数もわからないとなると……危険です、アーク殿……」
ハチ子の表情は硬い。
確かに討伐クエストで、討伐する相手がわからないというのは危険だ。
「魔術師が倒せないモンスターってなると、魔法が効きにくいとかなん?」
「……そうだなぁ。それか、単純に数が多いとか……」
「ん~。でも複数のモンスターがいたとか、そんな報告は冒険者ギルドに入っていないんでしょ? なんか変だよね」
鈴屋さんの言う通り、冒険者ギルドがモンスターについて、はっきりと確認できていないのも気になる。
「まさか今さら、新種の化け物ってこともないだろうし。亜種か、突然変異体か……いずれにしろ、相当に珍しい……」
ぶつぶつと考え始めると、ラナが不安そうな眼差しを向けてきていた。
どうやら、俺たちが依頼を断るのかもしれないと思ったようだ。
「大丈夫だよ、塔に残された人がいるんじゃ、断るわけにもいかないさ」
ぽんぽんと、ラナの頭をたたく。
「んまぁ~、あーちゃんはそういう男なん~」
アルフィーは、笑顔で同意してくれた。
「仕方ないですね。私はアーク殿についていくだけですので」
ハチ子はいつも通り冷静に、しかし少しだけ肩を竦めて苦笑する。
「んじゃぁ、ぱぱっと倒しちゃおう~」
鈴屋さんは、余裕の表情である。
「みなさん……ありがとうございます!」
ラナが、うっすらと涙をためながら何度も頷いた。
こうして、海竜戦以来となる俺達の冒険が始まったのだ。
ラナは16歳で、一応リアルの鈴屋さんと同い年とされてます。
(鈴屋さんのゲーム内年齢は106歳)
ちなみにアークは、ゲーム内で20歳。(リアルは18歳)
南無は36歳。(リアルは自称15歳)
ハチ子は20歳。
アルフィーは19歳。
この世界では年数が経っても、見た目が変わらないため、年齢自体あがっていません。
あー君も、そのことには薄々気づき始めている……といったところです。




