鈴屋さんとミケっ!〈7〉
ミケ編のエピローグです。
休憩中にでも、さらっとどうぞ。
「ほら……」
隣で膝を抱えて座るアルフィーに酒坏を渡す。
アルフィーはそれを黙って受け取ると、眼下に賑わう大通りをぼんやりと眺め始めた。
頬には涙のあとが残っており、うっすら赤く腫れあがっている。
「そんなに泣かなくても『黒猫の長靴亭』は、ここからラット・シーに行くより、ずっと近いぜ?」
「あーちゃんは鈍感だから、わかんないんよ」
いや、わかってはいるのだ。
ここ何週間か、あの小さな獣に振り回されていただけに、居なくなった時の喪失感は大きい。
わかってはいたのだ。
「……ごめん、あーちゃん」
「あぁ……いや、いいんだ」
それ以上かける言葉が見つからず、かわりにアルフィーの頭に手を置く。
「俺としては、あの怖ぇ姉さんがミケに振り回されてるのかと思うと、可笑しくて仕方ねぇけどな」
「……きっとミケが元気な時間はシメオネが相手をして、寝る時はあの人となんよ」
「あぁ~、ありそうな話だな」
「うん、わかるん」
アルフィーが視線を落とし、ちびりと酒坏に口をつけ、続けてつぶやいた。
「ママ……かぁ」
コツンと俺の左肩に頭を当てて、そのまま身を預けてくる。
その重みが、まるで支えてほしいと言っているようでもあった。
「まぁ、そのうち本当の母親にもなるんだし、な」
「……そだね」
「ミケにも会いに行こう」
「……ん」
返事は、ギリギリ聞こえるくらいの声だった。
迷いか躊躇か……頷いてはいるのだが、複雑な表情だ。
「あーちゃん。それは……パパ、ママとして?」
「俺は、それでいいと思うぞ」
しかしアルフィーは、否定的に首を振る。
「あーちゃんはともかく、あたしはワーラットなん。そのうち、ママじゃないって気づくと思うん」
「それこそ、“チェンジリングだから”でいいんじゃないか? キャットテイルをラット・シーで育てるのは不安があるから、とりあえず、フェリシモたちに預けたとか、よ」
アルフィーが、目を丸くして見上げてくる。
そして、俺の考えがよほど可笑しかったのか、声を上げて笑い出した。
「あはは、なにそれ。めちゃくちゃな嘘なん」
「うるせぇ、ついていい嘘だってあるんだよ」
「もう〜よくそんなこと考えられるねぇ、あーちゃんは〜」
「おうよ、ハッタリや悪知恵は得意分野だからな」
アルフィーの酒坏に酒を注ぎながら、カカカと笑う。
「見ろよ、アルフィー。酒の水面に金の満月が映ってて粋だろ。金の月は、たしか『幸運と栄華』を意味してるんだっけか?」
小さな酒坏に揺らめきながらも奇麗に収まるその様は、まさに金色の酒である。
これは縁起がいいってもんだ。
「……そうだけど、ちぃとばかし違うんよ、あーちゃん」
なぜか、見上げてくるアルフィーの頬が、かるく上気している。
「昔から金の満月の夜になぁ……こうして外で男女がお酒を飲むんは、豊穣の祈願を意味するんよ?」
「豊穣? 農作物とかのか?」
「……ほんと、あーちゃんは駄目なんねぇ……あたしだからいいんけど……」
それでも俺は、どういう意味か理解できず、首を傾げて悩んでいると、アルフィーがいよいよ呆れて笑い出した。
「あんねぇ……つまり、子供を作ろうって意味なんよ、これって。あとは結婚の儀式でも、こういうのやるけど……」
「えぇ? ……俺は知らない間にプロポーズしてたのか?」
「……控えめに言ってプロポーズなん。正確には、子作りを誘われてるん……」
いやでも、そんなローカル・ルール知らないし……なんて言い訳が効くわけもない。
こんなタイミングで、そんな失礼極まりない事をしたのかと思うと、思わず血の気が引いてしまう。
「あーちゃんは、いっつもそうやって、知らない間に相手を口説いてるんよねぇ」
「……面目ないです」
項垂れて謝ると、アルフィーがくすくすと声を漏らして笑う。
「いいん。夫婦みたいで楽しかったん。いつか、ちゃんと理解した上で、口説くんよ?」
そして、嬉しそうに酒を飲み干す。
彼女のやわらかな笑顔が少し大人びて見えたのは、きっとミケの影響だろう。
きっと、この娘は幸せになるだろう。
俺はそんな確信を感じてならなかった。




