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鈴屋さんとミケっ!〈6〉

ただのギャグパートのつもりが……の、6話目です。

次で終わります。


連休の夜、まったりホットドリンクのお供にどうぞ。

 金色の満月を背負う、真っ黒に波打つ長い髪をした妖艶なキャットテイル。

 元アサシン教団1位のイーグルにして、最強の暗殺者。

「相変わらず背後をとるのがうまいね、フェリシモの姉さんは……」

 一瞬にして緊張が走る。

 ただ振り向くことだけにすら、勇気がいるほどだった。

「あはぁ〜、私は少年のおかげでぇ、まだ影を渡れるからねぇ」

 黒髪をかきあげながら、冷笑を浮かべる。

 そのただならぬ殺気に、アルフィーの目の色が変わる。

「あんたぁ〜、確かあの犬を助ける時にいた鼠どものうちの一匹だねぇ〜?」

「……窮鼠の傭兵団第三部隊長“白毛”のアルフィー」

 明らかに敵意を込めた声で答える。

 警戒ではない。こいつは危険だと感じ取っているのだ。

「いいねぇ〜戦士の目だねぇ〜」

 その笑顔には殺意が隠れている。わざと試しているのだろう。

「なんだよ、姉さん。温泉土産でも持ってきてくれたのか?」

「とぼけるねぇ、しょぅねぇん〜。まぁいいさぁ、私は預け物を返してもらいに来ただけさぁ」

 ……預け物?と眉を寄せて訝しむが、俺はすぐにそれが何か理解してしまった。

「おいおい、冗談がすぎるだろ。黒髪のキャットテイル、ここにいたじゃねぇか……」

 ラスターとシメオネが金髪でも、フェリシモは黒髪だった。

 なぜに失念してしまっていたのか、迂闊な自分が腹立たしい。

 そしてこの場で一番ショックを受けてるのは、アルフィーに違いなかった。

「……そんなん……そんなん、嘘に決まってるん」

 珍しく動揺で声を震わせている。

「嘘とはどういう意味だねぇ〜?」

「ミケは真っ直ぐでいい子なん。あんたみたいなアサシンの子供なわけがないん!」

「……言うねぇ、ねずみぃ」

 ……一触即発な空気の中、この場を救ってくれたのはやはり……

「なぁ〜」

 目を覚ましたミケだ。

 ミケは軽く伸びをして、アルフィーに抱きつく。


「ママぁ〜」


 思わずアルフィーが嬉しそうに笑みを見せる。


「パパぁ〜」


 俺も優しく微笑みかける。


 そしてフェリシモに、説明の言葉を求めた。

 きっとこれは単純な話ではない、と思ったからだ。

「そうかい、そうかい〜。思っていたよりも懐いていたのはそういうことかぁい〜」

「……どういう意味だよ?」

「そいつは私の子ではないのだよ、しょうねぇん」

「はぁ?」

 フェリシモが俺の隣までくると、その場で膝を立てて座る。

 そして屋根に置いていた俺の酒坏に手を伸ばし、そのままぐいと飲み干した。

「姉ぇね、姉ぇね!」

 ミケがフェリシモへと手を伸ばす。

 それは明らかに、ミケとフェリシモが他人ではないと見て取れるものだった。

「そいつはねぇ〜私がアサシン時代の〜暗殺対象だった男の子供なのさぁ〜」

 それはミケにとって、必ずしも幸せだとは言えない物語だった。



 月明かりの下で、フェリシモがひとり淡々と話し続ける。

 俺とアルフィーは何も言えずにいた。

 ただその事実を飲み込もうと、必死だったのかもしれない。

「そいつの父親はねぇ、黒い髪をした人間の盗賊でねぇ。ある日、アサシン教団から盗みを働いたのさぁ」

 おそらく、盗賊稼業から身を引くための最後の大仕事だったのだろう、とフェリシモは言う。

「酒場で口説かれてねぇ……つい教団の場所を教えてしまった私も悪いのだけど〜」

 本当に“つい”なのか、と言いたくなる。

 この姉さんのことだ。面白そうだったからとか、そんな理由でわざと口を滑らせたのではなかろうか。

「まぁ、私がその男を殺すのはケジメでもあるし〜暗殺対象にもなったからぁ、しっかり殺そうとしたのだけど〜」

 すこしだけ、冷たかった笑顔が消える。

「その男、口説いてきた時は隠していたのだけど子供がいてねぇ。母親は病気で死んだらしいのだけど〜たしか、白毛のキャットテイルとか言ってたねぇ」 

 なるほど……なんとなく話が見えてきた。

 それでミケは、俺をパパと、シメオネをママと勘違いしたわけだ。

「そいつを拾ったのは、まぁ、私の気まぐれさぁ〜」

「なるほどね……」

 それ以上に言葉が続かない。

 場合によっては俺たちが育てるとか言ってやろうかと思っていたのだが、そうもいかなそうだ。

 事実、ミケはフェリシモにも懐いているのだ。

「……しかし、まぁ〜……パパ……ねぇ……」

「………………なんだよ?」

「……いやぁ、初めて見た時から、あいつに似てるとは思ったけどぅ……」

「……まさかそんな理由で、あんな仕打ちを俺にしたんじゃないだろうな」

「あはぁ〜、まぁちょ〜ぅっと……個人的な八つ当たりはあったかもねぇ〜」

 ひでぇ話だと苦笑する。

「……ミケは……温泉行く間に預けるためだけ……ってことなん? 両親に似てるかもしれないから、とか思ってったんじゃないん?」

「そうだねぇ……預けるために碧の月亭へ行ったのは確かさぁ~。ただ、いきなり“パパ”って呼ぶと思わなくてねぇ〜面白そうだから説明なしで、そのまま預けてみただけさぁ〜」

「カカ……姉さんらしいな……」

 フェリシモが、笑みを浮かべたまま立ち上がる。

 するとミケが「姉ぇね、姉ぇね」と言いながら、フェリシモの足にしがみついた。

 思わず手を伸ばそうとするアルフィーを目で制す。

「世話になったねぇ、しょうねぇ〜ん」

「……いいさ。まぁまぁ楽しかったからな」

「そいつはぁ、よかったぁ〜」

 ミケを抱き上げる仕草があまりに自然で、そこが本来の鞘なのだと思い知らされる。

「なぁ、姉さん。ひとつだけ、答えてくれない?」

「なんだぁ〜い?」

「……アサシン教団からの指令って、報復だろ。暗殺対象はその男だけだったのか?」

「……どういう意味だぁい?」

 目が笑ってない。俺の予想は当たっているのだろう。

 報復ってのは一族郎党にするのが定石だ。つまり、ミケも暗殺対象になるはずなのだ。

 フェリシモは、生まれて間もない同族のミケを殺せなかった。

 おそらくは連れて帰り、あの宿で隠し育てていたのだろう。

 しかし隠すにしても、守るにしても限界がある。

 ……だから……

「アサシン教団から抜けたがってた本当の理由は……ミケのためか?」

「……しょうぅね〜ん。お前は、本当にたまらんなぁ。そうだねぇ、その鼠どもの巨大な抑止力には本当に感謝している、とだけぇ、答えておこうぅかぁ」

 すべてはミケのために……と言うのなら、まだどこかで自分を納得させられそうだった。

 それでもアルフィーの表情は複雑そうだ。

「ぱぁぱ、まぁま!」

 ミケが手を伸ばして声を上げる。

 アルフィーが思わず駆け寄ろうと立ち上がり、しかしそれを止めた。

「なんて顔してんだぁい。今生の別れじゃないんだぁ。いつでも会いにおいでぇ~?」

「……いいん?」

「私はこの子を育ててるただの元暗殺者さぁ。それどころか、この子の親の仇でもあるんだよぅ。心配にならないのかぁい?」

 意味深な笑みを浮かべ、隣の屋根へと軽やかに飛ぶ。

「あんたは、この子のママなんだろぅ?」

 そう言って、フェリシモは暗闇に溶けるようにして消えてしまった。

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