鈴屋さんとミケっ!〈5〉
今回は切りがいいとこまでなので、短めです。
久々のあの人が出ます。
さらっとどうぞ。
数日間の子育て騒動で、俺はひとつ学んだことがある。
いや、学んだというよりは、実感したと言ったほうが正しいだろう。
アルフィーが母親役というのは、実はとても頼もしいことなのだ。
まず第一に、ラット・シーが一夫多妻制で、子沢山の大家族が多いことだ。
周りと支え合うことが当たり前のラット・シーでは、アルフィーくらいの年齢になると、普通に母親役ができてしまうほどの知識と経験を身につけている。
第二に、アルフィーが神官であること。
怪我はもちろん、病気ですら神聖魔法で治してしまうのだから、子育てにおいてこれは大きなメリットだ。
そして第三に……
「おう、こら、クソガキ。どこに目ぇつけてんだ!」
天下の往来で月並みな台詞を叫んでいるのは、これまた絵に描いたようなゴロツキさんだ。
いつものようにトタトタと意味もなく歩きまわっていたミケが、手に持っていた大きな砂糖飴を、ゴロツキさんのズボンにひっつけてしまったのだ。
こっちが悪いのは明白である。
……ただ、何故か相手がゴロツキ風だと、謝りたくないという変な感情が芽生えてしまい……
いや、違うな。
単純にミケの前で、ゴロツキ如きに頭を下げる姿なんぞ見せたくないだけだ。
ようは、格好をつけたい精神が芽生えてしまっているのだろう。
「どうしてくれんだよ、俺様の一張羅によ。親のシツケがなってないんじゃねぇのか、おい!」
標的が俺になった。こいつは好都合ってやつだ。
「パパぁ……」
不安気に見上げてくるミケの頭に手を置き、大丈夫だと優しく笑う。
「まぁまぁ、子供がしたことだ。いちいち、そんな怒るなよ」
こっちが悪いのだが、わざと理不尽なことを言ってやる。
「んだと、てめぇ!」
さすがは量産型ゴロツキ、展開もテンプレ通りである。
もしかしてヤンキーとかって、どこかで英才教育でも受けているのだろうか。
おかげで扱いが簡単で有り難い。
「なんなら、そっちの……いい身体してるママに詫び入れさせてやってもいいんだぜぃ?」
極めつけは、この下衆さだ。もう何の遠慮もなく打ちのめそうである。
一方のアルフィーはというと、満面の笑みで俺の腕に絡みついてきていた。
「なぁなぁ、あーちゃん聞いた? いい身体だって〜」
「……まぁ……たしかにその通りではあるからな……」
「えへへへへへへへへ〜」
この状況で上機嫌になれる母親って、この世にどれくらいいるのだろうか。
「てめぇら、聞いてんのか!」
「うっさい、今いいとこなん!」
バゴンッ!
一喝し、顔面にワンパンである。
哀れゴロツキさんは、俺が手を出すまでもなく鼻血を吹き出しながら倒れてしまった。
そう……第三は、この物理的強さだ。
まさに最強の母親である。
「なぁなぁ、あーちゃんも〜、いい身体って思ってるん?」
「やめないか、子供の前ではしたない」
「なぁなぁ〜パパぁ〜」
「ほらみろ、ミケがマネしちゃっただろうが」
俺たちは、おおよそこんなふうにドタバタとした“楽しい”日常をおくっていた。
そして少しずつミケとの生活にも慣れ始めた頃、彼女が現れたのだった。
それは、金色の月が綺麗な夜だった。
いつもの屋根上で、俺とミケとアルフィーが月見酒を楽しんでいた時のことである。
「……しかし、ほんとよく寝るな」
「お昼間はたくさん遊んでたかんね〜。子供は寝るのが仕事なん。そもそもキャットテイルだしね」
「あぁ、たしかに猫ってよく寝るもんな」
アルフィーの膝の上で、すぴすぴと眠るミケがなんとも可愛い。
「あーちゃん……あたしなぁ……」
その黒髪に優しく指を通し、わずかに微笑む。
「傭兵……辞めようかなとか、最近考えてしまうん」
「……そいつはまた……本気で母親にでもなるつもりか?」
「……ん〜……でも、前々からちょっと思ってはいたんよ。ハッチィみたいにな、あーちゃんと冒険者稼業だけやってればいいかなぁって。だから、まぁ……そう考えてしまうんは、自然な流れなん」
アルフィーは目を合わせることなく、落ち着いた声の調子で続ける。
「……白毛のネズミが、黒毛の猫の母親になるって、やっぱり変なん?」
「変な訳あるかよ。育てたら、そいつが“親”だろうよ」
「んふ〜、あーちゃんならそう言ってくれると思ってたん」
アルフィーなりに考えたことなのだろう。
そこには確かな覚悟も伝わってきていた。
……だとしたら、俺はどうすべきなのか……真剣に考えねばならないようだ。
「そうだな……俺は……」
俺なりの答えをまとめようとした、その時だ。
「しょうねぇん〜、息災だったかぁい?」
それはいつも通り、いかにも彼女らしい完璧な不意打ちだった。
フェリシモは書いてて1番楽しいキャラですね(笑)




