鈴屋さんとミケっ!〈3〉
今週は仕事がマダマダ落ち着いているので、私にしてはハイペースです。
このペースの維持は無理です、あしからず。(笑)
それでは子育て3話目、まったりとどうぞ。
昼間のラット・シーは、相変わらずの活気に満ちていた。
住人の多くは復興作業組と、生活の糧である生産ライン組とに別れて活動していて、せわしなく海上デッキを移動している。
「あとで海上テラスとか、オサレなショッピング施設的なものとか、あのアフロに教えなきゃな」
言いながらも、足元に細心の注意を払う。
いま俺の胸には、抱っこ紐でくくりつけられたミケが、ぐうすか眠りこけている。こんな所で落ちたら、大変なことになってしまうだろう。
「なん〜、また商売の話〜?」
「あぁ、それもかなりデカイぜ。観光ビジネスにもなるだろうからな」
元の世界であれだけ繁盛していたのだ。
ラット・シーの住人なら同じようなものが作れるはずだし、雇用・商売・イメージアップといい事づくしなはずである。
「あーちゃんの、その謎の商売センスはなんなん?」
アルフィーが、呆れと感心を混じえた笑みを浮かべる。
俺にしては、元の世界で流行った“物”や“発想”を転用しているだけに過ぎない。
それを実現できるだけのマンパワーがなければ意味がないのだ。だからこれは、ラット・シーの力に他ならないと心底思っている。
「んで、目的の物はどこなんだよ?」
「あぁ〜、ドレイクの旦那んとこだから、もうすぐなん」
隣に並んで歩いていたアルフィーが、真っ直ぐ指をさす。どうやら目的地は、もうすぐそこらしい。
「しかし意外だな。アルフィーは、かなり乗り気じゃなそうだったのに」
「今でも乗り気じゃないんよ。でも、必要なものは必要なん。あたしは、どうでもいいんけどね」
腰に手を当てて、白い髪の毛をワシャワシャと掻きながら、ため息まじりで答える。
あの後、この子のための着替えやら何やらを用意しようと言い出したのはアルフィーだった。
ラット・シーの住人は人情味に溢れていて面倒見がいい。アルフィーも自分の部隊に対しては、そういう意識の持ち主だ。
これもシェリーさんの考え方が、強く影響し根付いているおかげだろう。
「なんだかんだ言って、面倒見いいのな」
「……あーちゃんが、そういうん出来ないのわかってるし。ハッチィはともかく、鈴やんは子育てとか苦手そうだし。だから仕方なく、なん。それに、ドレイクの旦那は8人も娶った大家族なんよ。だから、服とか絶対あまってるはずなん」
ドレイク……窮鼠の傭兵団第一部隊長で、たしか“赤帯”のドレイクと呼ばれている。海竜戦での勇猛果敢な戦いっぷりは、記憶に新しい。一国の将軍と匹敵するものがあっただろう。
豪快で器の大きなナイスガイだ。
「先にうちの部隊の娘に言っておいたから、もう用意されてるはずなん」
……うむ……こいつはいい嫁さんになるだろう……とか言われても、女性はまったく嬉しくないと何かで見たことがあるので、喉元で留めておく。
「……ふぁぁ……」
胸元から可愛らしい欠伸がもれる。
どうやら、ミケが目を覚ましたらしい。
「いよぅ、起きたか」
「……パパぁ」
やはり、まだ言うか。これで本当に俺を父親だと思い始めたら、後々面倒なことになりそうなのだが……完全否定して突き放すのもどうかと思うし……
「あんなぁ、ミケちゃん。その人は、あんたのパパじゃないんよ?」
俺の気配りを無に帰すような直球が、横から投げ込まれてきた。
アルフィー自体、決して嫌ってはいないのだろうが……なにか気に食わない要素があるのだろう。
「……ママ?」
ミケの琥珀色の瞳が、大きく見開かれる。
言われた当人も目を丸くして、驚いているようだ。
「カカカ、どうだ、俺の気持ちがわかっただろう? いきなりそんなふうに呼ばれたら、思考なんぞ止まってしまうものさ。これで俺の疑いも完全に……」
「うん。あたしが、あんたのママなん」
「って、うぉい!」
「この人は、あんたのパパなん」
「待てぃ! 真顔で適当なことを吹き込んでんじゃねぇ!」
しかし、白毛の女戦士の目は笑っていない。もしかして、本気で言ってるんじゃないのかと思わされるほど、真に迫るものを感じる。
「あきらめよう、あーちゃん。この子はふたりで育てよう」
「アホか、捨て猫拾うのとは訳が違うぞ!」
「じゃあどうするん? また捨てる訳にもいかないん」
「お前、今朝と言ってることが逆になってるぞ」
「あーちゃんさぁ、これくらい面倒見るって男気を見せぇよ〜?」
ニヤニヤして言うあたり、かなり楽しんでいるようだ。
こうなったアルフィーに、口では勝てない。
「だいたいワーラットと人間から、どうやってキャットテイルが生まれるっつぅんだよ」
「……ん〜〜、取り替え子?」
「それって“人間の両親の元に超低確率で生まれた違う種族”とかだろ?」
「でも〜、例えば、あたしの先祖にキャットテイル族がいれば、そういう子が急に生まれたりもするんよ?」
「……そりゃ、一種の隔世遺伝ってやつだろうが……大前提として俺はまだ、子供ができるような行為を致したことがないのですよ」
「じゃあ、今からあたしんち……行く?」
「はぁぁ?」
「既成事実なんか後付でいいん〜」
たまらず拳を脳天にゴスッと落とす。
「いっったぁぁ!」
頭をおさえながら悶絶するアルフィーを尻目に、あの風呂での恥じらいは何処にいったんだと、俺は言い放つのだ。
ドレイクさんから色々と貰った俺たちは、再び『碧の月亭』に移動をしていた。
なぜか今日はアルフィーもこっちに泊まるらしく、2階に用意された彼女の部屋で荷物を広げる運びとなった。
「さすがドレイクの旦那なん。とりあえず必要そうなものは大体もらえたね〜」
「……おい、アルフィー。どうやったらこの短時間で、お前の荷物とミケの荷物がゴチャ混ぜになるんだよ」
俺はアルフィーとミケの着替えを、ほどくようにしながら仕分けていく。
「一個にまとめたから仕方ないん〜」
「ほんと、たまにガサツだよな」
ブツブツと言いながらも、あらかた分別を終え、そのまま綺麗にたたみ始める。
子供を背負いながら服をたたむとか、もうお母さん気分である。
「マメだな〜、あーちゃんは〜」
「わからんが体に染み付いているのだ。親のシツケだな、シツケ」
「んじゃぁ、その子にもしないとねぇ」
「親探すまでに勝手にシツケなんてできるかよ。しかし、ほんとよく寝るな、こいつ」
話しながらもテキパキと手が動くのだから、我ながら自分を褒めてやりたい気分である。
というかアルフィーは何をしているのだ、とベッドの方に目をやる。
そこには、ライムグリーンのノースリーブシャツに短いフレアスカートをはいて、足を組みながらニマニマと笑っているアルフィーがいた。
「……いつの間に着替えたんだよ」
「ん〜? あーちゃんが荷物の分別をしてる時よ?」
「お前なぁ……その時、俺が振り向いたらどうするつもりだったんだよ」
「それを期待してたんだけどね〜残念なん〜」
……あぶねぇ、マヂあぶねぇ。たまに繰り出すハニートラップがエゲツなさすぎる。
「お前、スカートとかはくのな」
「そりゃあ戦闘がないとわかってたら穿くよ〜? あーちゃんの前だと初めてかもしんないけど」
その白い肌は目に毒だと、思わず目をそらす。
「ん〜、あーちゃん、こういう格好が好きなんね〜。まぁ、ハッチィとか鈴やん見てたらわかるけど〜」
「……スカートが嫌いな男子なんているのかよ、と言い訳してもいいか?」
「こんなん、いつものショートパンツの方が露出高いのに?」
「そりゃ好みもあるだろうけど……いや、そういうのは、あんまり深く聞いてくれるなよ、なんか情けなくなる。それより、ミケを着替えさせてくれ」
背中をアルフィーの方に向けて、抱っこ紐をゆっくりと緩める。
「んも〜、あーちゃんがやんなよ〜」
「我が子ならまだしも、仮にもミケは女の子だからな」
アルフィーが不満気に抱きかかえたのを確認し、大きく伸びをする。
「ただ連れて歩いただけなのに、妙に疲れたなぁ。子育てする親というものを、俺は心底尊敬するぜ」
「こんなん、子育てにも入んないと思うん。あたしはこういうの苦手なん」
「……の割に、手際がいいよな」
「まぁねぇ。ラット・シーだと他の子の面倒を見るとか、小さい時からやってたから、自然と体が動くけど〜」
ふぅむ、とその動きを眺めてみると、たしかに動きに無駄がない。
明らかに何をすべきか知っているという動き……母親の動きだ。
「食事とかも一緒のはまだ早いから、あたしが用意するん。あーちゃんも手伝ってね」
「……お、おう」
すっかりとアルフィーのペースである。
これではまるで……
「あーちゃん、いま、本物の夫婦みたいだなって思ったでしょ?」
……見透かされていた。
「あーちゃんって、尻にしかれるタイプなんよね〜」
「……ひでぇな……いや、薄々そんな気はしてたけどよ」
「んふふ〜。優しいね、って言ってるんよ」
やわらかな笑顔を見せるアルフィーに、俺はまた目をそらしてしまう。
子供を抱いているだけでそれっぽく見えるのだから、女という生き物は不思議なものだ。
その笑顔を守りたいと思ってしまうのは、男の本能なのだろうか。
少なくともアルフィーとミケに対して、俺はそう感じてしまっていた。
アルフィーは、良いキャラになりましたなぁ…としみじみ思います。(笑)




