鈴屋さんとサンタクロースっ!〈鈴屋さん編〉
年内最後のアップとなります。
クリスマスの話ってのがなんですが……鈴屋さん編です。
それでは大みそかの夜、ホットドリンク片手にどうぞ。
ハチ子の部屋から廊下に出ると、そのまま自分の部屋を通り過ぎて鈴屋さんの部屋の前まで移動をする。
一番遠い人から順番にプレゼントを配っていたので、鈴屋さんが最後だ。
あとはまぁ……やっぱり鈴屋さんを最後にすべきだろうと考えてしまうのは、俺にとって自然なことなのだ。
「お邪魔しますよぅ……」
もちろん返事はない。
大きく深呼吸をし、ドアノブに手を掛ける。
すると、扉がキィと乾いた音を立てて開いてしまった。
……おかしい……鈴屋さんにしては不用心すぎる……
妙な胸騒ぎがして部屋の中に入る。
「鈴屋さん?」
声を掛けながらベッドに向かうが、そこには鈴屋さんの姿はなく、シーツが僅かに乱れているだけだった。
指先でシーツに触れてみると、まだぬくもりが残っている。
……まだ遠くには行ってない……
鈴屋さんは、危機回避に対する意識がかなり高い。
こんな時間に外出することはもちろん、1階の酒場に行くこともないはずだ。
闇雲に外を探して回るのは間違いだろう。
……もし俺が出ていったことに気づいていたら……
そう考えると、居場所はひとつしかなかった。
俺は窓を開けると、ひょいと隣りのウィンドウボックスに音もなく飛び移る。
そして窓に手を掛けて……
「メリークリスマス!」
大きな声をあげながら、自分の部屋へと躍り込む。
「きゃぁ!」
案の定、俺のベッドの方角から可愛らしい悲鳴が聞こえた。
悲鳴の主はもちろん……
「サンタコス!」
「開口一番がそれっ!?」
可愛らしいサンタコスに身を包んだ鈴屋さんがそこにいた。
「なんで、あー君の部屋にいるの、すぐにわかったかなー」
つまらなさげに口をとがらせる。その仕草が、いちいち可愛い。
サンタコス……ハチ子が去年製作したものとはいえ、その魅力が褪せることはない。
鈴屋さんはベッドの上で正座を崩した座り方をして、スカートを上からぎゅうと押さえつけていた。
俺は隣で胡坐をかいて座っているのだが……わざと視線を上げている。
いや、破壊力がありすぎて、まともに見れないってやつだ。
「むしろ、俺が出ていったのよくわかったね」
「そりゃぁね~最近コソコソ行商の人と会ってたみたいだし~先月のクリスマスは忙しくて何もできなかったし~きっとなにか企んでいるんだろうなって……」
「……バレてましたか」
「極めつけは~アレね。あー君、今日、チキン買ってきたでしょ?」
ほんとによく見ているな……その辺の鋭さは、まさに女子のそれだ。
「なのに夕食の時は、そのチキン食べないし~じゃあ近々なんかあるかなぁ~って。だから風の精霊さんに、あー君が部屋を出たら知らせてくれるよう頼んだの」
「なんていう監視社会……」
「こんなの監視のうちに入んないよ。それで、プレゼントはうまくいったの?」
「んあぁ~……まぁ、なんだ。うん」
思わず答えを濁す。
他の女子に配っていたというのはどうなんだろうと、今さらながらに思ったのだ。
「その感じはうまくいかなかったのかな? どうせ、的外れなプレゼントでもしたんでしょ?」
「……いや、最終的に喜んでくれた……と、思う」
ふぅん……と、やはりつまらなさそうだ。
「あー君にはさぁ~」
鈴屋さんが体を縦に揺らせながら、独り言のようにつぶやく。
「この世界にきた時は、私だけしかいなかったのにね。今はハチ子さんとか……アルフィーとか……」
「そうだなぁ。心強い仲間が増えたよな」
「……そういう話じゃなくて…………もぅ、ほんと天然バカ……」
「それはあんまりだ。天然でバカって救いようがないだろ」
「だってそうなんだもん……」
口をとがらせる鈴屋さんに、俺は項垂れるしかない。
最近ハチ子にも、よく「バカなんですか」と、涙目で言われている気がするのだ。
これでアルフィーにまで言われるようになったら、いよいよ問題は深刻だ。
「……あのね、あー君。私が言いたいのは、あー君は誰が一番好きなの?ってこと」
「ほへ?」
思いもよらない質問だった。
「それは……だって、俺はこの世界の住人じゃないんだぜ? もし俺が、この世界の誰かを好きになったとしても、その先にあるのは別れしかないんだし……」
「元の世界に帰ったら私は……ネカマ……なんだけど?」
「……それは、そうかもしんないけど……」
「ここでなら、私は確実に女の子だよ?」
「あぁ……まぁ……」
しばらく答えに悩んでいると、鈴屋さんが見兼ねて質問の内容を変えてくる。
「じゃあ、もし元の世界に帰れないとしたら、誰を選ぶの?」
「……その質問は随分ずるい気がするな……まぁあくまでも仮定の話として、だよ。この世界で誰かを選べと言うのなら、迷わず君を選ぶけど」
「……ほんとかなぁ?」
「いや……その前に、お前が選べる立場なのかよって話なんだけど。それに……さ。そもそも俺は、もとの世界に帰るつもりだし……」
「ふぅん……」
まだ何か物足りないようだ。
しばらく何か次の質問を考えて、やがて小さな声でぽつりとつぶやく。
「じゃぁ……私がもし、帰りたくない……って言ったら……?」
胸の奥底でくすぶる感情を悪魔が握りつぶそうとしている、そんな感覚が生まれる。
鈴屋さんが“それ”を言葉にするとは、思ってもいなかったのだ。
いつの間にか月が雲に隠れてしまい、部屋が真っ暗になっていた。
そのせいで鈴屋さんの表情が読み取れない。
この暗闇の中で求められているのは、俺の率直な答えだ。
「そうだな……俺は……」
一度、言葉を区切る。
この先の言葉が、ちゃんと考えて出したものだと信じてほしかったからだ。
「鈴屋さんが、本当にそう望むのならそうするよ。君を残して帰るという選択肢はないから」
「……そう……」
「でもね、それでも一緒に帰ろうと説得はし続けると思うよ」
……一緒にいたい……その願いが叶うのならば、正直場所なんて『この世界』だろうが、『現実世界』だろうが、どこでもいい。
それでも……すべてを話して理解し合い、真の意味で支え合える仲になるには、現実世界でしかできないと俺は思うのだ。
「……やっぱり帰りたい?」
「大前提として、君のいる場所が俺のいる場所だ。恋人でも親友でも……形はこの際、なんでもいいさ。けど……本当にすべてを見せ合えたなら、きっともっと心で強くつながっていけると思うんだ。で……たぶん、それができるのは、現実の世界だけなんじゃないか……な」
左の肩に水色の髪がさらりと触れる。
甘えている感じではない。
その頭の重みからは、不安とともに、信頼したいという感情が読み取れた。
「……ここにいるのは、私が憧れる理想の女の子だよ?」
「じゃあ、素の君を見たいね」
「……やだよ。幻滅されそうで怖いもん」
「そいつは、むしろギャップ萌えするかもな」
カカカと笑う。
「それは…さ、やっぱり会ってみないとわからないな。でも、嫌いはしない。それとこれとは、別の話だからな」
「……男だったら、ショック受けない?」
「あぁ~……まぁ、がっかりはするかも……キスとかできないじゃん、とかって」
「……ばぁか」
複雑そうな表情が、再び姿を現した月明りに照らし出されていく。
そして鈴屋さんはゆっくりと目を閉じ、俺の肩に頬を摺り寄せてきた。
俺はそのあご先をかるくつまんで、ほんの少しだけ持ちあげる。
そして、自然な流れのままに唇を重ねた。
時間にして2秒もないだろう。
それは互いに、感触を確かめ合う程度だったかもしれない。
それでも心臓がドクドクと高鳴り、頭が真っ白になってしまう。
唇が離れた後は、目を合わせることもできなかった。
やがて……
「……私、ネカマだよ?」
不安げに聞いてくる。
もうこれは質問ではなく、確認に近い。
「あぁ、だから今のうちにキスしちまえ、と思って……」
「……バカなの? 気持ち悪くないの?」
「いや、今は女の子だから全然……それを言うなら、野郎にキスされた鈴屋さんの方がダメージでかいはずだけど?」
「………ばぁか」
そう言って、再び肩に頬を摺り寄せてくる。
「今年のサンタはぁ……あごクイだけでは終わりませんでしたなぁ~」
「たまには、男を見せないとな」
「……最近はけっこう見せてくれてるよ?」
くすくすと聞こえる笑い声が心地いい。
君が笑顔でいてくれるなら、俺はとりあえずハッピーなのだ。
「あ〜かのしっぷぅ〜、アークさまはぁ〜」
またそれ歌うし……と苦笑しながらも、俺はこの時間がいつまでも続けばいいなと、ぼんやり考えていた。