鈴屋さんとサンタクロースっ!〈ハチ子編〉
ひと月遅れのクリスマス、ハチ子編です。
鈴屋さん編はクリスマスを過ぎてしまうでしょう。(笑)
それではハチ子とのクリスマスを、ホットドリンク片手にお楽しみください。
クリスマスの夜は多忙だ。
通常、サンタクロースなんてものは各家庭にひとり配属されているものであって、いくつも掛け持ちするものではない。もし掛け持ちするのであれば、それはきっと相当なプレイボーイなのだろう。
一方の俺はというと、モテるという言葉から最も縁遠い存在である。
そんな俺が、なぜにこれほど忙しいのか。
答えは簡単だ。俺のパーティメンバーは、幸か不幸か何ゆえか、全員がうら若き女性なのだ。
唯一の男である俺がサンタ役を買って出るならば、掛け持ちしてしかるべきというものだろう。
……ちなみに……シメオネやラナは、正式なパーティメンバーとは言い難いので今回は除外している……
決して、あのフェリシモ姉さんのいる宿に侵入することが怖いわけではない。
まぁ、月魔術師ギルドへの侵入は、普通に不可能なんだが……
とにかく俺は、すでに2件のプレゼントの配達をこなしていた。
残すは2件……ハチ子と鈴屋さんだ。
どちらも同じ宿……というか、俺の部屋の両隣だから、難なく終わるはずである。
「とりあえず、ハチ子さんから行くか」
屋根伝いに移動をし碧の月亭にたどり着くと、目的の部屋の窓を注視する。
当たり前だが、部屋の中は暗い。さすがのハチ子も、今頃は夢の中なのだろう。
俺はテレポートダガーを取り出すと、ハチ子の部屋の窓に向けて放物線を描くように投げる。
「……トリガー」
転移後、そのまま窓のすぐ側にあるウィンドウボックスにハングし、首を伸ばすようにして部屋の中の様子を窺う。
花鉢が邪魔でよくは見えないが、やはり部屋の中に人が起きている気配はない。
そこから花鉢を避けるようにしてよじ登り、窓を引き開ける。
「……ハチ子さん、お邪魔するよ」
やはり“一応”の断りを入れて、音を立てずに部屋の中へと小さく跳ぶ。
間取りは俺の部屋と同じだが、さすがハチ子、よく片付いている。
いや……むしろ、飾り気がない。もはや、生活感がまったくないと言えるレベルだ。
……もとアサシンっぽいといえば、それまでだが……
とりあえずハチ子が眠るベッドに向かい、アルフィーのときと同じく枕元で膝をつく。
ハチ子はこちら側に頭を向けて眠っていた。
静かに寝息をたてているその寝顔は、やはり美しいの一言につきる。
心なしか出会った時よりも、大人びてきている気がする。
「ハチ子さん~?」
小さく名前を呼んでみるが、反応はない。
いかに感のいいハチ子でも、俺の隠密スキルと黒装束の効果があれば、そう簡単には気づくことはできない。潜入ミッションはニンジャの十八番なのだ。
「さて、と……」
プレゼントを音をたてないようにゆっくりとズタ袋から取り出し、ハチ子の枕元へと視線を戻す。
そこで俺の心臓は、ドンッと派手な音をたててしまった。
そこには、両目を大きく見開いて見つめてくるハチ子がいたのだ。
俺は思わず声を失い、しばらくそのまま目を合わせてしまう。
しかしハチ子は、黙って見つめてくるだけで何も言わない。
「……ハチ子……さん?」
「………………」
やはりハチ子は返事をしない。
そしてゆっくりとまた目を閉じてしまう。
……これはいったい……目を開けて寝てたとか、そんなヲチじゃないよな……
「あのぅ……」
もう一度声をかけてみるが、反応はない。
やはり寝ているのだろうか。
……いや……これは……
「あのぅ……ハチ子さん? 起きてますよね?」
「………………」
間違いない。
月明かりに照らし出されたハチ子の顔が、どんどんと赤くなっているのが分かる。
もしかして熱でもあるのかと思い額に手を当てると、ハチ子がビクッと身を震わせた。
「……ハチ子?」
そこでようやく、ハチ子が観念したかのように目を開ける。
「……あのですね……アーク殿」
真っ黒な瞳が、艷やかに濡れている。
そして、どこか恥ずかしげな雰囲気だ。
「アーク殿は男性ですし、そういった日があっても仕方ないとハチ子は理解しております。ですから、アーク殿が望むのなら、その望みに添おうと前々から考えておりました」
なんの話をしているのか、いまいちピンとこない。
「……なので……アーク殿の望むままにしてくださって構いませんので……」
言って、再び目を閉じる。
……いや……待て、これってひょっとして……
「ちょ、ハチ子さん、俺はプレゼントを渡しに来ただけで……」
「……プレゼント……?」
不思議そうに問い返してくる。
そしてややあって、なるほどと頷き始める。
「……アーク殿ご自身がプレゼント……ということは、これは私へのご褒美なのですね?」
「待て、待て待て待て。ご褒美には違いないが、まだ何か会話がずれている気がするぞ。あれだ、ほら、クリスマス!」
きょとんとした目をするハチ子に、不安しか感じない。
俺の言わんとすることを、まだ理解できていないようだ。
「クリスマスプレゼントだよ。クリスマスって、知らなかったか?」
「……はい、存じ上げております。乱歩様から聞いたことがありますし、去年は鈴屋にサンタコスなるものを作らされたので……」
「そう、それ!」
「ですから、今回はアーク殿自らがプレゼントということなのでしょう?」
「あほか! 自分にリボンを巻いて“私がプレゼントです”とか、どこの漫画の世界だよ。ていうか、そんな漫画も見たことないからなっ!」
それにその場合は、むしろ俺にとってご褒美になっちまうだろうが、と心の中で付け加える。
「これだよ、これ!」
このままでは埒が明かないので、ズタ袋からドンッとプレゼントを取り出した。
「……それは?」
「おぅ、これはな、港町バリィから船で取り寄せた“1万分の1の奇跡”と呼ばれる伝説のワイン『クロッツァ』だ!」
ジト目である。
本日、2回目のジト目である。
「……それがプレゼントなのですか?」
「アルフィーといい……ハチ子といい……なぜにお前らは、そう不満気な顔をするのだ」
「……ちなみに、アルフィーには何をあげたのですか?」
「肉だ」
おぉ、ベリーロングため息。
俺に対して、ここまで呆れるハチ子を見るのは初めてである。
「あのですね、アーク殿……」
「……はい……」
いち早く説教の空気を感知する。
すでに正座をしているのは、鈴屋さんの教育の賜物であろう。
「アーク殿には、ムードづくりと、浪漫というものが絶望的に欠けてます」
「……はぅっ」
ピシャリと言われる。
なんか前にも似たことを、鈴屋さんに言われた気がする。
「ちなみに……私は、なぜお酒なのですか?」
「……いや、最近2人で一献とかしてないしな……この1本はそのために、と思いついた次第でして……」
ハチ子が大きく息を飲む。
「どうしてそれを、先に言ってくださらないのですかっ!」
「いや、説明する隙がなかったろうよ? んまぁ……たまにはハチ子と静かに飲みたかったのさ」
そこまで言うと、ハチ子はガバリとシーツをかぶって顔を隠してしまう。
呆れているのか、怒っているのか、もはや判別不可能だ。
「……ほんと、そういうところ……です」
「なんか……いつもすみません」
「……責めてません。アーク殿がたまに出す、そういうところに……」
ごにょごにょと言葉を濁される。
「……ありがとうございます、アーク殿。では……後ほど、一献……付き合ってくださいね?」
「あぁ、そりゃもちろんだ。そのために買ったんだからな」
ぽんとシーツ越しで頭に手を置き、笑いかける。
「じゃあ、俺は行くぜ。邪魔したな」
「……いえ……おやすみなさい、アーク殿……」
その声は、少し嬉しそうにも聞こえた。
なんだかんだ言って、一応は喜んでくれたようだ。
「あぁ……おやすみ、ハチ子さん」
俺はサンタクロース作戦の成功に胸をなでおろしつつ、最後の配達へと赴くのだ。
すでに2件……誤字ではありませんし、話はとんでおりません。
さてその1件とは…(笑)
ちなみにアークはハチ子のことを呼ぶ時、基本「さん」をつけてますが、たまに呼び捨てになります。
作者のミスではありません。(笑)




