鈴屋さんの快刀乱麻!
お待たせしました。
短めですので、さらっとどうぞ。
「ん〜〜〜帰ってきたぜ〜!」
久しぶりに浴びるレーナの陽気を、体全体で受け止めようと、伸びるようにして手を広げる。
ぽかぽかとした脳天気な陽の光と、頬に触れる潮風がなんとも心地良い。
今となっては、ここが俺のホームなんだと実感する。
「あー君、とりあえず南無っちのとこにハンマー届けて、怪我を治してもらう?」
「いや、飯が先だ!」
俺は今、海外旅行から帰ってきた日本人のように、『碧の月亭』の料理が恋しくてたまらないのだ。
「……ずっと跛を引いて歩いているの、見てて痛々しいんだけど……」
「もう足の痛みには慣れてきたから。それよりも、食欲を満たすことが最優先事項だ。とりあえず、なんか食おうぜ」
「おいらも、賛成!」
立派な彫刻が施された木の箱を背中に背負うドワーフの子供が、俺と鈴屋さんの会話に割って入ってくる。
……くそぅ……ことごとくお邪魔虫だな……
鈴屋さんとなんか“いい感じ”になっていたあの日、ギルにハンマーの『管理』と『持ち帰る役目』を言い渡されたのが、このドワーリンである。
それから持ち出しの手続きで2日ほど待たされたのだが、ドワーリンは事あるごとに2人の会話を邪魔してくるのだ。
こいつは早めに南無邸に預けた方がよさそうだ……などと、意地悪なことを考えているうちに、懐かしの『碧の月亭』が視界に入ってきた。
この時、妙な安心感が生まれたのは、そこが住み慣れた場所であるということに他ならないのだが、理由はそれだけではなかった。
「アーク殿!」
君は一体いつから待っていたのか、と問いたくなる。
そこには黒色のワンピースを風に揺らせる可憐な女性が、壁にもたれかかるようにして立っていたのだ。
その嬉しそうな表情を見るだけで、俺の疲れも吹き飛ぶというものだ。
「よっ、ハチ子さん。ただいま」
「お帰りなさい、アーク殿! ついでに鈴屋も」
「……ついでに、ただいま〜」
少し拗ね気味な口調も含めて、いつも通りなこのやり取りに安心感すら覚える。
ハチ子もそれは同じなのだろう。言葉とは裏腹に、鈴屋さんに対しても嬉しそうに笑顔をみせてくれていた。
「アーク殿……足、どうかされたのですか?」
「ん……? ……あぁ、まぁその……」
大げさに包帯が巻かれた左足に視線を落とし、説明ができずに口籠る。
これの説明をすると、鈴屋さんがまた落ち込みそうなんだが……さて、どうしたものだろう。
「……それは、私が……」
「それはね、このエルフのおねえちゃんがノームを召喚して、お兄ちゃんの足をペチャンコにしたんだよ!」
「……へ?」
案の定ハチ子が目を丸くして、表情を変えずに鈴屋さんの方へと顔を向ける。
心なしかアサシン時代の迫力を、想起させるものがある。
話をどんどんと面倒くさい方向に持っていくドワーリンに、俺はため息しか出ない。こいつは、間違いなくトラブルメーカーだ。
「鈴屋……あなたは加減というものを……」
「ち、違うの、ハチ子さん。なんて説明をしたら……」
「弁解の余地などありますか?」
助け舟を出したいところだが、この切迫した状況を一発で解決できる『快刀乱麻』の一言が思い浮かばない。
「鈴屋……私だって、いくらなんでも怒りますよ」
「違うの、聞いて……あの……そうだ、ドワーリン! ハチ子さんは何族だと思う?」
鈴屋さんが出した、起死回生の一手はこれだった。
ドワーリンは首を傾げ、ゆっくりとした動きでハチ子の顔を見上げる。
……って、ちょっと待て。鈴屋さん、これって……
「アイデンティフィケーション!」
例の技名とともに、黒色のワンピースがぺろんとめくり上げられる。
それは、アサシン教団で1位にまで上り詰めたハチ子に対し、完璧といえる不意打ちだった。
さすがのハチ子も、いきなりワンピースをめくり上げてくるなんて予想だにしなかったのだろう。
ドワーリンは真っ黒な下着を右手でパンパンと叩き、極めて明るい声で結果を発表するのだ。
「人間の女だね!」
「……い、いや、見りゃわかるだろ……むしろ、それで種族まで見分けられるほうが、すげぇんだが……」
氷像のように固まるハチ子があまりにも不憫で、かけられる言葉が何ひとつ見つからない。
彼女が自分の身に何が起こったのか理解するまでに、30秒は要しただろう。
「ふぁ……ふぁぁ……」
みるみると耳の先まで朱に染めていき、俺に涙目を向けてくる。
「ふぁ……ふぁ……ふぁ……ふぁぁくどの……」
「……はい」
「い……い……いま……み……み……見ました……か?」
黙って目をそらす。
……いやだって、見てないわけないだろう。目を背ける暇もなく、目の前でめくれたんだぞ……
「…………ぅ………………ぅ……ぅ……」
「いや、あの……よくお似合いというか……イメージ通りというか……」
「そんなこと言わないでくださいっ!」
ハチ子が大粒の涙をこぼしながら、あろうことか俺の左足を踏みつけてきた。
瞬時に痛みが、脳天へと突き刺さる。
「あぅぎゃっ!」
「バカなんですかーーーーっ!」
涙を流して逃げ出すハチ子に、俺は弁明することもできずその場で悶絶してしまう。
「あー君、ドン引きだよ〜」
「俺か? 俺が悪いのか?」
「ないわ〜、よくお似合いって……かなりないわ〜」
確かにワードチョイスは、間違っているかもしれない。しかし、それでも俺は悪くないはずだ。
「だめだ、こいつはすぐに南無子に押し付けるぞ!」
「も〜、だから先に南無っちのとこ行こうよって言ったのに〜」
「……その……見事なまでのしたり顔は、すべて計算だったんデスカ?」
「んなわけ、ないじゃん?」
んふふ〜、と見せる笑顔が「すべて計算通り」だと語っている。もはや流石を通り越して、恐ろしくもある。
こうして見事なまでに、鈴屋さんの『快刀乱麻』が炸裂したのだ。




