鈴屋さんvsハチ子さん!
「ほほぅ〜アーク殿はいける口なんですなぁ~♪」
白く輝く月の光が、ほんのりと頬を朱に染める美しい女性を照らし出していた。
彼女は少し酔っているせいか、初めて会ったときよりも饒舌だった。
「ハチ子さんも、中々だね」
……嘘である……
彼女が飲んだのは、自分で持ち込んだお酒二杯だけだ。
つい、1時間ほど前のことである。
俺は夕食を終えたあと、買い物に行ってくるという鈴屋さんを見送り、屋根上で飲むことにしたのだ。
しかし俺の指定席には、静かに正座をして待ち受ける女性がいた。
アサシン教団が8位のハチ子だ。
彼女は「一献いかがですか?」と俺を誘い、自前の酒を注いでくれたのだが……ものの二杯でこの変わりようである。
「今宵は、いい夜ですなぁ〜」
鼻歌交じりのハチ子に対し、俺は動揺を隠せない。
あの凛とした、物静かで美しい女性がだ。
「アーク殿〜、アーク殿はお酒も強いんですなぁ〜♪」
そう言いながら、思いっきり寄りかかってくる。
彼女の持つ残像のシミターは、イベント1位の賞品だった。
入手経路をたどれば、他の元プレイヤーの情報を聞き出せるかもしれない。
……あるいは、彼女がプレイヤーなのか……
しかし、だ。
彼女ときたら、話を聞き出すどころか、酷く泥酔しておられる。
「ほらアーク殿、もう一献〜」
「……お、おぅ……」
ハチ子は、おぼつかない手で酒を注ごうとし……
「のわぁ!」
言わんこっちゃない。
思いっきり、俺の黒装束にこぼしやがった。
「あぁぁぁ、アーク殿ぅ〜申し訳ない……」
ハチ子は謝りながら、タオルがないのか自分の服の肘を使ってぐいぐいと拭いてくる。
「いや、大丈夫だから……ハチ子さんの服まで汚れるって」
「アーク殿、ハチ子が悪いのです。汚れるならば共に汚れましょうぞ〜」
うぉ、いま自分でハチ子って言ったぞ。
しかも、なに変なこと言い出してるんだよ。
「いや、ほんと……こら、そこはキワドイっての!」
「なにがキワドイのかなぁ?」
今の声はハチ子ではないし、聞き間違えるはずもない。
これほど澄んだ声の持ち主は、世界で唯一人しか知らない。
麗しの君が発した背後からの声に、俺の中で五右衛門風呂事件がフラッシュバックする。
胡座をかいている俺の腹部に、右肘をグイグイと押し付けるハチ子……さぁ、これについて俺は、どう申し開きをすればいいんだ。
「あー君、その人は誰なのかなぁ?」
俺はハチ子を引き剥がしながら、鈴屋さんの方に体を向ける。
ちなみに、すでに正座である。
「えぇっと……ほら、前に話したアサシン教団の人で……あの時のは7位のイーグルなんだけど、この人は8位のイーグルで……」
「何をツレナイことを、おっしゃるのですか〜アーク殿の前では、私はハチ子ですよぅ。アーク殿が付けてくれた、とっても愛らしい名前じゃないですかぁ〜♪」
「へぇ〜ハチ子さんって言うんだ。犬みたいな名前だね♪」
おぉ……攻撃的……いま動けば死ぬ気がする。
「なるほど〜私はアーク殿の犬なのですね〜わんわん♪」
「だぁ、ひっつかないでください、ハチ子さん!」
ピキッっと鈴屋さんが固まる。
すげぇ……あの鈴屋さんが押されてる。
「あー君は、私の犬なんですけどね」
鈴屋さんが、痛烈なSを見せつけてくる。
しかしハチ子に、怯む気配はない。
「そうなんですかぁ~。私はどちらかと言うと、アーク殿に飼われてる方がいいのです〜♪」
そしてわざと見せつけるように、ハチ子が寄りかかってくる。
「あー君」
「……はぃ……」
名前だけでかかるプレッシャーが凄まじい。
なんとかしなさい、と言われているようだ。
「あ、あのさ、ハチ子さん。あんた、師匠が好きなんだろ?」
しかしハチ子は、目を丸くして首をかしげる。
「いえ? 師匠は……そうですね、兄のような存在です。でも、アーク殿は……」
おいやめろ、その先は嫌な予感しかしない。
ほら、鈴屋さんの目がどんどん細くなっているではないか……
「アーク殿は、私を一瞬で負かせた男です。背後から私を力強く抱きしめて……冷たいナイフを首元につきつけながら……耳元で“俺の犬になれ”と囁いたのです……あの日から、ハチ子はアーク殿の犬なのです」
終わった。
表現に色々と語弊はあるが、八割がた事実なのが恐ろしい。
「……あー君、私がいない間に、何をしていたのかな?」
「犬を飼っただけですよねぇ~♪」
ちょっと、あんたもう黙っててくれるっ!?
「違うの、鈴屋さん! 俺は彼女に襲われて……」
「それはもう、熱い夜でした~」
「マヂであんた、黙っててくれるっ!?」
違うんだ~鈴屋しゃん、違うんだ~とゾンビのように泣きすがる俺に、鈴屋しゃんが大きくため息をする。
そして、わしゃっと頭を撫でると、鈴屋しゃんが冷たい眼光でハチ子を睨んだ。
「あなた……あまり、うちのあー君をからかうの、よしてくれないかな?」
酷く男前で、見惚れてしまう。
「……あら、私は本気ですよぅ♪」
しかし鈴屋さんは、首を横に振る。
「酔ったふりでしょ?」
「何をおっしゃいますかぁ♪」
「その程度のロール……あー君は騙せても、私は騙せませんから」
なん……で……すってぇ?
「……さすがに、ばれましたか」
「帰ってもらえます? 今は、あー君と私の時間なの」
ハチ子は目をすぅっと細めると、冷たく微笑んだ。
「今日のところは、退散しましょう。アーク殿、また一献♪ 楽しみましょうね♪」
そう言ってハチ子は、屋根から華麗に飛び降りた。
しばらく続く無言が怖い。
鈴屋さんは黙ったまま何も話してくれず、どうやら俺から声をかけなくてはならないのだと感づく。
「鈴屋さん……」
「なぁに、あー君」
「ちゃんと話すので、聞いてもらえます?」
すると鈴屋さんは、俺のマフラーの両端を握り、おもむろに引っ張りはじめた。
「ちょ……ぐ、ぐるじい……まじギブ、ギブ……」
「なに、あの女ぁ~~むかつく~~!」
「ちょ、鈴屋しゃん、しぬ、しぬって!」
それから俺の弁明と、鈴屋さんの説教が延々と続き、気がつけば空が明るくなっていたのは言うまでもない。




