鈴屋さんとドワーフの国!〈6〉
ドワーフの国編の6話です。
ここでひと冒険するかとも考えていたのですが、長くなりそうなので、わりとあっさり帰ることにしました。
ちょっと懐かしい、あの人も現れます。
それではワンドリンク片手に、まったりとお読みください。
「ふふふ~ん、ふふ~ん」
ドワーフたちが集う酒場の屋根上で『誉れ高き戦士(仮)』を可愛らしく口遊んでいるのは、もちろん鈴屋さんだ。
ジェズに圧勝した俺は、無事ドワーフたちに認められ、そのまま酒場へと連行された。
勝利を称えるという厚意の酒だ。無碍に断ることなど、できるはずもない。
問題は、相手があの『酒樽』のようなドワーフだ。彼らはその体型通り、無尽蔵に酒を飲み続ける。
酒場はそれこそ目の回るような速度で盛り上がっていき、俺がやっとの思いで抜け出した頃には、完全な酔っ払いとなっていた。
おぼつかない足取りでかろうじて鈴屋さんと屋根の上まで移動をし、そのまま鈴屋さんの膝の上に頭を乗せて唸っている状態が今なのである。
「きぼぢわるぃ~」
ごろんと鈴屋さんの腹部に向け寝返りをうち、無意識のうちに左手を腰へとまわす。
「……あー君、いま結構すごいことしてるんだけど……わかってる?」
「はなうたぁ~ちょうだぁい~」
「……酔っぱらうと甘えん坊になるの、ハチ子さんたちは知ってるのかなぁ……」
嬋媛たるエルフ嬢の溜め息は、いつ見てもお美しいことで……一方、見惚れてる俺は、酔いのあまり自分が何をしているのかイマイチ理解できていない。
「今のあー君は、男らしさから一番遠い存在だよね〜」
意地悪な言葉にすら、心が躍ってしまう自分がいる。
「さっき、かなり、がんばった~」
「……まぁ……ぅん……そだね」
「ギルのおっさんも、ハンマー準備してくれるって言ってくれた~」
「……ぅん……お手柄……だね」
「鈴屋さんが、勝ってって言うから勝った~」
「……………………」
少しの沈黙。
やがて鈴屋さんが肩を軽く上げて、ため息をひとつつく。
「はいはい、かっこよかったですよぅ~」
この時の俺は、おそらく相当だらしのない笑みを浮かべていたことだろう。
それでも鈴屋さんは、どこか嬉しそうに笑って俺の頭を撫でてくれていた。
「ギルさん、明日にはハンマーとか準備してくれるって。レーナまではテレポート使ってくれるらしいよ?」
「そんなことまで、してくれるの?」
「なんかね〜貴重なハンマーを、街道を使って何日も持ち歩かせるわけにはいかないって言ってたよ?」
あぁ、なるほど。たしかに野盗に襲われて、奪われでもしたら大変だもんな。
そいつは楽ちんだなと笑い、ゆっくりと目を瞑る。
「テレポートで帰れるなら、あー君の怪我もすぐに治せるし、よかったね!」
「ん〜〜もうちょっとこれをネタに色々とやらせたい……」
「……馬鹿なのかな……?」
「ん〜〜」
「……あー君、もしかして寝そう?」
「………………」
「もぅ〜」
鈴屋さんの呆れ声が聞こえたところで、俺の意識はほぼ落ちてしまった。
そこから聞こえた会話は、正直うろ覚えだ。
もしかしたら、ほんとに夢の中の出来事だったのかもしれない。
「アークは寝た……のか?」
……低い声だ……どこかで聞いたことのある男の声……
「あなた、だれ?」
「……乱歩…………アークにはセブンと呼ばれているが……」
……セブン…久しく聞かない名前だな……
「ふぅん…………あなたがセブンさん。はじめまして、私はあー君の……」
「くだらん演技はよせ。お前は、何をしている?」
一瞬の沈黙。
「…………何を言っているのかな?」
「ここは今……月の目が及ばない。もう一度聞く。お前は、何をしているんだ?」
やはり生まれる沈黙。
こいつは一体、何を言っているのだろう。
「……乱歩さん。あなた……フラジャイル……でしょ?」
俺の髪に優しく指を通しながら、落ち着いた声で聞き返す。
その動きに、淀みは感じられない。
「……そうだ、サルベージャー。お前はなぜ、まだアークとここにいる」
しかし、鈴屋さんは何も答えない。
あるいはセブンの意味不明な台詞に、返答しようがないのかもしれない。
「アークのその眼帯……ウイルズにでもやられたか?」
……ウイルズ……なぜこいつがその名前を知っているんだ?
「乱歩さんのその目って、もしかして……?」
……目……そうだ、確かセブンは隻眼で左目をなくしていたな……
「アークは……俺と同じだ。そして今は……そうだな、アークにとってのお前を探している……と、言えば理解できるかな?」
鈴屋さんの手が止まる。
かすかな震えが、その細い指先から伝わってくる。
「まさか、そのためにフラジャイルに? でも、それは……無理なんじゃないかな?」
「……俺のことはいい。最初の質問にもどるぞ。お前は、何をしているんだ?」
やはり、話の内容が見えてこない。
二人は決して、決定的な“何か”を語ろうとはしない。
少しでも目を開けて、セブンに一言いってやりたいところだが、残念ながら俺の意識はまどろみの中にある。
「私は……私のやり方で、あー君と帰るんです」
「……ふん。帰りたいように見えんがな。何なら俺が……」
そして、また沈黙。
長年一緒にいると、わかるものだ。
たぶん、鈴屋さんはセブンのことを睨んでいるのだろう。
「あなたはハチ子さんに、どこまで話したのかな?」
今度はセブンが押し黙る。
たしかにハチ子は、この世界の住人でありながら、元の世界の事を多く聞かされていたようだ。
「そうやって強引なことをするから、見誤ったんじゃないかな?」
「……たしかに、アレは俺の不始末だ。しかしお前は……まるで、ヴァルハラに連れて行く戦士を育てているのかのようにも見える。俺は、お前たちが……あるいは俺を救ってくれた、あの人と同じように……と思っていたのだが……」
「あなたの過去も思惑も、私には関係ないです。私はあー君と帰りますから」
きっぱりと言い放つ。
そうだ……俺は鈴屋さんと…………
目を覚ました時は、変わらず屋根の上だった。
ただ、清々しい朝だとは感じられない。
それはもちろん、ここが太陽や月の光が届かない大空洞だからだろう。
「っつ、いてて……」
少し動こうとするだけで、体の節々に痛みが走る。これが昨日の決闘によるものか、それともただ単純に、こんなところで寝たせいなのかはわからない。
とりあえず右手をついて体を起こし、軽く首をひねる。
「あー君……」
いつの間に入れ替わっていたのだろう。鈴屋さんが、俺の膝の上に頭を乗せて見上げてきていた。
少し目が腫れているようにもみえる。
「悪い、こんなところで寝ちまってた。風邪ひいちゃうよな?」
しかし鈴屋さんは、ンフフ〜と笑って自分の首元をちょいちょいと指さす。
そこにはしっかりと、赤いマフラーが巻かれていた。いつの間にか、俺にも巻いてくれていたようだ。
「これって寒さに対する抵抗力も上がるんだよね~。あったかかったよ?」
「……そか。うん、ならよかった」
「うん、あったかいの」
鈴屋さんがそう言って、俺の腰に両手をまわし腹部へと顔を埋めてくる。
「えっと……鈴屋さん?」
「……昨日、あー君は同じことしてきたんだからね? 今は、私のターン……」
……なんだこの甘えっぷりは……久々すぎて逆に新鮮だ。
「私だってね、色々がんばってるんですぅ」
これも昨日の俺の台詞なのだろうか。そうなると、いよいよ何も言い返せない。
「私だって、ほんとはいっぱい甘えたいんですぅ」
ここで「ネカマなのに?」なんて、とても言えない。
俺は、鈴屋さんの気持ちや考えをちゃんと理解できていたのだろうか、という自責の念すらうまれる。
「私だって……わかってるもん」
その消え入りそうな声に、胸がぎゅうと締めつけられる思いがした。
たまらず綺麗な水色の髪に右手を置いて、優しくなでる。
「……そうだよな」
「そうなんだよ?」
思わず出してしまった“知った風”な言葉に、鈴屋さんは悪戯っぽく笑ってみせた。
その笑顔があまりにも素敵すぎて、俺はそれ以上の言葉を生み出すことができなかった。
久々に鈴屋さん“らしさ”が、出た気がします。
正ヒロイン、このまま輝きを取り戻せるのか。(笑)




