鈴屋さんとドワーフの国!〈4〉
四話目です。
あー君は男の子ですの回。
短いですが、気分転換にさらっとどうぞ。
「解せぬ……」
ドワーフたちが集う酒場の目の前で、俺は首を傾げながら戦いの準備をしていた。
話はドワーリンによってすでに広がっており、薄暗い空き地には30人ほどのドワーフの輪ができている。
武器や魔法の装備の使用は禁止。
素手に皮手袋だけをつけて、上半身は裸、下はズボンだけというガッチガチの格闘技スタイル。
そりゃあ見てる側は酒の肴にいいだろうが……
「解せぬ」
俺はもう一度つぶやいた。
なぜに俺が殴り合いをせねばならんというのだ。
「あー君、足痛い?」
「モチのロンで超痛いです」
「……ゴメンナサイ」
一応、本当に反省はしているのだろう。
美少女にしゅんとする姿を見せられると、責める気など1ミリも起きないのだから不思議だ。
これで相手がグレイなら、気弾のひとつでも叩き込んでいただろう。
「まぁ、シメオネ師匠にマンツーマンのトレーニングは受けてるからね。快気功じゃ骨までは治せないけど、腫れは少し引いたし軽くやり合うくらいなら……」
「うん…………勝てそう?」
「どうだろうなぁ。そのへんのゴロツキ相手よりは、よっぽど強くなったとは思うけど……相手が格闘のプロとなるとちょっとわからないな。それこそ、この足を狙って攻撃とかされたら、ちょっとやばいかもな」
そこまで言って、鈴屋さんの目に涙が溜まっていることにきづく。
……俺相手に、そこまで思いつめる必要もないだろうに……
「大丈夫だよ。海竜に比べたらなんてことないさ」
ぽんっと鈴屋さんの頭に手を置き、軽く笑ってみせる。
実際シメオネより強いなんてことはないだろうし、そう考えれば、なんとかなるような気はした。
「あー君……あのね」
「ん?」
「……………負けてほしく……ない」
意外な言葉だった。
俺はてっきり「負けてもいいから無事に帰ってきて」的な言葉をかけられると思っていたのだ。
「勝ってほしいってこと?」
「……………うん」
その小さな返事に、俺の体の中心が熱くなる感じがした。
何故だろう。
心配されるよりも、100倍そっちのほうがいいと思える。
「任せろ……燃えてきた」
上着を脱ぎ鈴屋さんに手渡すと、ドワーフたちがつくる輪の中央へと進む。
そこには対戦相手であろう若いドワーフが、同じように上半身裸で立っていた。
真っ赤になって隆起する筋肉は、人のそれとはまるで別物だ。
首も腕も丸太のように太く、身長が低くともスーパーヘヴィ級といえよう。
それでも俺の心は、一歩たりとも怯まない。
「人族と戦うのは初めてなんだが、そんなひょろい身体で大丈夫かぁ?」
茶ひげのドワーフが、ニヤつきながら話しかけてくる。
俺の体躯を見て、すでに勝ったと思っているのだろう。
失礼な奴だ。
筋肉なんてものは、あればいいってものではない。俺はマッチョな筋肉だるまよりも、必要ギリギリまで絞られた筋肉のが好きなんだ。
破壊力抜群な鉄のハンマーより、研ぎ澄まされた日本刀に美学を感じるのだ。
「ほっとけ。それよりもルールの確認をしたいんだけど……魔法の類は駄目なんだよな?」
「もちろんじゃ」
変わりにギルが答える。どうやら審判をするようだ。
……魔法の類……つまりニンジャスキルの術式系は駄目で、体術系はオーケーということか。
「じゃぁ、気闘法はいいんだよな?」
「気闘法を使えるのか? あれは体術じゃからかまわんが……おんし……あんな、よほど極めんと使い物にならん技、よう習得しおったな」
「そうかい? けっこう便利だぜ」
「所詮は素手じゃ。斧で殴ったほうが早いわい」
たしかに、その通りだ。
長い時間をかけて気闘法を習得したところで『剣と鎧を装備した普通の冒険者』には敵わない。
そのせいかゲーム内でも『死にスキル』や『趣味スキル』、果ては『紙装甲』とまで揶揄されてきていた。
だがしかし……俺は、あのスキルを愚直なまでに極めた大馬鹿者を知っている。
そして個が極めた究極の鉄槌を、この目でしっかりと見ている。
あれは大器晩成型の上級者向けスキルだ。
「まぁ、見せてやるさ」
「……ふむ……では、そろそろ始めようかの。“暁の拳闘士”ジェズ、“竜殺し”アーク、前へ出ぇい!」
ウォォォォと野太い歓声が湧き上がる。
自然と心拍数が上がり、体中に熱い血液が駆け巡っていく。
アドレナリンが出まくっているのか、もはや足の痛みは感じていない。だからといって、軽々しくステップを踏むのは間違いだろう。
俺は静かに左手を相手の顎の位置に向け、足を肩幅に開いて左足を少し前に出す。
「人族、秒殺してやるよ」
ジェズが大きく股を開き、両拳を顎の前にもっていく。
ドワーフは足が遅い。
そのかわり力が強く、でたらめに打たれ強い。
ゴリ押しで超接近戦のインファイトに持ち込んで、打ち合いをするつもりなんだろう。
……それならステップを踏みながら距離をとって、シメオネ直伝の足技で戦えば楽そうなんだが……生憎と俺の左足は骨折をしていて、ステップを踏めない。
……こいつは、ちょいと痛いな。
「あー君……」
いつの間にか、鈴屋さんが輪の最前線まできていた。
いよいよ心配のしすぎで、顔色が真っ青になっている。
なんだか、見ているこっちが可哀想になってくる。
「勝ってほしいんだろ?」
「…………うん……だけど……」
「カカカ、麗しの我が君に“圧勝”ってのをプレゼントしてやるよ」
不敵に笑い、ジェズに指を立てて挑発をする。
「……言ったな、人族……」
「あぁ、言ったぞ、ドワーフ。後悔したくなかったら、最初から全力でこいよ」
さらに煽ると、ジェズの顔面がみるみると赤くなり殺気立っていく。
いいぞ、どんどん熱くなれ。お前に格闘ゲームのいろはってのをレクチャーしてやる。
「始めぇぃ!」
ギルが両手をクロスして開戦の狼煙を上げ、ついに試合は始まった。
あー君は格ゲーマニアです。なので、装備なしの対人戦に燃えているようです。(笑)




