鈴屋さんとドワーフの国!〈1〉
ドワーフの国へと行くお話、久々に鈴屋さんと二人きりです。
まだ導入レベルですが、連休の暇つぶしにどうぞ。
レーナの街から馬を7日ほど走らせると、ガガン山脈に差し掛かる。
ガガン山脈は、別名『ゴブリンも逃げ出す山』と呼ばれる有名な山だ。
その理由の一つに、この山を支配しているドワーフたちの王『ガラローク7世』の存在が大きい。
穴ぐらを好む小鬼共にとって、穴ぐらでひとつの国家を築いたドワーフは天敵に等しい。しかもドワーフは一人ひとりが屈強な戦士であり、腕のいい鍛冶師である。
加えて『ガラローク7世』は、ドワーフ界では非常に珍しい月魔術の導師でもある。
海竜戦ではレーナに住むドワーフ達を助力するために、彼の転移魔法で多くの物資や人材が運ばれてきた。
レーナにとって救世主と呼んでもいいくらいの働きをしている。
「このまま街道を進めば、ガガン鉱山に着くはずだよ」
馬の手綱を軽く握り、後ろへと首を少し捻る。
すると後ろから、「はぁい」と元気のない声が返ってきた。
「疲れた?」
「……うん。お尻も痛い」
鈴屋さんの声色から、相当な疲労感を読み取れる。
「まぁ、7日も馬乗ればねぇ。俺も、腰と股と尻が痛い……」
「そんな、オッサンみたいなこと言わないでよ」
「こんなものに、オッサンも若者もないぜ。痛いものは痛いさ」
言いながら腰を少し反らせると、それだけでバキバキと音が鳴る。
その度に鈴屋さんが親指を使って、腰をグッグッと押してきて非常に気持がいい。
「あとでまたマッサージしたげるから、頑張って」
「あぁ〜それは楽しみ。色んな意味で」
「……なんかソレ、そこはかとなくハラスメント要素を感じるのだけど……気のせいかな?」
「気のせいです。ちゃんと、“ネカマにされている”と認識してるから、よこしまな方向に捉えてなどいないです」
「本当かなぁ……」
嘘である。
実のところ、めちゃくちゃ興奮してしまい、それを隠すのが大変だったなんて言えるはずもない。
「でも今回ので、あー君の騎乗スキル、うなぎ上がりしたんじゃない?」
「なにその、うなぎ上がりって……。まぁ、さすがに慣れてきたけどね。思うに鈴屋さんが風の精霊を呼び出して、空飛んでいったほうが遥かに早くて楽ちんだったぜ?」
「そんなの、精神力が持つわけないでしょ。それなら、ラナちゃんにテレポートが使える人でも紹介してもらったほうが、よっぽど現実的だと思う」
「あぁ〜その手があったか」
「……まぁ……私としては、こうして二人きりでってのも久しぶりだし? レーナからこんなに離れたのも初めてだし? これはこれでいいんだけど……」
「ネカマでも、二人きりとか嬉しいの?」
からかったつもりの言葉に、一瞬の沈黙が生まれる。
やがて鈴屋さんが、ぽつりと不満げに呟いた。
「……最近、あー君……また、ネカマネカマ言い出してきた……」
ドクンと心音が跳ねる。
少し前の俺は、鈴屋さんを完全に女性として扱っていた。
しかし南無さんに釘を刺されてからは、無意識にではあるが、少しばかり距離をとっている。
しかし、だ。
今の反応はどうだ?
これは「ネカマだと言ってほしくない」と、捉えるべきなのか?
だからと言って「だってネカマなんだろ?」とも、言えるはずもない。
それでも何か返事をしなくてはと、考えを巡らせる。
しかし俺がようやく出した言葉は、月並み極まりないものだった。
「それだけ、ちゃんと……真面目に鈴屋さんのことを考えようとしてるからさ」
嘘のない言葉ではある。真剣だからこそ、悩むのだ。
鈴屋さんは、しばらくの間なにも答えてくれなかったが、やがて……
「ん……それならいい」
……と、少しだけ寂しそうに呟くのだった。
昼も過ぎて空腹の虫がぐうぐうと鳴き始めた頃、俺たちはガガン山脈の麓に到着していた。
鉱山の入り口へと馬を進めていくと、少しずつ出店や宿などが姿を現していく。それに伴って荷馬車や行商の数も増え自然と活気が強まっていき、いつの間にか小さな町のような雰囲気になっていた。
そして鉱山の入り口に辿り着くと、その圧巻の光景に言葉を失ってしまう。
「……これが……鉱山の入り口……なのか?」
そう……眼の前に現れたのは、想像していたような洞穴の入り口などではない。
山の斜面に向かって伸びる石の階段を少し上がると、5階建て分ぐらいの高さがある重厚な扉が現れたのだ。
おおよそ人の力では開きそうにはない巨大な扉は、息を呑むほどに凝った彫刻が施されている。俺達の世界なら、間違いなく世界遺産に登録されるだろう。
そしてその前には、フルプレートメイルやチェインメイルに身を包んだドワーフの門番が何人も立っていた。
「これは確かに鉱山国家だ……そりゃゴブリンも逃げ出すだろうよ」
「戦う前から白旗だね〜」
まさに『自然の岩山を活かした難攻不落の堅牢城塞』だ。窮鼠の傭兵団が攻め込んだところで、中にも入れないのではなかろうか。
「なんじゃぁ、お前らは」
門番のドワーフがこちらの存在に気づき、睨みを利かせながら近づいてくる。
なぜに最初から友好的でないのか問いたいところだったが、その理由は直ぐに判明した。
「あぁぁん? なんか田舎臭いと思ったらエルフの娘っ子がおるじゃないか」
……おぉ……往年のドワーフとエルフは犬猿の仲を生で見られるなんて……
「あら、陰気臭い土の香りがすると思ったら、ドワーフの穴ぐらだったのね?」
へ……?と、間抜けな表情で、鈴屋さんの方に目を向ける。
「なんのようじゃ、ここはお前らのようなモヤシエルフの来るところではないわい」
「私だって、こんな陰気臭いところに来たくなかったわ」
「言うたな、モヤシエルフ!」
「ふん。あなたみたいな酒樽に、私の美しさなんて理解できないでしょう。本当に残念な樽ね」
眼の前で行われる『どこかで見たドワーフとエルフの口論劇場』に、俺はどこかで胸が躍る思いをしていた。
いやだって、ファンタジー好きなら、一度はこのやり取りを見てみたいものだろうよ。
しかし、鈴屋さん……コレは完全に演じているな。お約束の鉄板ネタを、楽しんでいるのだろうか。
「ほら、あー君もなんか言ってあげて」
ここで俺にふるのかよ!と、表情だけで鈴屋さんに突っ込みをつつ、仕方なしに鞄から一枚の書状を取り出す。
「あぁ〜……一応、紹介状はあるんだが……いいかな?」
ドワーフをそれを受け取ると、荒っぽく開き文面に目を通し始める。
しばらくして、それがドブ侯爵からのものだと知り、無言のままついて来いと顎をふる。
「どうやら、通してくれそうだな」
「中はどんななんだろうね〜♪」
久々の冒険に、鈴屋さんがニマニマと嬉しそうに笑う。
かく言う俺も、この先がどんな世界かは知らず頬を緩ませていた。
【今回の注釈】
・嘘である………かぐや様ナレーションです。タイトルは導入であり、意味をなさなくなるという良い例。時にはタイトルの縛りから離れることにより面白くなる作品があってもいいと思う、とか言い出したら、言い訳になりますよね。(笑)