鈴屋さんがいない日っ!〈4日目〉
日曜の夜でございます。
明日が憂鬱な方へ、寝る前にちょこっと読むのに最適です。
楽しんでもらえれば幸いです。
鈴屋さんがいなくなって4日目の夜。
俺は碧の月亭の屋根上で、エール酒を脇に置き肩ひじをついて寝転がっていた。
時折通り沿いに目を移したり、月を見上げたり……夜はただ時間が過ぎるのを待つ。
ちなみに昼間はと言うと、南無子の仕事の手伝いをしている。
……あんたはほっとくとリディシアに行きかねないから、日中は私といなさいよ……と、15歳の少女に諭されては無碍にはできない。まぁ、こっちは何かお礼がしたかったから、ちょうどいいってもんだ。
それに、実のところ南無子の言う通りで、俺はリディシアに行きたいという衝動を抑えられる自信があまりなかった。何せ、リディシアまで急げば30分もかからない距離なのだ。
それでも、俺がかろうじてその足を踏みとどまれているのは、鈴屋さんの手紙と、鈴屋さんをいかなる時も信じるという約束と、南無さんがいてくれたからだろう。
……まぁ、何日かの我慢だ。今はしっかりと、風邪を治してもらおうじゃないか。
俺はそう考えながら、ダガーに手を掛けて立ち上がった。
「……そう何度も背後とらせねぇよ。律義にまたきたのか、イーグル」
ほぅ……と、いつもの低い声が聞こえる。
「今日は気配を読み取れたぜ?」
若干のドヤ顔で振り返り……俺は一瞬、言葉を見失う。
「…………そいつ……誰?」
振り返るとそこに、フードをかぶる灰色のコートの人物が2人いた。
「イーグルさんよ……こいつは、何の冗談だ? やっぱり、2人がかりでやらせてくださいってことかよ?」
「まずは、一つ目の説明だ。この者はアサシン教団107人が1人だ。つまり、俺もこいつもイーグルだ」
……なにそれ、超めんどくせぇ……何て呼び分ければいいんだよ……
「二つ目。今回、俺は関係ない。教団も関係ない。この者、個人の行動だ」
「……んじゃあ、なんであんたもいるんだよ」
「今の言葉を伝えるためだ。この者のせいで、俺や教団にあらぬ誤解をもたれても困るからな」
うへぇ……すげぇ真面目……てか、単純に見張りじゃん……
「ん~とさ……つまり、何? その人、俺と戦りたいってこと?」
「そういう事だ。俺は、傍観させてもらう」
イーグルが後ろにスッと下がり、腕を組む。
そして、もう1人のイーグルが半歩前に出る。
かなり小柄だ。
「……あぁ~……よくある話だね。イーグルさん、あんたぁ、たしか7位だったっけな……ってぇことは、その小さいのは5位くらいか? それとも一気に強くなりそうな3位あたり? ………まさか、1位ってことないよな?」
「…………だ……」
ぼそぼそっと、小さい方が答える。
「なんだよ、はっきり言えよ」
「……ぃだ……」
「おいおい……お前らの見せ場だろ、その順位口上みたいなの」
「8位だっ!」
えらく、かわいい声だった。
「てか、女じゃん! しかも、順位落ちるって何よ! 前より弱いのきてどうすんだよ! おいセブン、何とか言えよ。こういうのって普通、前より強いのが来るんじゃねぇの?」
「……セブン?」
「うるせぇ、お前らまとめて、全員めんどくせぇんだよ。全員イーグルとか何なんだ、お前らは」
「さっきも言ったが、教団も俺も関係ない。これはこの者の独断だ。俺のあずかり知るところではない」
「……あんた、そればっかだな」
呆れて小さい方に視線を移すと、なぜかフルフルと小刻みに震えている。
「なに……どうした? …………寒いの?」
「違うっ!」
あぁ、なんだ怒ってたのか。
「なんだよ、そんなに怒るなよ、8位……で、どうすんの? 俺、一応セブンに勝ってるんだけど……それでもやるの? 8位なのに?」
「8位、8位うるさいっ!」
「……どうせ、名前は教えてくれないんだろ?」
「当然です! 我々は個であり全……名など、必要ありません。アサシン教団107人がイーグル……それはまさに……」
うわ、ほんと……めんどくさい。
鈴屋さん助けて……今こそ、鈴屋さんの辛辣な言葉を投げつけてやりたい。
「わかった、わかった。じゃあ、お前は俺の中でこれからハチ子な」
「んなっ!」
ハチ子はわなわなと震えながら、俺とセブンの顔を交互に何度も見る。
「で、戦るの? 教団に狙われてるならまだしも、それって私闘ってやつだろ。俺にメリットないんだけど」
「おっ……お前っ!」
ハチ子がシミターを抜き、剣先を俺に向ける。
「お前なんかに、師匠が負けるわけないっ!」
え~……ほほぅ~……なんかピーンときてしまったぞ。
「なに? セブンの弟子なの? ……好きなの?」
「んなっ!」
ハチ子が、一歩踏み込んで斬りかかってくる。
しかも、明らかにセブンよりも速い!
ギリギリでかわすよりも間合いを開けるべきだと判断し、大きく横に飛び退きながらダガーを構えなおす。
「セブン、お前らの教団とやらは、私闘とか禁じてないの?」
「……さすがだな、アーク。お前の言う通り、私闘は禁じられている」
ふーん……わかってて止めないのは、俺がハチ子を生かしたまま勝つか……いざとなったらセブンが止めに入るのか……そんなところか。
「……いいぜ、やっても。その代わり何かしら戦利品は要求するけど?」
「わっ、私が……あなた如きに負けるわけがない!」
「オーケー、じゃぁ成立ね」
ニンジャ刀を左手で抜き、逆手で構える。
……ちょうどいい、俺の暇つぶしに付き合ってもらうぜ……
「あなたのダガーのことは聞いています」
なんだよ、セブン。
しっかり肩入れしてんじゃん。
「行きますっ!」
またハチ子が動く。
その剣先は鋭く、青い残像を残して消える。
……青い残像……なんだこれ…………どこかで……
さらに俺は、飛び退く。
「……逃げるだけがニンジャの戦術ですか?」
「はっ……遁走は、たしかにニンジャの戦術だがな」
俺はニンジャ刀をしまい、スローイング・ダガーを2本掴む。
そして、おもむろに1本投げつけた。
「そんなもの!」
ハチ子は青い軌跡を残しながら、それをたやすく撃ち落とす。
それだけでも凄い技術なのだが……
俺はかまわず、もう一本のダガーを同じ軌道で放つ。
しかしそれは、青く残った残像に当たり、甲高い音をたてながら落ちてしまった。
「……あなた…………」
おっと……俺の狙いに気づいたみたいだ。
……そうさ……俺はそれを知っているぞ……
「残像のシミター……イベント1位の賞品だよな……?」
たしか2秒間だけ青い残像と共に、攻撃判定も残せるシミターだ。
しかしハチ子は答えない。
セブンは……身動き一つしないな。
「沈黙は、肯定としてとるぜ?」
今度は、普通のダガーを構えて俺が動く。
「あなたの言っている意味が、解らないだけです!」
ハチ子が鋭い動きでシミターを振り、幾筋かの青い残像を残す。
……それも知ってるぜ……残像を置いといて身を護る戦い方……ゲーム内で体験済だ。
「……わりぃけど、すぐに終わらせるぜ」
言って俺は、手に持つダガーをハチ子の頭上へと投げた。
「トリガーっ!」
しかしハチ子は、焦ることなく頭上に目を移す。
目の前には斬撃の盾がある。
あとは、転移先を気にするだけだと考えたのだろう。
……まさに、それこそが俺の狙いだ。
俺は予定通りハチ子の後方に転移すると、そのままハチ子の背後から体を絡めて喉元にテレポートダガーを突き付けた。
「なっ!」
俺が先ほど上に投げたダガーは、虚しく足元に落下する。
「悪いな……毎度毎度、ご丁寧に俺の背後をとる奴がいるんでね」
ちらりと、セブンの方に目をやる。
「俺がいつも寝転がってる場所から背後の……そのまた後ろ辺りに、予めハイドクロースで隠しておいたんだよ。次は後ろをとってやる……ってな。上に投げたダガーは偽物さ」
俺は極上の笑顔を見せて続ける。
「でさ……知ってると思うんだけど……俺、あんまり人間とはやりたくないんだよね。参ったと言ってくんない?」
「……くっ…………参りました……」
ハチ子は悔しそうに、そう言うとシミターを手放し負けを認めた。
「さて、ハチ子……それからセブン。ちょっとそこ座れよ」
俺は通り沿いの指定席に座ると、冒険で使用するカップを取り出してエール酒を注ぐ。
二人は顔を見合わせると黙って目の前まで近寄り、思い思いに座る。
しかしエール酒には手をつけない。
「……なんだよ。言っとくけど毒なんかはいってねぇぞ」
そこでやっとセブンが苦笑し、カップを手に取った。
一方、ハチ子は困惑したままだ。
「じゃぁ、まずはそのフードとってくれない? それ、なんか魔法かかってるだろ。いつも口元しか見えないんだけど」
「……なにを馬鹿な……そんなことできるわけ……」
しかしセブンは、躊躇なくバサリとフードをめくる。
「し……師匠っ!?」
「お~いいねぇ、そうこなくっちゃ……」
精悍な顔つきだ。年齢は25歳くらいだろう。
痩せ細った輪郭に白い短髪……切れ長の目。閉じられたままの左目は、刀傷の筋から戦いで喪失したことを見て取れる。
「……かまわん。彼は友人だ」
そして男らしい……いや、漢らしいって言葉が似合いそうだ。
「ハチ子、お前もだ」
ハチ子は少し躊躇したが、やがて渋々とフードをめくった。
暗い紺の髪は肩まで伸びている。
鋭い眼光で凛とした女性……こっちは20歳くらいだろう。
「……へぇぇ……美人だなぁ……」
「んなっ……!」
思った通りの反応をしてくれるな、この人。
顔を真っ赤にしながら、カップで口もとを隠すのとか鈴屋さんにそっくりだ。
……まさか、ロールじゃないだろうな……と心の中で苦笑する。
「名前は……さすがに無理なんだろ?」
「……無理……と言うかな、捨ててしまったのだよ。任務によって名も変わる……ゆえに、我々にとってはイーグルの方が便利なのだ」
「ふぅん……で、お前ら。本当にここの……この世界の住人か?」
しかし、二人は厳しい表情のまま語らない。
むしろ「なんだそれは……」くらい言ってほしかったものだが……
「ニンジャ……あなたは……」
「アークでいいよ」
ハチ子がぐっと身構える。
やがて、肩の力を抜くように息を吐いた。
「……アーク殿……あなたは、なぜ教団の誘いを断ったのですか?」
「ハチ子が素顔で誘ってくれたら、喜んで入ったかもよ?」
ニヤニヤして言うと、ハチ子がまた「んなっ!」と真っ赤になる。
うんうん、この娘は可愛いぞ。
「たしかに勧誘ならば、俺よりも8位の方が適任だったか……」
セブン氏は、ブレない真面目さだ。
「まぁ、知ってるはずだろ? 人は殺さない、そんだけだよ」
「……しかし……それならば、暗殺以外の任務だけ受ければいいのでは?」
……なんですと……?
「そんなことできんの? そういう組織って、そんなこと許されない感じじゃん」
「我らがアサシン教団は、厳しくもあり寛容でもあります。能力があれば、師匠や私のように“不殺”で、この地位まで上り詰めることも可能です」
セブンが思いっきり顔をしかめる。
どうやらハチ子は、秘匿にすることを苦手としているらしい。
「お~い、セブンの旦那ぁ……初耳すぎて笑っちまいそうなんだけど……そもそもあんた、死体にして持ち帰るだの言ってなかったっけか?」
「あぁぁあぁっ! 師匠……私、またやってしまいましたかっ?」
やだぁ、この人かわいぃ~しばらく眺めてたいぜ。
「……もういい……もとよりあきらめていた。アークは、連れの女のためにしか動かない。最初から勧誘は無駄だったのだ」
そう言って、セブンが立ち上がる。
「アーク、すまなかったな。……おい、気は済んだろう。帰るぞ」
「は、はい。師匠」
慌ててハチ子が続く。
「あ、アーク殿……あなたへの非礼をお詫びしたい。師匠の言う通り、あなたは興味深い人です。また来てもよろしいでしょうか?」
「おぉ、いつでも来い。酒の相手は募集中だぜ」
ハチ子はぺこりと頭を下げると、セブンと共に消えていった。
思わぬ……奇妙な知人が出来てしまったようだ。
「……でも……あの武器……イベントの上位賞品だったはずだよな……」
俺は横になり、目を閉じる。
……あいつら……なんか知ってそうだな……
だとしたら、ハチ子ひとりで来た時に何か聞き出せるかもな。
聞き出すとしたら、まず何からだろう。
そんな事を考えてるうちに、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
「あー君、あー君」
んなぁ……また屋根で寝ちまったか……
「起きてよ、あー君」
また幻聴か……?
「なんだよ、南無子……また来たの? お前、本当まめな奴だなぁ…」
目をこすりながら、痛む体を起こす。
「あー君、こんな危ないところで寝ちゃだめだよ」
……まだ言うか。
そうこうしているうちに、朝日にも目が慣れ始めてきた。
「ほら、身体拭いて」
あぁ……とタオルを受け取る。
「ありがと……」
顔を上げて……そして、目を丸くしてしまう。
目の前にいたのは、本物の鈴屋さんだった。
水色のさらさらとした長い髪、澄んだ瞳。
可愛らしい笑顔。
「ただいま、あー君」
その懐かしくも愛おしい響きに、俺はたまらずタオルで顔を隠した。
一瞬で景色が、ぐにゃりと歪んだからだ。
こんな不意打ち……なしだろ、鈴屋さん……
「……あの…………おかえり、鈴屋さん……」
「心配かけちゃった……よね?」
「当たり前だろうよ…………でも、信じてたから……大丈……」
そこからは先は、言葉にできなかった。
俺はただただ、情けない嗚咽を漏らしてしまっていた。
すると鈴屋さんが、髪をわしゃっと撫でてきた。
「うん。あー君が信じてくれることを、私は信じるから」
あぁ……そうやって君は俺を虜にするんだな……
心に突き刺さるような言葉で……
忘れられないようなぬくもりで……
……この、あたたかな情動で……




