鈴屋さんと反省会っ!〈1〉
今回は、ちょい長めです。
アルフィーのターンとなります。
ワンドリンク片手に、お楽しみいただければ幸いです。
「さて、説明してもらおうかしら」
陽気な日が差し込んでいる鍛冶工房で、ツインテールのツンデレ少女が絵に描いたような仁王立ちをして、俺を見下ろしていた。
その表情は冷酷な暗殺者のそれに近い。
緊張感のあまり、一筋の冷や汗が頰を流れ落ちる。
……あの激闘を生き抜いて、やっとの思いで平穏な日常を取り戻したはずなのに……
正座をしながらも、脳裏にそんな言葉が横切ってしまう俺を誰が責められよう。
俺はけっこう頑張ったと思うのだ。
一体どんな権利があって……
「何をどうしたら、ダガーを7本も壊せるのかしら?」
ごめんなさい、目の前にその権利を持つ人がいました。
「挙げ句にニンジャ刀まで折るとか、どういうことなのかしら?」
「南無子殿、あれは私が折ってしまったもので……」
たまらず助け舟を出してくれたハチ子もまた、俺の隣で正座をしている。
「あぁ~はいはい、じゃあそれもまとめて説明して頂戴な」
南無子はやれやれと両手を上にあげ、半ば呆れたかのような表情を浮かべて説明を促してきた。
海竜討伐から数日後、俺と鈴屋さん、ハチ子とアルフィーの4人で、南無子の鍛冶工房へ足を運んでいた。
目的はもちろん、俺の武器とアルフィーの防具の修復である。
アルフィーの装備はどれも高品質なだけで、魔法の武具ではない。
俺のダガーとニンジャ刀も、アルフィーと同様に高品質装備だ。
基本的に魔法の武具ならば、不壊・不劣化のエンチャントが施されているため、壊れることも汚れることもない。
俺のテレポートダガーや黒装束、マフラーがソレだ。
ただ、高品質の装備は『出来のいい鍛冶武具』なだけで、普通に劣化もするし壊れてしまう。
アルフィーの場合、盾2つにショートソード、スケイルメイルとすべての装備が破損してしまっている。
まぁぶっちゃけ、廃棄処分コースだ。
俺のはオロチを使用した際に1本は爆発で木っ端微塵になり、残りの6本はどこかに消えてしまった。
ニンジャ刀はシミターの残像攻撃で折れてしまい、そのせいでハチ子も反省会に巻き込まれている状態なのである。
「というわけでして、南無子殿……またアーク殿に作ってはもらえませんか?」
「……理由は理解したわ……」
「南無っち、お願い。今回は本当に仕方がないの。高難易度の大討伐クエストレベルだったんだもん」
鈴屋さんの助け舟に、さすがの南無子も許してくれたのだろう。仕方がないわねと、ため息を混じえながら笑顔をみせてくれる。
「依頼はアルフィーの盾と、サーベル、スケイルメイル。それからダミーダガー7本と、ニンジャ刀ね……」
「……わりぃな、途方もない量で」
「ほんとよ。まぁ……無事でよかったわ」
「え、なに、心配してくれてた?」
「ば、馬っ鹿じゃない? んなわけ無いでしょ!」
フンと鼻を鳴らして顔を横に向けるツンデレ少女に、テンプレかよとツッコミを入れたいところだが、ここは我慢だ。
「あぁ、それと、この角とか素材で使えない?」
言いながらズタ袋から、使いみちに困っていた真っ赤な角を取り出す。
「武具素材にならないなら、売ろうかと思ってるんだけど……」
南無子は目を細めながら黙って角を受け取ると、太陽に当ててみたり、コンコンと拳で叩いてみたりする。
「アーク……これ、結界の素とかになってなかった?」
「おぉ、よくわかったな」
「やっぱり、これ特効素材よ」
心なしか南無子の目が輝いて見える。鍛冶師の心をくすぐる素材なのだろう。
「南無っち、特効素材ってな〜に?」
「平たく言えば、特殊効果付きの装備が作れるってやつね」
……おぉ……と思わず声を漏らす。特殊効果とか超胸熱じゃないか!
「たぶん防御系だとは思うけど……使えてもひと装備までね。どれに使う?」
「ひと装備……じゃあ決まりだな」
「そうですね、私はすでに武器も防具も魔法装備ですし」
「私も全身魔法装備だも〜ん」
「鈴屋さんは、ぱんてぃもだからな」
「……あー君、サイテー」
鈴屋さんが放つ久々のジト目に俺は悶そうだが、変態がバレる前にやめとこう。
「じゃあ、アルフィーの装備のどれかね……って、あの子はどこ行ったのよ」
「先程、パンの窯で肉を燻してましたよ?」
「はぁぁぁぁっ?」
南無子はみるみると顔を赤くし、パン工房へと足音を鳴らして移動する。
……せっかく機嫌を直してくれたのに、何してくれてやがるんだ、あいつは……
案の定、部屋の向こうから「肉臭くなってるじゃない、肉臭くなってるじゃない!」と、お怒りの声が聞こえてくる。
「……んで、あいつほんとにどこ行ったの?」
「さっき外に出て行く音はしてたよ」
鈴屋さんが長い耳をぴょこぴょこと動かしながら、ホットミルクの入ったマグカップに口をつける。
わかりやすい『私をトラブルに巻き込まないでね』の意思表明だろう。賢明な1手である。
「あ〜もう〜しょうがない。ハチ子さんは南無子の片付けを手伝ってあげて。俺はあのアホを探してくる」
俺はそう言って、仕方なしに外へと向かうことにした。
工房から外に出ると、すぐにアルフィーを見つけることができた。
まぁ探すも何も、外に出たらすぐにいたのだが……ただ、いた場所が予想外なだけだ。
「おまえ、なんで風呂入ってるの?」
そう……アルフィーはなぜか、五右衛門風呂に入っていたのだ。
鼻歌を歌いながら、燻した干し肉をかじりつつ、お酒を飲んでいる。
「いやぁ、昼間っから外風呂入って、お酒とお肉って最高なん〜」
お前はジャグジーで酒池肉林を楽しむ、いけ好かないパリピかよと突っ込みたくて仕方がない。
「お前なぁ……風呂で酒飲むのって、よくないんだぞ?」
と、呆れつつ……
「いい身分だな、羨ましい」
思わず本音を漏らしてしまった。
「あーちゃんも入りなよ〜」
アルフィーが背中を向けたまま、手をヒラヒラとして招いてくる。
まさに、悪魔の誘惑である。
だがしかし、今の俺はウイルズのおかげで悪魔耐性がついているのだ。
この程度の誘惑に負けるはずもない。
「いいの? じゃあ少しだけ……」
秒で負けていた。
いやでも、酒と、つまみと、露天風呂のコンボに勝てるわけがないだろう。
「水着ないし、まぁパンイチでいいか」
なにか大事なことを忘れているような気もするが、とりあえず黒装束を脱いでしまう。
「ていうか、お前よく水着なんて持ってきてたな」
などと呑気に話しながら風呂に近づいた俺は、その後、見事な不意打ちを食らってしまった。
ここからは「俺は悪くないはずだ」という、男の言い訳である。
十分に留意していただきたい。
なんとアルフィーは、一糸まとわぬ姿でお風呂に入っていたのだ。
「おまっ……裸じゃん!」
「お風呂なんだから当然なん」
当然か?
……あぁ、まぁ当然か。風呂だもんな。
いやいやいや、待て待て待て!
「せ、せめて、いま裸だから来るなとか言ってくれよ!」
「なんで?」
「……なんでってお前…………え、なんで疑問符なの?」
「だってあーちゃん、こないだ全部見たじゃん?」
「ばっ、おまっ、人聞きの悪い! 全部は見てないぞ! 少なくとも細部までは見てないぞ!」
「……あーちゃん、あたしだからいいけど、ソレあの2人の前で言ったらドン引きされるかんね」
だがしかし事実だ、とこれも言い訳になるだろう。
「あたしは、あーちゃんなら見られてもいいんよ?」
アルフィーがニヤニヤと笑いながら五右衛門風呂の縁にタオルを置くと、そこに肘をついて身を乗り出そうとする。
自然と視線が胸元に吸い寄せられそうになり、慌てて目をそらす。
「馬鹿か、お前は。だいたい、その視線誘導は女子の必須技術ですか? まぢで勘弁してください。俺は健康的な男の子なんです。しかも、抗えない系男子なんです」
「へぇ〜。じゃぁ、一応は女として意識はしてくれてるんね?」
「当たり前だろがっ、めちゃくちゃしとるわっ!」
「あはぁ、してるんダァー」
やめろ、艶っぽく言うな。本当に我慢の限界なんだ。
そもそもニ連続風呂イベってなんだ。明らかに俺の株を下げるイベじゃないか。
「ねぇねぇ、あーちゃん。ちぃとばかしそっち向いててね。いまタオル巻くから」
「……なんだよ、見ろって言ったり、見るなって言ったり……」
ボヤきながらも目をつむる。
「見ろとは言ってないけど。なんかぁ〜、ちぃとばかしぃ〜、恥ずかしくなってきたんよぅ〜」
うむ、わけがわからない。急に羞恥心が芽生えるってなんだ。
そういえば、ハチ子も似たようなことを言っていたような気がする。
「お待たせ〜いいよ〜」
「……おぅ……」
俺はできるだけ視線を外に向けながら、かまどをよじ登り、ゆっくりと足先をつけていった。
そして腰まで湯船に浸かると、ザブリと音を立てながらお湯が溢れていき、どこかもったいないという気持ちが芽生える。しかしすぐに、思考が“気持ちいい”の一言で満たされていった。
……これは……贅沢だなぁ……
「はい、あーちゃん。おひとつ〜」
「……おぅ…………」
言われるがまま、南無子が作ったのであろう御猪口を手渡され、少し白く濁ったお酒を注がれた。
自然とアルフィーの白い肌に目がいき、またすぐに視線を外す。
「……いまチラ見してた?」
しかしやはり、アルフィーには見透かされてしまう。
「油断したら目がいくに決まってるだろうが……俺、あっち見とくから……」
「ちゃんと大事なとこは隠してるから大丈夫なん。リラックスしなよ」
「……んまぁ……そういうことなら……」
ゆっくりと顔をアルフィーの方に向ける。
白毛の女戦士は、お酒のせいなのか、ほんのりと頰をピンク色に染めて、少し恥ずかしそうに口元を湯船に沈めていた。
……ん?
……恥ずかしがっている……?
えっ……恥ずかしがってるのかっ!?
「……なん〜?」
体育座りをしながら、明らかに顔を赤くして目をそらせる。
「お前……なに急に恥じらいを覚えてんだ……」
「だって……なんか…………急に恥ずぃん………」
「……なぜ、今…………つぅか、酒と肉と外風呂を楽しむんだろ?」
「ん…………」
……んっ……て、なんだ、ん……って!
急にそんな態度を見せられると、俺の脳内は大パニックだ。
「……あーちゃん……ちょっとお話、聞いてくれる?」
俺は動揺を隠すために、ちびりと酒を喉に流し込み、黙って頷いてみせる。
「……ラット・シーの“強い男から子を授かる”っていう風習……覚えてる?」
「…… あぁ。前にハチ子さんが言ってたやつか」
「ん、それ。あたし……別にその風習、嫌いじゃないんけど……できれば燃え上がる恋ってのをしてみたいなぁって思ってたん……でも、そんなふうに“好きと思える人”なんて、全然できんくて……」
「んまぁ……無理やり作るものでもないしな」
「そうなんよね……で、ズルズル誰とも恋とかしないままだったん。でも……そんな時にな、シェリーの姉御が、“気に入ってる男を助けに行くから兵を出す”って無茶なこと言い出して……」
それがハチ子救出戦のことだと、すぐに理解する。
「話を聞いて、びっくりしたんよ。たった1人の女のために、“アサシン教団相手と戦り合う”なんていう無謀な男がいるって……そんな馬鹿いるんだなぁって……」
「カカ、たしかに馬鹿だよな」
「でもなぁ……その男はなぁ……ほんとに強くて、ぼろぼろになっても最後まであきらめなくて……最後には、その娘のこと助け出してしまうんよ。あたし……世の中には、こんな男の人もいるんだなぁって思って……」
アルフィーが、抱えている膝で口元を隠す。
……やがて顔を真っ赤にしたまま……
「その時から、一目惚れなん……」
とても小さな声でつぶやいた。
一瞬で頭が真っ白になってしまう。
思わず返事を詰まらせてしまった自分が情けない。しかしそれを重々承知の上で、これくらいの言い訳はしたい。
それが俺の人生で、はじめての明確な告白だった。即座に対応などできるわけがない。
「……えっと……」
アルフィーがくすりと笑い、俺の頬をつんつんと指先でつっついてくる。
「今は返事はいいかんね。あたしはこれから、あーちゃんを惚れさせる予定なん」
しかしやはり、俺は何も返せない。
不覚にも“嬉しい”という気持ちが、なくはないのだ。
結果的に、長い沈黙から俺がようやく出した言葉は、かなり間抜けなものだった。
「あぁっと、そうだ。アルフィー、角でな……」
もはや俺の思考も現界を超えていたため、無理矢理すぎる話題のすり替えだ。
「……角?」
なんのことだと、アルフィーも首をかしげる。
その反応は全くもって正しい。自分でも無理があるとわかっているのだから。
「そう、ダライアスの角な。アルフィーの装備のどれかに使おうかと思ったんだが……どれに使いたい?」
「あたしんは普通の装備でいいよ。あーちゃんが使えばいいん」
「……んあぁ、俺の武器は属性付与の術式を使うから、普通の装備の方がいいんだよ」
「そうなん………んじゃぁ〜……」
アルフィーはしばらく考え込み、ややあってぽつりと呟いた。
「……盾……」
その、いかにも“彼女らしい答え”に、俺は思わず笑って頷いた。
まだ反省が足りないの続きます。(笑)