鈴屋さんとご褒美っ!
ひっさびさの1話完結です。
ギャグパート、やはり書いていて楽しいですね。
さらっと書けたのでアップしてしまいます。
普段はこんな頻度でアップできません。(笑)
それではワンドリンク片手に、お気軽にどうぞ。
「あー君、あー君」
いつものように公衆浴場へ向かっていると、隣に並んで歩いていた鈴屋さんが服の袖をちょいちょいと引っ張ってきた。
「それ、どうするの?」
軽く首を傾げて、肩に担ぐズタ袋を指差す。
正確には、ズタ袋から飛び出した真っ赤な角のことを指しているだろう。
「んあ〜、ダライアスの角?」
思わず気の抜けた返事をする。
このずた袋に収まりきらない大きな角は、海竜戦の戦利品だ。ゲーム的に言えば『部位破壊報酬でドロップした超レアアイテム』である。
「売るのも何だし……正直、困ってるんだよなぁ」
「……すっごい、みんな見てるし……」
たしかにチラチラと視線を感じる。
なまじ希少価値が高いのでこうして持ち歩いているのだが、たしかにこれじゃ注目されて当然だろう。
「鴨がネギ背負って歩いてるようなもんだよな」
カカカと笑うが、鈴屋さんはいたって真面目な顔で続ける。
「……あー君は鴨じゃないし、その角はネギでもないもん。どちらかと言えば『討伐の証』を見せびらかしてるみたいかな?」
「えぇ〜なにそれ。なんかあいつに対抗して自己主張してるみたいで、まんま痛い奴じゃん」
断っておくが、そんなつもりは毛頭ない。心底、皆無である。
ついでに言うなら、英雄などという肩書にも興味はない。
だから、あのいけ好かない騎士英雄が手柄を持っていこうが、『街の復興』という見返りさえ約束してくれればどうでもいいのだ。
「だいたいこの角は、れっきとした報酬だろ? それも唯一の、だぜ?」
「それは、あー君が“他の報酬は全部ラット・シーに”なんて言うからでしょ? そうやって、すぐ格好つけるんだから」
「おぅ、こちとら男なんだ。格好くらいつけさせてくれよ」
そうしてもう一度カカカと笑うと、鈴屋さんは少しうつむいて水色の髪をサラリと落とし、コクンと頷いた。
何故か顔が赤いのは、夕陽に照らされているせいだろうか。
「まぁさ、評価もそれなりされたんだ。それで十分さ」
あの戦いのあと、冒険者ギルドで俺達の評価はかなり上がっていた。
騎士英雄のお膝元で献身的に支え続けた鈴屋さんを筆頭に、最前線で何度も攻撃を防ぎ続けたアルフィー、結界を破壊した俺とハチ子、ドワーフ隊と海竜の引き上げに貢献したラナ、そして決定的な一撃を放ったシメオネ。
これをひとつの冒険者グループとし、俺達は『 竜殺し』の称号を授けられた。ラナとシメオネは正式なパーティメンバーではないのだが、そこはあえて突っ込んではいない。
「まさか私達の冒険者グループの名前が、ドラゴンスレイヤーになるなんてね〜」
「だから何だって話だけどな。称号なんて自慢以外に使いみちあるのかねぇ」
「ふふふ……だってあー君、その称号もらった時の第一声が『だからといってドラゴンが出るたびに、俺たちを呼び出したりするなよ』だからね」
「ったりめぇだ。ドラゴン討伐専門家みたいな扱いされてたら、命がいくつあっても足りねぇし……」
そこでひとつ、ため息をつく。
「俺が思うに……エメリッヒは……さ…………少し魔が差したせいで身の丈に合わない『騎士英雄』なんて称号を手れに入れちまって、結果的に海竜みたいな化物と戦わされちまった。英雄が英雄であり続けるってのは、誰も倒せないモンスターをあてがわれ続けるってことだ。それってかなり辛いと思うぜ?」
「そんなもんかなぁ……」
「あぁ、それでも虚勢を張って逃げずに戦ったんだ。偽物から本物になれば、それはそれでいいんじゃないか? 俺には無理だね。ドラゴンスレイヤーなんだから、あのドラゴンを倒せって言われても、二つ返事で断ってやるぜ」
そこでまた、鈴屋さんがくすくすと笑う。
「あ〜かのしっぷぅ〜、アークさまはぁ〜、この〜街を〜救った〜誉れ高きぃ〜どらごんすれいやぁ〜♪」
「え、何その歌、超ハズい……いま考えたの?」
「誇ぉぅりぃ高ぁきぃ、せんしぃ〜♪」
妙に上機嫌で歌い出す鈴屋さんに、俺の赤面は止まりそうになかった。
「あ、嬢ちゃんたち、聞いたよ。あの海竜様を倒したんだって? もう、嬢ちゃんたちは無料でいいよ!」
風呂屋の番台役的なオバちゃんが、俺たちを見るなり満面の笑みで迎えてくれる。
「でも、それじゃぁ……」
「いいんだよ〜、うちの常連客が街を救ったんだ。当たり前のことさね〜」
手をパタパタとするオバちゃんに、鈴屋さんと顔を見合わせる。
別にケチるような額ではないのだが……まぁネカマプレイの恩恵とは話が違うし、わざわざ断る必要もないだろう。
「じゃぁ、お言葉に甘えて……」
鈴屋さんが小さく頭を下げて、タオルを手に取ると奥へと移動する。
俺もそれに続いて行こうとすると、オバちゃんが小声で話しかけてきた。
その顔が妙にイヤらしい。
「んもぅ〜兄ちゃんも隅に置けないねぇ〜」
「…………はぁ」
なんのことだと一瞬考えるが、冒険者グループ『ドラゴンスレイヤー』のメンバーのことかと、すぐに気づいた。
そうだ。
このメンバー、全員女の子じゃないか。しかも、揃いも揃って、なぜか全員可愛いときてやがる。
いや……しかし、だ。
これは本当に偶然そうなだけだし、俺は決してエロゲの主人公ではないはずだ。
何せ『風呂場で定番のラッキースケベ』が、まだないのだから……断じて否である。
そんな馬鹿なことを考えながら風呂場につくと、鈴屋さんがすでに脱衣所を離れて湯船に入ってしまっていた。
……中からは先程の、変な歌が聞こえている。気に入ったのか、アレ……
俺はいつも通りに背を向けると、扉とにらめっこし始める。毎日あるこの待ち時間は、練気の練習にちょうどいい。
呼吸をしずめ軽く目を閉じて、気を練り始める。
海竜戦後、俺にもシメオネのような火力が出せたら……と、何度も思い至っていた。あの一撃は、それほどに鮮烈なものだった。
ハチ子はどんどんニンジャスキルを習得していくし、アルフィーの底知れぬ強さには毎度舌を巻かされる。
……本当に強い仲間たちだ。
いつでもそばにいてくれる、心強い味方だ。
こうして目を閉じていても、すぐ近くにいるように思える。
「アーク殿、失礼します」
「あぁ……」
「あーちゃん、入るね〜」
「おぅ……」
本当に近く……
空耳のように……
「見ちゃだめですからね、アーク殿」
おぅ……えっ……と…………空耳?
「ちょっ、えっ、ヤッ、きゃーーーーっ!」
浴室に響き渡る、鈴屋さんの悲鳴で我に返る。
空耳じゃなかったーっ!
「ちょ、お前ら何してんの!」
……と言いつつも、律儀に正座待機をして目をしっかり閉じているのは、鈴屋さんの厳しいしつけの賜物だろう。
「ナニって……女同士で、お風呂入るん。なんか、あたしら無料でいいらしいんよ〜」
「はい。女将に“ドラゴンスレイヤー用の貸切風呂”だと聞かされて、こちらに通されたんです」
「いや、へ、でも、なに、天国?」
……落ち着け俺、なにか大事なことを忘れてないか!
「え、みんな裸?」
全然落ち着いていられなかったーっ!
「当たり前なん」
……え、当たり前なの?
「勿の論でマッパですよ、あぁくどの♪」
……マッパって、なにその魅惑の単語……これ、なんて試練……ってその前に……
「鈴屋さん、そこいちゃ駄目じゃん!」
忘れかけていた何かを思い出し、バァンと床を叩く。
「あのぅ〜、あー君。女同士なんだけど……」
「いやいやいやいや、万が一にもあんたは……うらやまけしからん!」
「あー君、ワケワカメ」
しれっと言い放つ鈴屋さんに対し、だがしかし俺の興奮は収まりそうにない。
「いや、駄目だろ、普通に。全部見てるんだろ、エロゲの主人公かよ! だいたい、ハチ子さんは知ってるはずだよね?」
「あぁ……まぁでも、本人が女同士だと言ってますし……」
「あーちゃん、もしかして〜」
と、アルフィーがあからさまに何かを企んだ声色を出す。
……妙に声が近い。
……あと妙に湿度を感じる。
……てか、熱を感じる。
「一緒に入りたいんね〜!」
突如、ガバッと後ろから抱きついてくる。
「ちょ、おま、当たって……」
しかしアルフィーは俺を力づくで持ち上げると、そのまま豪快に湯船へと投げつけた。
「どわぁぁぁぁぁ、アホか、お前はぁぁぁぁゴボボボボボっボボ」
俺は生涯で初めての投げっぱなしジャーマンをくらい、派手な音をあげて湯に沈む。
そしてすぐに「ぶっはぁっ!」と、お湯を吐き出しながら上半身を起こし、アルフィーをとっちめようと周囲に目を……
……やってしまった……
「ああぁぁあぁくどの!?」
「あ、あ、あー君の、ばかーっ!」
俺は左右から同時に襲いかかってくる「 裸の拳」をまともに受け、再び湯船へと沈んでしまったのだ。
……後日……
俺は改めて思う。
あれは海竜戦で得た報酬の中で、一番のご褒美だったと。
これで、あー君もエロゲの主人公の仲間入りです。
伊藤誠にならないよう、注意しておきます。(笑)




