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鈴屋さんと大英雄っ!〈エピローグ〉

ちょっとした、その後です。

アーク君、お疲れさまでした。(笑)

 強烈な爆発音が、港に響き渡った。


 ついで、熱風が駆け抜ける。


 ファイアーボールの何十倍もの爆発は、海竜の頭ごと吹き飛ばした。


 赤い満月の光のもと、鮮血が花のように飛び散り降り注ぐ。


 やがて頭を失った海竜の胴体は、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。


 その一瞬一瞬の光景があまりに鮮烈で、誰一人も言葉を発することなく見守っていた。


「……やったの……か……?」

 金色の髪をした冒険者が、声をかすらせながら絞り出す。

「やりおった……」

 見事な赤髭をたくわえたドワーフが、愛用の戦斧を地面に突きつけて大きく息を吐いた。

 その呟きは波のようにじわじわと広がっていき、やがて歓声へと変化していく。

「倒した、倒したぞーーーっ!」

 それは鳴り止むことのない、歓喜の叫びだった。

 もはや他に言葉はない。ただただ喜び、共闘した仲間を讃え、成し得た偉業を皆で吠える。

「海竜ダライアス、このエメリッヒが討ち取ったぞーーっ!」

 銀髪の『騎士英雄』が勝ち鬨をあげると、歓声はさらに大きくなった。

 誰もが絶望したあの状況で、誰よりも早く前線で盾を構え戦っていたのだ。

「英雄の中の英雄だ!」

 冒険者の一人がそう叫ぶと、次々と賛同者が生まれエメリッヒを讃え始める。

 しかしそんな中、その輪から離れるように歩く、水色の美しい髪をしたエルフの少女がいた。

 少女は涙を何度も拭いながら、あてがあるわけでもなく、ふらふらと喧騒から離れようとする。


「あー君……」

 その名前は、彼女にとってここに存在する意味のすべてだった。


「あー君、あー君……」

 その名前は、どうしようもなく鈍感で、だらしなくて、優しい男の名前だった。


「……あー君……」

 その名前は呼べば必ず現れる、彼女にとって真の英雄で、彼女が一番大事にしている男の名前だった。

 しかし今度ばかりは何度その名を呼んでも、姿を現す気配がない。

「こんなはずじゃなかったの……こんなはずじゃ……」

 両手を顔に当て、そのまま崩れるように膝をついてしまう。

「鈴やん……」

 ふわふわとした白い髪の女戦士が、泣きじゃくる彼女の肩に手を置いて、同じように膝をつく。

 その女戦士は、ここ数年、仲間の死で泣いたことがない歴戦の傭兵だった。

 何人もの仲間の死を見送ってきたからこそ、そういった感傷が薄らいだ……そう思っていた。

 しかし今、彼女の目からはボロボロと大粒の涙が溢れ、幾筋の線を残して頰をつたっている。

「鈴やぁぁん……」

 遂には大声をあげて、エルフの少女を強く抱きしめる。

 少女も、たまらず咽び泣く。


 ……二人が恋した男はもう……


 ……もう……


 ……死んで……


 ……いるわけもなく、10メートルほど離れた路地裏で、その様子を気まずそうに眺めていた。

「どうしよう、ハチ子さん。めっちゃ出づらいんですけど……」

「アーク殿がいけないんです。いい機会だから死んだふりをしてびっくりさせようだなんて、悪趣味にもほどがあります」

 引きつった表情を浮かべるアークとは対象的に、ハチ子はいたって冷静な澄まし顔だ。

「あんなことされたら、私、死んでしまいますからね」

「……いや、そんな大げさな……」

 この男は……と、ため息をつく。

「いいですか、アーク殿。もし同じことを、鈴屋にされたらどうですか?」

 アークはしばし考える素振りを見せ、やがてあからさまに落ち込み始める。

「…………死ぬほど辛いです…………」

「ほら……自分がされて嫌なら、最初からしないことですよ」

 人差し指を1本立てて至極まっとうなことを言うハチ子に、アークはがっくりと肩を落として項垂れた。まるで、学校の先生に窘められているような感覚だ。

「それともうひとつ、いいですか?」

「…………はい」

「いい加減に手を放してください」

 のわぁと、アークが手を離すと、ハチ子は握られていた手を後ろに回し、もう一度ため息をつく。

 この男のこういった天然は一向に直らない。

 ただ……悔しいかな、そんなところすら愛おしく思えるのだから自分も大概である。

「あのですね……私としては交互トリガーのたびに、こうして手を握られることは仕方のないことだと思っているのですが……さすがに今、鈴屋に見られたら殺されてしまいますので……」

「そ、そうだよな。説明なんて聞いてくれないよな…………やばい、せっかく生き残れたのに、なぜか生きた心地がまったくしない……」

「実際、危なかったんですから。私だってイチかバチかで…………」


 ……そう……たしかにあの時……


 アークは決死の思いで、海竜の体内へと転移した。

 あの時は、本当に死を覚悟していた。

 策を深く考える時間はない。なにより短期決戦で決着をつけなくてはならない。

 だから己の命を代償として自爆を試みた。

 ……その時……

 右手に握っていたテレポートダガーが唐突に消えた。

 理由は、ひとつしか考えられない。

 ハチ子が機転をきかせてリターンをしたのだ。

「……あそこでリターンしてくれなかったら死んでたよ。かなり、やばかった……」

「……いえ、運が良かったのです」

 …………そう……運…………それも生き残れた大きな要因だ。

 ダガーが消えて着火をしようとしたあの時、赤影のマフラーの特殊効果『2回行動』が発動していた。

 そのおかげで『着火』と『トリガー』を連続で行うことができ、無事脱出できたというわけである。

 まさに奇跡といえよう。

「あぁ……それなのに出づらい……」

「もう、本当にあなたという人は……。ほら、いい加減に行きますよ? さすがにこれ以上は可哀そうです。最後はアーク殿が、しっかりとしめてくださいね!」

 ハチ子がアークの腕を掴むと強引に引っ張り、泣きじゃくる二人の元へと駆け出した。


 少女たちがこの英雄譚の大団円を迎えるのは、このすぐ後のこととなった。


 それは真の英雄の物語。


 大いなる英雄……大英雄の物語だ。

それぞれの心情を少し入れたかったので、エピローグだけ三人称です。

次回はラジナニ、これまでのキャラ紹介を挟んで、パロディパートにうつる予定です。

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