鈴屋さんと大英雄っ!〈17〉
英雄編、一応の最終話となります。
なかなかに長かったですね。
楽しんでいただければ幸いです。
それはまさに、悪夢と呼ぶにふさわしい光景だ。
苦労して倒したラスボスがゾンビ化して復活とか、たしかにゲームじゃよくある展開だ。だが、実際にこうして目の当たりにすると、まったくもって笑えない。ここにきて連戦とか、度し難い難易度だ。
「あーちゃん、あれ……」
あのアルフィーの声が震えている。それは仕方のないことだろう。
俺ですら魔族の見せる、絶対的な“絶望”ってやつに声を失っていた。
「アーク殿、どうしますか?」
淀みのない真っ直ぐで力強い瞳が、俺に指示を求めてくる。
彼女の瞳の奥には「戦えと命じられれば戦う」という、強い意志が宿っていた。
「カカ……逃げるわけには……いかねぇよなぁ……やっぱり」
俺はやれやれと、四肢に力を込め立ち上がろうとする。
あれほど動かなかった足も、この危機的状況に別のスイッチで入ったのか、なんとか立ち上がることができた。
どうやら俺は、まだやれそうだ。
「私も戦えます、アーク殿」
「あぁ、時間がない。少し気をそらしてくれるだけでいい。あとは何とかする。あれは俺の客だからな」
……俺の客……そうだ。アレの出現は、俺のせいだ。
アレが、この場にいる人間の1人でも殺すことを、俺は絶対に許さない。許してはいけないのだ。
「あーちゃん、策はあるん?」
「んなもん、一個しかないさ」
今この場で、アレを屠る手段はひとつしかない。
俺は未だに炎を宿す折れたニンジャ刀を拾うと、ウイルズを睨みつける。
ウイルズはまっすぐ頭をこちらに向けて、俺の心臓を貫かんと巨躯を引きずり蠢いていた。
……間違いない。標的は俺だ……
眼帯をつけ、マフラーをくいっとあげる。
“あー君、だめ! 私が何とかするから!”
聞き馴染みのあるその声に、首を横に振って答える。俺はもう覚悟を決めている。
「もう精神力、あんま残ってないだろ?」
“……でも……!”
「そんな悠長にしてられないのさ!」
これ以上は未練になると感じ、最後の力を振り絞って駆け出した。
前線では騎士英雄が、恐怖に引きつった顔で悪魔化した海竜と対峙しているところだ。
……まぁ、無理もない。一瞬で側近が両断されたんだからな。
だがそれでも、こいつには英雄らしく働いてもらわなくては困る。
「こら、英雄野郎! チキってんじゃねぇよ!」
「こ……貴様、誰に向かって!」
「いいからそのでかい魔法の盾を構えて、みんなを守れ!」
そうだ、お前の仕事はそれだけでいい。それだけしてくれれば、俺にとってもお前は英雄だ。
「榊の杖よ、その力を解き放て!」
背中越しでラナの声が聞こえる。
「行ってください、アークさま! 少しでも時間を……」
その後のセリフはあまり聞こえなかった。
なにせ、何人もの声が俺に向けられてきたからだ。
「行けぇぇぇ、若造ぅぅぅ!」
「ヘイ、ロメオ! 後は、あんたに託したよ!」
「アーク! おめぇさんの力を見せてみろ!」
ドワーフの部隊と、窮鼠の傭兵団の声が聞こえた。
彼らの心は、まだ死んではいない。
本当に頼もしい存在だ。
「アークさみゃ、こっからは思う存分暴れまわるにゃ!」
「……まったく、世話が焼けるね、君は……」
恐怖心など微塵も感じさせない明るい声で、火力馬鹿が突っ込んでいく。
みなが戦っている中ひたすら練気ばかりさせられて、フラストレーションが溜まっているのだろう。
思えばお前らに、俺はなんど助けられたことか。
「あーちゃん、あたしが守るかんね!」
「それは私の役目です、バカネズミ!」
信頼できる仲間の声だ。
泡沫の夢とか、そんなものクソッタレだ。
俺は、お前らを一人でも死なせたくない。
“あー君!”
そして、この世界で一番信頼している人の声が聞こえた。
俺は、本当は君が女なんじゃないかと思っていた。
その考えは、今でも捨てきれずにいる。
だから正直な話、ここでずっと暮らすのも悪くない。
何なら君の真実を知る前に、ここで命を散らすのも悪くない。
少なくとも……死ぬのなら、君のためでありたい。
……だから……
「俺が死んでも、君はもどれよ! 戻れた時には、俺の墓前に来てくれ! そうすれば、本当の君を見届けられるから!」
俺はそう言って、樽爆弾が積み込まれた荷馬車に飛び込んだ。
「どれほどの数を持っていけるのか、わからないが……やるしかねぇ」
自分に言い聞かせるように呟き、ロープで幾つかの樽爆弾と自分を括り付けた。
「これでひとつの装備とカウントされれば……」
しかし、試している時間はない。
「トリガーッ!」
目を開けると、俺は海竜の喉の内部へと転移をしていた。
ありがたいことに、喉に投げたテレポートダガーはそのまま刺さっていたらしい。
狭い空間の中で、樽爆弾も一緒に転移していることを確認する。どうやら「俺の所持する武器」として一緒に転移できたようだ。
「カカカ、俺の勝ちだ、クソ野郎!」
俺は悪役のような笑みを浮かべて、炎を宿したニンジャ刀を樽爆弾に刺しこんだ。
次の瞬間、轟音と熱風が海竜=ウイルズの頭を吹き飛ばし、今度こそ、この戦いに決着をつけたのだ。
「一応の最終話」で、次回はエピローグとなります。
シリアス(?)はそこまでで、その後は再び脳天気なお話にもどります。(笑)




